第218話 模擬戦:勇者vs一般人
面白い。そう、自分は今面白さを感じている。
目の前にいる人間が必死に魔法を繰り出すその光景。
それはとても弱く、とても拙く、そしてとても不思議な光景だった。
(ふむ、脆いな)
投げられた剣は模擬刀を振り下ろし叩き折る。
飛んできた光の剣は指で挟みそのままへし折る。
多方向から飛んできた攻撃すら本気のほの字を出すまでにはいたらない。
掴み、薙ぎ、振り上げ、止める。
仮にこの程度の攻撃が直撃したとしても自身の肌に傷つけることすら敵わぬだろう。
しかし
(まさかこんな人間が
もはやおぼろげになりそうな程の遠い昔。
自身の長い生の中でも特に異彩を放っていた魔王の中の一人。
しかし歴代魔王の中でもその頭脳は圧倒的だった。特に魔族でありながら次々と魔法やそれに付随する技術を産み出したのは偉業と言うほかない。
惜しむらくは魔族であるが故に知識や知恵は遺せど、その身に宿した魔法や技術は継がれなかった点か。人間の様に魔道書なるものがあればそれも防げただろうに。
だがそんな魔の極地が産み出した技術――『魔力固定法』を、最も遠いであろう人物が使っているこの事実。
何故、どうやってと疑問が浮かび、だがそれ以上の楽しさがそれを塗りつぶす。
(全く。懐かしいものを見せてくれるものだ)
口端が思わず吊り上がるのを自覚する。
見れば今度はあの妙な武器の先端をこちらに向けていた。
見たことも無い形状。一見すれば両手で持つ近接武器だが、埋め込まれた精霊石がその思考に待ったをかける。
確かに弱い。だが自身を以ってしても見た事が無い。
だから次は何を見せてくれるのか。
(本当にこれだから――)
人間は楽しい。
◇
《
引き金を引き、先ほどの《軽光剣》とは比べ物にならない速度で矢が発射される。
文字通り一筋の光となった矢は正面から見れば点にしか見えなかったであろう。銃剣と言う見覚えの無い武器ならばまさに初見必中と言えるそれ。
だがブレイヴはそれを掴んでみせた。そりゃもう見事なぐらい完璧にバシッとだ。
(動体視力とかどうなってるんだ……)
避けるだけならコロナも出来る。掴むことも見慣れてる彼女ならやれなくはないだろう。
でも初見で完璧に掴むなどありえるのだろうか。
……いやまぁ目の前でやれらたからありえるんだろうけど、やっぱり信じれない気持ちは大きい。
実際審判役のコロナも驚きを隠せていない。それほどのことを平然とやってのけたと言う事になる。
ならばとレバーを引き精霊石に魔力を充填。
一発撃って分かったが、おそらく《軽光矢》は溜め撃ちには耐えられない。普通に撃つだけでも負荷が掛っていたのが作り手の自分には分かった。
だから次に使うのは全弾連射。下手な鉄砲もなんとやらだ。
さすがに残り九発全てを受け止めることはいくらブレイヴでも不可能だろう。
精霊石に光が宿り、魔力充填終了の合図。それを見ては即座にトリガーを引く。
放たれた最初の矢は真っ直ぐにブレイヴへと向かい、即座に第二射、第三射が放たれる。
そして結果は小さくも、ある変化をもって告げられた。
「ふっ!!」
ブレイヴが
あまりの振りの速度に一体何度武器が振られたか分からない。
分かるのはブレイヴに矢が近づいた瞬間、光の残滓が宙を舞う。その悉くがたった一振りの武器で撃ち落される。
「む」
ただ何の因果か、その中に一本だけブレイヴの攻撃を免れた光の矢があった。
眼前に近づいたその矢も、ブレイヴが軽く上体を捻るだけであっさりと回避されその後ろへと飛んでいく。
室内ゆえに壁に突き刺さった矢はその勢いに耐え切れず、他の矢と同様その身を光の粒子へと変えた。
「…………~~~~ッッ!!」
その光景を見て一瞬ぽかんとしてしまったものの、じわじわと達成感が体中を巡る。
ブレイヴを『その場から一歩動かすこと』に成功した。
あまつさえ『回避行動を取らせた』。
何も知らない人から見れば「横に一歩動くだけで全部避けれるじゃん」と言われるかもしれないが、そんな当たり前な意見などどうだって良い。
武器性能と運に多分に助けられたのは分かってはいるが、出来なかったことをやってのけたのは事実なのだから。
「ふむ、見事。……とでも言えばいいのか、この場合は?」
「ブレイヴさんがそう思ったのでしたら嬉しいですけど、そうでもないのでしょう?」
「どうだろうな。確かに我からすれば取るに足りぬものではあるが、
「……?」
色々? 銃剣のことだろうか。
まぁコレをこの世界の人が予想しろと言うのが無理な話だが、色々と言うことは複数形。
他に見せたのは《軽光》魔法だけど、ほぼ全損ばりにへし折られてるから予想『以下』なら分かるんだけど……。
(しっかしどうしたものかなぁ……)
倒す必要がある模擬戦ではないが、一つ先に進んだせいか有効打の一発ぐらい狙いたくなるのは欲張りだろうか。
だけど《軽光》武器を飛ばしても銃剣で矢を放っても当たることは敵わなかった。
残るのは接近戦だけど、自分の技量では素人が武器を振り回す程度にしかならないのは知っている。
純粋な有効打は先ほど見事に粉砕……いや、一歩動かして回避させると言う偉業(当社比)は達成してくれたが、初見であれだ。二度目はほぼ無いと見ていいだろう。
その様に次を考えていると、ブレイヴが腕を組みながらあっさりと痛いところを突いてきた。
「ヤマルよ。先の攻撃がお前の現行の最高の攻撃、と見て良さそうだな?」
「う……それは……」
「何、気にするな。今までの模擬戦とその武器と装備類、それと先に見せて貰ったお前の身体能力や魔力量から推測するのはそこまで難しいことではあるまい」
そしてブレイヴが雄弁に語る。自分が戦闘においてどの様なタイプであるかを。
まるで今までの戦いを見てきたかのような物言いだったが、すべて的を得ているのは彼の観察眼のなせる技か。
「タイプとしては後方支援と言ったところか。これは魔力の低さ、身体能力の無さ、身に着けている装備類、それとあの妙な武器の性能から大体分かるな」
「となると近接は苦手と見て良いだろう。それを補うための仲間、大方最初に加わったのはコロナあたりか? 確か傭兵と言っていたな」
「つまり近接攻撃で有効打は持ち得ない、と推察できる。むしろ注目するのであればヤマル自身よりもその持っている物を注意すべきだ。足りない部分を補うのは知性ある生き物ならば当然の行為だからな」
「以上を踏まえた上でその武器から繰り出される攻撃が最大であると言う事が導き出されるわけだ。他の物からはその武器以上の魔力を感じないのも理由だな」
もはやぐぅの音も出ないぐらいの完全論破だった。
え、本当に目の前にいるのブレイヴなんだろうか。実は泣いている間に別人と入れ替わったとか。
はたまた実は二重人格でマジメブレイヴ(仮称)の人格と入れ替わったとか。
どうもこの人、普段の奇行との落差が激しくてどちらが本当のブレイヴなのか分からなくなるときがある。
「それを踏まえた上で一つ提案だ。ヤマルよ、我に接近戦をしてみるのはどうだ」
「……あの、今めちゃくちゃ自分が接近戦が出来ないの証明してましたよね?」
「然り。だが出来ないからと言って試さない道理は無かろう。そもそも今回の模擬戦は色々テストするためのものではなかったのか?」
そりゃまぁそうだけど……。
うぅん、接近戦か。普通に振り回すだけじゃあしらわれるのは目に見えてるけど……。
「なに、言われたとおり反撃はせぬ。存分に打ち込んでくるが良い。何か新たな発見があるかも知れぬぞ」
「……分かりました」
ブレイヴの言うとおり今まで接近戦は意図的にしてなかった。むしろしたら負けるどころか実戦なら死にかねない。
故に今まで手をつけてなかった部分でもある。
近接戦闘がこれで出来るようになるとは思わないが、別の部分で何かしらの糸口になるかもしれない。
「あぁ、折角だ。面白いものを見せてくれると尚良いぞ」
「う、ハードルあまり上げないで下さい……」
ハードル?と聞き覚えのない言葉に首を傾げるブレイヴを意識の横に置き、自分で出来そうな接近戦を頭の中で想定する。
だがどれだけ考えても『近づいて』『攻撃する』と言う当たり前しか思いつかない。
コロナのように《天駆》でもあれば縦横無尽な高機動戦闘も出来るだろうが、如何せん自分には空を駆ける方法も身体能力を上げる魔法も無い。
つまり今の身体能力のままどうにかして切り込む必要がある訳だが……。
(圧が……)
威圧されてるわけではないが、あまり接近戦を今までしてこなかった弊害か少し怖気付いてしまう。
反撃がないと分かっていても、すぐ相手の攻撃が届く場所にいると言う恐怖。イワンの特訓で胆力を鍛えられてなかったら踏み出すことすらままならなかっただろう。
「どうした。《軽光剣》でも斬るだけでもいいぞ?」
「…………」
じっとブレイヴを見ながら頭を捻り案を搾り出す。
普通にやってたら間違いなくどうにもならない。なら普通じゃない事をすれば、と言う結論に達するが、接近戦において普通じゃないは何か。
銃剣を使ったゼロ距離射撃?と言うアイデアが浮かび、即座にNOと言う結論を出す。
確かに近づけば当たりやすくはなるが、銃口部分捕まれて銃身を逸らされる未来しか見えない。
いや、結局は接近戦だろうが遠距離戦だろうが得てして『想定外』に弱いのは万物共通だ。
つまり相手の想定外の突飛なアイデアや行動、もしくは想定
(…………)
周囲を見れば審判役のコロナと少し後ろに他のメンバー。
室内は誰もいない。魔族用に作られたためか上下左右ともにかなり広い。飛ぶ魔族が多いのと単純な戦闘力が高いためだろう。
「皆、ちょっと離れて。コロも念のために」
思いついたアイデアを実行するために皆を少し離す。
そこまで危険ではないと思うが、誰かに当たるような事があれば後味が悪い。
何より『誰かに当たるかもしれない』と言う懸念を頭に入れておきたくなかった。
「決まったか。さぁ、来るがよい」
本当に勇者か、と思いつつ銃剣の持ち方を近接用の両手握りに持ちかえる。
左手は石突付近、右手は砲身の上部、グリップの上辺り。それを剣を持つように正眼に構えればなんちゃって両手剣風の構えだ。
刃が先端から中頃までの部分しかないので剣としてみるには少し不釣合いかもしれない。
「《軽光剣》」
その構えのまま付近に《軽光剣》を作りだす。その数は四本。
ただしまだ飛ばさない。切っ先だけはブレイヴの方を向け、使い魔のように自身の周囲に漂わせる。
「相変わらず羨ましい魔法だな」
「自分からしたらブレイヴさんの強さのほうが羨ましいんですけどね」
「はっは、勇者だからな。仕方あるまい」
会話が成り立ってるか成り立ってないのか微妙なラインだがブレイヴとの会話はこんなものだろう。
《軽光剣》を全てブレイヴに向け飛ばし、だがそれらは彼に当たることなく左右に突き立つ。まるで左右に避けるな、と言わんばかりに。
「こんなことしなくても大丈夫そうですけど、勇者なら受け止めますよね?」
「無論だ」
何を、と言わずともあちらも分かっているのだろう。
今から自分が『何か』をすることを。
「《
銃剣を掲げるように上段に構え魔法を使う。
《軽光剣》の様に刀身から柄まで全てが魔法で作られた剣ではなく、銃剣の追加装甲の様に取り付けられた光の刃。
それは砲身の下に付いた刀身から先端を延ばし、銃剣の底面部を覆うように長大な片刃を形成する。
(きっつ……)
元が生活魔法とは言え正直ギリギリの状態。
名を与え、精霊樹と精霊石の補助を加え、元が《
元々自身の身長と同等の大きさの銃剣だ。それから発生された光の刀身は剣としては規格外もいい所。
目算五メートル以上の大剣は本来ならば自分が持つことなど出来ようも無いが、こいつだけは例外だ。
「いきます!」
繰り出すのは大上段からの振り下ろし。剣術の心得が無い自分が出すならこれしかない。
そもそも普通に考えればどれだけ大きかろうが《軽光剣》はどこまでいっても《軽光剣》だ。つまり軽い。
自分が振るう以上攻撃として軽いために有効打はあまり望めず、武器として軽いため振りやすくとも止められやすい。
単純に威力を追求するなら魔法自体の性能に加え、『速さ』か『重さ』のどちらかを上げるしかない。
しかし速さを追求しようにも(エルフィリアの補助魔法は今回は横に置いておくとして)自分の体は一朝一夕で劇的に変化するものではなく、重さを加えようにも魔力で構成されているこの剣では不可能である。
では何故この方法を選んだのか。
このやり方が現状ブレイヴの『想定外』と『想定以上』の二つを同時に満たしてくれると信じているからだ。
「む」
ブレイヴの眉が僅かに顰める。
想定外は中距離からの接近戦。
想定以上は彼の
「っせい!!」
着弾。
だがやはりと言うべきか。ブレイヴは模擬刀を上に掲げるようにするだけでその長大な剣を受け止めてみせた。
傍から見れば地面にめり込みそうな光景ではあるが、見た目以上に軽い光の剣ではそのような真似は望めない。
「なるほど。仕掛けはその石か」
「ホント良く見抜きますね……!」
全力で下に向け力を入れているがびくともしない。
そもそも着弾時にどうにもならなかった時点でこれ以上は自分の力ではもはやどうすることも出来ない。
今回の手段は単純に剣速、つまり速度を上げる方向で仕掛けた。
それを成しえるためにあんな馬鹿でかい刃を銃剣に付与する形で作り上げたのだ。
長大な刃だからこそ出来る技。従来の振り方でも剣先の速度は長ければ長いほど速くなる。
普通ならば武器の重量や空気抵抗を考慮すべきところだが、《軽光》魔法の刃は重さが無く、銃剣の『風切の加護』が空気抵抗をゼロにする。
つまりこの形に限り普段通りに武器を振るうだけで、剣先に限り普段以上の速度で振り回す事が可能となるのだ。
……なお周囲への迷惑は考慮しないものとする。
「発想は良いな。出来れば避けられた際に軌道を変えれる様にしておくと尚良いぞ」
ただし見ての通り、止められた後はもうどうにもならない。
速度が一番乗ってるときにどうにかするのがこの方法だ。止めた後では大きな《軽光剣》があるだけ、つまり先ほどと変わらない結果に――。
「《
砕かれる前に固定化を解除。
ブレイヴの模擬刀がこちらの《軽光外殻剣》だったものをすり抜け上に上がると同時、彼の左右に突き刺してた剣を浮かせそのままブレイヴへと放つ。
「甘いぞ」
それを空いた手と蹴りで迎撃するブレイヴだがそれも想定済み。
銃剣を手放し今度は自らの足で彼へと接近。
丁度全ての《軽光剣》を対処されたのと自分の攻撃射程圏内に入るのは同時だった。
「《
打撃系の武器は相性最悪と言われていたがあえてそれを生成。
ゲートボール用のスティックを長くしたようなハンマーを手に思いっきり上段に振りかぶり、再びブレイヴに向けその武器を振り下ろした。
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