第219話 勇者のアドバイス
「はー、手も足も出ないとはまさにこの事……」
「あはは……でも頑張った方だと思うよ」
ブレイヴとの模擬戦を終え疲れて床で大の字に寝そべっていると皆が近くまでやってくる。
あ、エルフィリアさん。あなたスカート短いんだから出来れば足元の方からお願いします。
「しかし毎度面白いことやるよな、お前」
「そう? まぁ実用的かと言われたら微妙な気はするけど……」
「いや、特にあのハンマーは良かったと思うぞ。誇るが良い」
腕を組みうむうむと頷くブレイヴだが、その姿は頭から思いっきり水を被った状態である。
「……自分でやっててあれだけど、実は防げたんじゃないんですか?」
「確かにその通りだ。だがこれは我の予想を超えたヤマルに対する敬意みたいなものだな」
「左様でございますか……」
「うむ」
まぁ当人が満足そうなのでそのままにしておくことにした。
「しっかしあれだな。あのばかでけぇ剣も目立ったが、ハンマーも上手いこと考えたもんだな」
「あー……まぁ水増ししただけですけどね」
そう、今回振るった《
見た目は光るハンマーだが、実は先端の槌の中身に《
重さが無い《軽光槌》に水を加える事で打撃力を増やした、と言う寸法である。
ちなみにブレイヴがこうなった理由は《軽光槌》の振り下ろしを片手で受け止め、更にそのまま握りつぶしたからだ。
結果中から溢れ出た水をモロに被った形となった。
「実戦なら水じゃなくて熱湯でも仕込んでも良いかもなぁ」
「中々エグいぞ、それ……」
ドルンが若干呆れ気味に呟くが自分でもそう思う。ただ武器で攻撃している以上今更な気もした。
ともあれ今回はテスト目的の模擬戦。流石に今回は熱湯を使うは憚られたので水にしたが、結果的にはそれで良かったと思う。
でなければブレイヴは熱湯を頭から被ってたかもしれない。
他にも何か仕込めそうなものあるかなぁ、と考えを巡らせていると、ふととあるアイデアが頭に浮かんできた。
「……これならダメージが出るか? でも……」
その内容を脳内で即座に検討する。多分威力はあるだろう。
ただそれ以上に自分に返ってくる反動とかで体を痛めそうな予感がした。
「ヤマルさん、また何か思いついたんですか?」
「ん~、思いついたと言えばそうだけど……扱いきれるか正直微妙なのが……」
「いいじゃねぇか。今の内にそう言うのは試しとくもんだぞ。ブレイヴ、また相手を……」
「あ、ごめん。今度はドルンにお願いしたいかも」
上体を起こしそのまま起立。服に付いた埃を落としつつ試す相手としてドルンを指名した。
「俺か?」
「うん。今回は盾構えて踏ん張ってて欲しいから、ドルンが適切なのよ」
「まぁ構わねぇけどよ。ブレイヴはどうするんだ?」
「ブレイヴさんは左にお願いします。振り回すときにすっぽ抜けるかもしれないので、そうなったら打ち落して欲しいです」
「ふむ、良かろう」
「コロは逆に右で。同じく飛んでったら対処お願いね」
残ったエルフィリアとポチは危ないと言うことで壁際まで退避してもらった。
距離がある方がすっぽ抜けた際に避けやすいと思ったからだ。
なるべく手は離さないつもりだが、場合によっては自ら手放すことにもなりそうだし……。
「それで何すんだ?」
「もう一回これで攻撃するから、ドルンにはそれを受け止めて欲しいのよ」
そう言いながら《軽光槌》を再度生成。作ったハンマーは大きさも形もブレイヴに使ったものとほぼ同一の物だ。
それをしっかりと手に持ち、今から横向きで振りぬくからそれを止めて欲しいと告げる。
皆には大体こういう形と言うことで野球のスイングをするようにその場で一度振って見せた。
「で、それを俺は受け止めればいいんだな。盾使うからさっきみたいに水が漏れても効かないぞ?」
「うん、分かってるよ。今回は衝撃がどれぐらいなのか見たいから、むしろしっかり受け止めて欲しいかな」
「……ってことはまた何かやらかすんだな?」
「まぁね」
しかしやらかすとは少し酷い気もする。……でもちょっと自覚があるので抗議の声をあげるのは止めておいた。
そして《軽光槌》の中に《生活魔法》を使ってある物を仕込む。その状態のまま更に二度、三度とその場でスイングを行いハンマーの軌道を体に少しだけ馴染ませた。
「ドルン、準備いい?」
「おう。いつでも来い!」
どっしりと腰を落とし盾を構えるドルン。
こうして向き合うことはあまり無かったが、相対してみると何故か大きな岩を前にしてるような錯覚に陥る。
自分よりも身長は小さいはずだが、これが威圧感と言うものだろうか。
気圧されそうになる圧に何とか耐えながら、ゆっくりと体を捻り《軽光槌》を体に隠すよう後ろに構える。
「いくよ!」
そのまま勢い良く水平に振り、《軽光槌》の先端が丁度真横に来たタイミングで魔法を一つ発動させる。
「《
魔法を使用した瞬間、爆発音と共に武器を振り回す側から振り回される側へ。
自身の膂力を上回る力を以って《軽光槌》が急激に加速。そのまま握り続けるも速度と勢いが握力を上回り、ドルンの盾に直撃する寸前で手から抜けてしまった。
「ぬお!?」
ドルンの驚きの声も《軽光槌》の着弾の音にかき消される。
まるで陶器が割れたような破砕音と共に砕け散る《軽光槌》。その残滓である光と
ついでに勢いに負けた自分も体ごと宙を舞う。
「ぐぇ!」
まるでジャイアントスイング中に手を離されたように体が飛び、そのまま水平に半回転しながら腹から地面に倒れこむ。
鎧を着込んでいるとは言え衝撃は当然あるわけで、腹部を強打した痛みが全身を駆け巡った。
「いったぁ……」
腹を押さえ半ば涙目になりながら何とか上体を起こし床に座る形を取る。
だがやはり痛みは抑えきれるものではなく、そのまま腹部を押さえ蹲ってしまった。
「ヤマル!!」
「ヤマルさん、大丈夫ですか?!」
ちょっと顔を上げれないがコロナとエルフィリアの声がする。
近くまで来ているであろう彼女らに大丈夫とばかりに左手を上げるが正直痛いものは痛い。
鎧の上から痛む箇所をしばらく擦っていると少しずつ痛みが引いていく。
何とか顔を上げれるぐらいまでに回復すると、そこには自分を取り囲むように皆が座っていた。
「派手に飛んだな」
「や、予想以上だったよ。やっぱ俺じゃ扱いきれなかったみたい……」
「しかしまた面白いものを見せてくれたな。攻撃の最中に加速したように見えたが、あれは何をしたのだ?」
「あー、あれはちょっとコロの《天駆》を参考にしてみたんですよ」
私の?と小首をかしげるコロナに頷きを以って返し、再び《軽光槌》をその場で生成する。
「ブレイヴさんのときには先端に水を詰めましたが、今度は氷を詰めたんです」
そして皆に今何をしたのか説明をしていく。
今回の《軽光槌》はブレイヴに使ったものと違い、水ではなく氷を入れておいた。
重さだけなら水でも問題ないのだが、攻撃の最中の加速を出すためには氷でなければダメだったのだ。
その理由の為、今回の《軽光槌》も少しだけ細部が異なっている。
ぱっと見は同じなのだが、ハンマーの真ん中に仕切り板のようなものも作りそこに円柱状の氷を左右に一つずつ埋め込んだ。
更に打撃点になる前面はそのままなのだが、逆に後ろ側の面は穴をそのまま開けてある。
「後はこの後ろ側の氷を気体に戻せば爆発と同時に穴のほうに衝撃波が流れるってわけ」
つまり魔法を使った
そもそも《
以前はそれをそのままぶつけたが、今回はそれを推進力へと使用したと言うことだ。
「確かコロの《天駆》も魔力を破裂させて進む力にしてたよね。理屈的にはあれと一緒だよ。まぁ結果はご覧の有様だったけど……」
コロナは身体能力を向上させる魔法を併用することで《天駆》を扱っているが、そんなものもなく身体能力が劣る自分が使えば見ての通りだ。
武器に振り回され離した挙句、勢いに負け本体が宙を舞う。中々見れる光景では無いだろう。
「でも受けた衝撃は中々だったぞ。生半可な奴ならありゃ吹き飛ぶな」
「使用者が飛んでたら世話無いけどね。まぁ無理に握ってたら肩や腕痛めたかもしれないし、使うにしてももっと考えなくちゃね」
苦笑しつつ腕を軽く回すが、幸いな事に打った腹部以外は特に問題は無さそうだった。
「さて、ヤマルよ。とりあえずはこんなところか? まだ出せるものがあれば我は付き合うのも吝かでは無いぞ」
「あー……んー……そうですね。今のところはこれ以上は試せそうなのは無いです」
「分かった。では我から見て気になった部分を挙げようではないか」
模擬戦のまとめと言うことでブレイヴの方に向き直りしっかりと聞く体勢をとる。
こちらのその姿勢が好感触だったのか、うむうむと満足そうに頷いてはゆっくりと語りだした。
「とりあえず《軽光》魔法だが威力自体はヤマルの魔力の都合上これ以上はそうは望めまい。だからそれ以外の事になるぞ」
「はい、お願いします」
「まず《軽光》魔法自体は牽制としては使える部類であろう。目に見える範囲で武器が多いのはそれだけで脅威に見えるからな。だがやはり打ち合うとその軽さが知れてしまう。故に飛ばすのであればもっと自在に飛ばせるようにするのが理想だな」
つまりブレイヴの話をまとめるとこうだ。
《軽光剣》を飛ばしたり浮かすのは彼から見ても良かったが、その攻撃方法がとても単調でわかりやすい。
わざわざ今から攻撃してくれと言わんばかりに切っ先を向けた後真っ直ぐ飛んでくるのだから、ある程度強さがある相手には効かないだろう。
だからもっと細かく動かせるようにしろ、ということだった。
「テストと言っていたからまだ動かすことに慣れておらぬのはわかるが、慣れねば逆に《軽光剣》らを奪われそのまま刃を向けられるぞ。実際我が掴んで迎撃したのは見ていただろう?」
「確かに奪われたらそのまま相手の戦力になっちゃいますね……」
「でもヤマルさんはあれの解除できましたよね? そうすれば無害になると思いますけど……」
「だが何事にも隙はある。例え奪われた物の無力化をしても、その間は隙を晒してしまう事になるからな」
うぅん、中々に難しい。
出せば牽制として使えるし撃てば攻撃にも転化が可能。だが奪われるデメリットも存在する。
「なに、奪われぬよう立ち回れば良いだけだ。そのためにヤマルはまずはあの魔法を自在に動かせるよう練習をすべきであろう」
「自在に、ですか」
「うむ。最初は数を減らして次第に増やしていくのが良いだろう。あの魔法なら日常で使っても早々迷惑にはなるまい。体に馴染ませることが最初の一歩だ」
他にもブレイヴは気になったことを次々と述べていく。
例えば浮いている《軽光》魔法は叩けば壊れなくても遠くまで吹き飛んでしまうと言うこと。ここは軽さもだが自分の魔力の出力そのものが低いのが原因らしい。
なのでもし盾を作ったとしても浮かさずに手で持つなど、ある程度工夫をしろとのことだった。
またこちらは自分でも気づいていなかったが、どうやら作った物の形状によって若干差異があるらしい。
例えば《軽光槍》は《軽光剣》に比べて先端の鋭さが強く、《軽光斧》や《軽光槌》は耐久力に優れていたそうだ。
目に見えるほどの大きい差ではないようだが、形で性能が若干可変すると言う点は今後のために覚えておくようにとの事だった。
「後はあの大きな剣やハンマーは個人的には好きではあるが、使いどころが難しいのが難点だな。他にも細かい点はいくつかはあるが……まぁ一度に言っても修正は難しかろう。まずは一つ一つ直していくことだな」
そう言ってブレイヴは模擬戦の感想を締めくくる。
しかしこうしてみると中々課題は山積みのようだ。新しい力を得て出来る事が増えたからと言って少し浮かれていた自分が恥ずかしくなってくる。
でもブレイヴはこの様に色々と教えてくれたのだから、今日は彼を呼んで正解だったようだ。
……あれ、もしかして自主的に何かさせなければかなりまともだったりするのでは?
「さて、ヤマルは一旦休憩に入らせよう。他の者はどうするのだ? 今ならまだまだ我は付き合うぞ」
「あ、私ちょっとやってみたい!」
「ふ、よかろう。全力で掛かってくるが良い」
やはり勇者より魔王サイドだよなぁと心の中でツッコミを入れつつ、コロナとブレイヴを残し残りのメンバーは部屋の隅の方へと退避する。
そしてこちらが避難したのを見計らい二人が激しく打ち合う音が室内に響き渡りはじめた。
(えーと、まずは《軽光剣》を出してっと……)
そんな二人の模擬戦の様子を見つつ、先ほど言われたとおり自在に動かせるよう早速自主練習を開始する。
これ以降、暇を見つけては《軽光》魔法の練習をする事が日課になるのだった。
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