第209話 魔国の勇者の悩み


(うへぇ……)


 ブレイヴの悩みと聞いて心の中で盛大に嘆息する。

 いや、悩みを聞くのは別に構わない。

 彼のお陰でこの図書館に来られたようなものなのだし、その点について礼をすることはむしろこっちがしたいところであった。

 だが、よりによって、目の前のこの、ブレイヴの悩みなのである。

 ここ三日での彼の奇行を割と目の前で見てきているだけに一体どんな話が飛び出してくるのか想像もつかない。

 仲間が欲しいみたいだし誰か紹介してくれと言ったらどうしよう。

 下手に人王国の知り合いを言うとブレイヴなら間違いなく飛び出していきそうだ。


「相談、ですか」

「うむ。最近とある事で悩んでいてな。ヤマルには忌憚の無い意見を述べてもらいたい」


 彼の目は真剣そのものだった。

 よっぽどその悩みについて抱え込んでいたのだろう。

 心の中で身構えつつも、可能ならその悩みは解決したいと言う気持ちも湧いてくる。


(しかし悩みねぇ……)


 ブレイヴに悩みがあるのは意外だなと思う。

 自分の中での彼のイメージは悩みが無いような感じなのだ。

 単純と言う事ではなく、困ったことがあっても自分で解決してしまう。そんな有能さから来る悩みが無いと言うイメージが彼にあった。

 そんな彼ですら悩むと言うある事とは本当に一体どのような事なのだろう。

 その悩みについて促すと、彼はその場で立ち上がると徐にマントを広げポーズを取った。


「率直に聞こう。我のこの格好、どう思うか」

「……?」


 しかし出てきた問いかけは予想以上に普通の内容だった。

 そしてどうかと問われてもいつも通りとしか思わない。

 今朝ならば戦闘に行きそうな格好だなぁと答えれたが、城門で武装を剥がされたブレイヴはここ三日全て同じデザインの服とマントをしているのだ。


「あの、どうと言うより何故その様な質問に?」

「うむ。それはヤマル達に会う以前のことだ。その日も我が勇者活動をしていたのだが、その際助けた少女にこう言われたのだ。『変な格好』だと」


 うわぁ、その子も勇気あるなぁ。

 いや、子どもだから自分が思ったことを率直に言ってしまったのだろう。

 それでブレイヴはショックを受けたとかそう言った辺りではないかと推測する。


「我としては勇者らしい服装をしたつもりだったのだがどうやらそうではないらしい。少なくとも勇者はカッコよくなければならない」

「まぁ……そうですね」

「しかし我は残念ながら市井の民が言うカッコイイと言う基準が分からぬ。その少女も変と言うばかりで要領を得ぬ上、迎えに来た母親もそんなこと無いと言って去ってしまったのでな。だが我でもあれは上辺の言葉だと言うのは察しがつくのだ」

「そこで自分にその辺を聞こうとした訳ですか」

「うむ。カッコイイが分からぬのなら様々な人から情報を統合した方が良いのでな。だがこの街の民は何故か答えてくれぬ。もしかしたらその少女の感性が間違っている可能性もあるが、断定するにはまだ早い。そこで他種族であるヤマルにも意見を聞こうと思った次第だ」


 なるほど、物凄くまともな考えだった。

 そして質問内容が予想以上に普通であることに胸を撫で下ろす。どんな無理難題かとビクビクしていたため安堵感が物凄かった。

 しかし率直な意見か……言ってもいいのだろうか。


「……本当に思ったことで構わないんですか?」

「うむ、まずは事実確認が先決だ。改善はその後だろう」


 嘘やおべっかは使わない方が良いと判断。

 彼にとっては少々酷かも知れないが、事実を知りたいとはっきりと言っている以上思っていることを素直に述べることにする。


「分かりました。その前に一つだけ言っておく事があります。自分も正直なところファッション関係にはかなり疎い上感性がずれてる可能性は否めません。その前程で一人の意見として聞いてください」

「うむ、良いだろう」


 元々日本でもそこまで服飾関係に詳しい訳ではない。

 そしてこの世界での自分のファッションセンスがどの辺りにあるのか予想がつかないのだ。

 なので出来ることと言えば予防線を張った上であくまで個人の意見として正直に言うだけである。


「自分もブレイヴさんの格好は少し変だなとは思います」

「ふむ、ヤマルもか。それはどの様な所を見てそう思ったのだ?」


 変と言われても毅然とした態度を崩さないブレイヴはやはり大物かもしれない。

 自分が決めた服を変と言われれば多少なりとも人は凹んだりするものだ。

 だが彼にはその様子が微塵も感じられなかった。


「そうですね……多分マント辺りが邪魔なのではと思います。ブレイヴさんが白で服は黒、そこに布面積が大きくはためく真っ赤なマントが加わるとそれぞれの自己主張が強いんですよ。ブレイヴさんの髪も長いので、マントと一緒に大きく動いてしまうのも理由の一つですね」

「ふむ、なるほど。ヤマルにはその様に感じたのだな。ちなみにこれに手を加えるとしたらどのようにする?」

「え、手を加えるとしたら……マント外す辺りかなぁ?」


 自己主張が激しいのがせめぎあってるのなら、やれることはまずはそれらを排除あたりだろう。

 なので原因の一つであるマントを外す提案をする。

 流石に髪を切れとか染色しろは言いづらいし、マントなら着脱がすぐに出来るため手っ取り早く改善できると思ったからだ。

 しかしこの案はブレイヴにはダメだったらしい。首を横に振り明確に否定の意志を示される。


「残念だがそれはダメだ。マントを外すと見た目が普通の市民になってしまうではないか」

「あー……まぁ、確かに」


 街中でファッションとしてマントを羽織っている人はほぼいない。

 自分らのように機能性を考えて着込む冒険者や、制服として着用する騎士団などどちらもその必要性があって着用するマントが殆どだ。

 彼の言うようにマントを取ってしまえば単なるカッコイイ魔族の男性へとなってしまう。

 ……変な勇者よりそっちの方が絶対良いと思うのだが、多分譲れないラインなのだろう。


「でも髪を切るとか服に手を加えるとなると面倒ですよ?」

「服はともかく髪を切るのはダメだな。我が髪を巡って戦争が起きかねん」

「どこの聖遺物ですか……」


 男の髪を巡って戦争とか嫌過ぎる……。


「しかしそうなると服しか手を加えれませんね。今朝みたいにあの鎧着込んでると良いアクセントになって丁度良いんですけどね」

「ふむ、逆にあえて追加することでその主張とやらを分散させると言う事か」

「後は……マントを変えるのはダメって事でしたけど、例えばそれをマフラーにするとか?」

「ほう?」


 詳しく、と言うことだったのでざっくりとどの様な感じなのかをブレイヴに教える。

 マフラーと言えばこの世界でも防寒具として認知されているらしく、その様な物をどうするのかとブレイヴは興味があるようだった。

 

「マフラーと言っても防寒具の方じゃないんですけどね。うちの地元のとあるヒーローの特徴なんですけど」


 それは自分が生まれる以前から今も尚続くとあるヒーローシリーズの初代の特徴の一つ。

 机の下のかばんからメモを取り出しどの様な感じなのかを絵付きでブレイヴへと教える。

 エルフィリアみたいに絵心が無いためかなり滅茶苦茶だったが、ブレイヴは何とかこちらの説明していた内容をちゃんと把握したらしい。


「ふむ、つまりこうか?」


 説明を聞いたブレイヴが自身のマントを一撫ですると、今まで羽織っていたマントが一瞬で赤いマフラーへと変わる。

 首下で軽く縛る様に軽く巻きつけ、背中側に伸びたマフラーは室内だというのに何故かはためいている。

 そのまま両腕を胸の前で組み、仁王立ちし不適な笑みを浮べるブレイヴは中々様になっていた。


「……イメージ通りですね」

「そうか、似合うか?」

「えぇ、とても」


 まぁ彼が望むような勇者の格好ではないがそこは黙っておこう。

 しかしあのマントをどうやって一瞬の内にマフラーに変えたのだろう。魔法がある世界だし錬金術か何かの類だろうか。

 少し不思議に思うも多分魔法の力か何かでやったんだろうと結論付ける。

 自分だって手から火や水が出せる不思議人間になっているのだ。もっと魔力のあるブレイヴなら服飾ぐらい難なく変えられるんだろう。


「ふはは! そうかそうか、似合っているか! だがこの格好は勇者っぽくは無いのではなかろうか」

「まぁ特徴はあるけどマフラーですからね。でもそれで良いんじゃないでしょうか。平時から勇者が街をうろついてると住民が不安がりません?」

「そうか? 勇者がいると言う安心感になると思うのだが」

「勇者が警邏しなきゃいけないような危ない街、なんて考える人もいるかもしれませんよ。戦時ならまだしも平時だと安心感より不安感が増しそうな気がします」

「ふむ、一理あるな」

「自分の地元のヒーローのお話は普段は市民に溶け込んで、ピンチの時は颯爽と駆けつけるって感じが多かったですね。どこにでもいるような一般人、しかしその正体は……!!ってみたいなところでしょうか」

「おぉ、良いなそれ! その案今度使わせてもらうぞ」


 どうぞ、と快く了承すると彼は懐から小さい冊子を取り出し今自分が言ったであろう事を書き込んでいく。

 よくよく見るとその表紙には「勇者マル秘メモ No.87」と書かれている。

 一体どのような事が書かれているのかは知らないが、よくそれだけの数を使うほど書けるものだと感心してしまった。

 とりあえずこの様子なら相談事は無事完遂したと見て良いだろう。書き終えたブレイヴが満足そうな表情をしているし問題ないはずだ。

 だがそれも束の間。問題が終わったはずのブレイヴが不意に遠くを見るような物憂げな表情へと代わる。


「しかし此度の事でも分かったが服飾と言うのは中々難しいものだな。目に見えるものなのに個々の感性と言う見えないもので左右されるのだからな」

「他にも何か?」

「うむ、昨日ヤマルらと別れた後ミーシャと食事をしたのだがな。そこで思いっきりボコボコにされたのだ」

「……何やったんですか」


 打倒魔王を掲げているのに昨日から魔王に割とやられている気がする。

 まぁブレイヴが狙うのは悪の魔王であり、魔王ミーシャを狙っているわけではないので問題無いような気もするが……。

 ……本当に今度は何をやらかしたのだろうか。


「一応魔王と言う手前目立つ場所には行きたくないらしくてな。あの後はそのままあの店で食事をする事にしたのだ」

「ふむふむ」

「よくは分からぬがその時はまだミーシャは上機嫌だったな。会話もそれなりに弾んでいたと思う」


 まぁそう言うお膳立てをしたのだ。

 折角二人きりになったのだから楽しい時間をすごせる様彼女も注意はしていただろう。何せ相手はブレイヴなんだし。

 とりあえずここまでは順調にいっているみたいだ。


「食事も終え一頻り話したところで我がミーシャに持ちかけたのだ。『服を買ってやろう』と」

「おぉ、良いじゃないですか! 魔王様すごく喜んだんじゃないんですか?」

「どうだろうか……驚いたような顔はしていたな。何か悪いものでも食べたかと聞かれたぞ」


 ミーシャの反応は当然だ。このブレイヴがまさか自分から服を買ってあげると言うなんて思いもよらなかったに違いない。

 好きな人からの服のプレゼントなのだから彼女が喜んだのは想像に難くなかった。


(……え、本当にこの流れでボコボコにされるような事したの?)


 彼女の気分は最高潮だったろう。

 中々作れない時間でようやく巡ってきた二人っきりの時間。食事をし談笑を交わし、更に服のプレゼントの提案。

 ここまで完璧な流れと言っても誰も否定はしないはずである。

 本当に何をどうしたらここからボコボコにされるほどやらかせるのか、この先を聞くのが怖くなってきた。

 なってきたが……もはや会話は止められない。流れに身を任せることにする。

 

「ミーシャは確か我にこう尋ねたな。『一体どういう風の吹き回し?』と」

「ふむふむ。それでブレイヴさんは何と答えたんですか?」

「『お前は魔王だと言うのにその様なボロ切れしか服が無いのはまずいだろう。何着か買ってやるから見栄えするものを選ぶが良い』だったか。……どうしたヤマル。図書館では静かにと言われてはいなかったか?」


 彼の言葉に思わず思いっきりテーブルに倒れこんでしまう。

 その拍子にガン!と大きな物音を立ててしまったがそれどころでは無い。

 テーブルに突っ伏した状態のままブレイヴとの会話を続ける。


「その直後だったな。まさかボコボコにされた挙句魔法を撃ち込まれるとは思わなかったぞ」

「……そりゃそうでしょう。なんでそんなこと言ったんですか」

「お前も昨日のミーシャの姿を見たであろう、胸元と足の側面が盛大に破れたあの服を。友人ならせめて何とかしてやろうとするのは当然ではないか」


 違うそうじゃない。

 あれはボロくて破れてたのではなくそう言うデザインなだけだ。服飾に疎い自分でもあの人がどれだけ気合を入れてきたか分かるぐらいの勝負服である。

 それをボロ切れと言われたらそりゃ間違いなくキレるだろう。


「理由も分からず理不尽な暴力に耐えるしか無かった我はせめてその理由を聞いたわけだが……まさかあのような服が存在するとはな」

「あの手の服ってそうそう見るものではないですけど、存在自体知らなかったのですか……?」

「色町にいる女性ならばあのような服も着るかもしれんが、マジメな性格のミーシャが着るとは思わなかったのだ」


 つまり知っている仲だからこその想定の範囲外だったと言うことか。

 確かに彼の言い分も分からなくは無いけど……うぅん……。


「とりあえず改めて謝りましょう。魔王様が着ると思わなかった理由をちゃんと言えば許してもらえると思いますよ」

「そうか?」

「えぇ。それで今度はお詫びもかねて改めて服を買いに行こうって誘えばばっちりだと思います」

「ふむ、ならばそうするか」


 早速とばかりに昨日行ったように額に手を当て念話をし始めるブレイヴ。

 何か途中から服の悩みが人の恋路のサポートになってた気もするが、流石にこのままではミーシャが可哀想すぎるのでこれで良かったのだと思う。



 そして十数分後。

 顔を真っ赤にした魔王ミーシャが勇者ブレイヴの耳を引っ張りながら連行していく姿が図書館で目撃されることになるのだった。

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