第208話 大図書館
【お知らせ】明日より毎日更新から週三へと変更します。詳細は近況にて。
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「ここが魔王城の図書館、通称『大図書館』です! あ、中ではなるべく静かにお願いします」
ピーコに案内された場所は魔王城から少し離れた小塔の様な建物だった。
渡り廊下のような通路で接続された大図書館は利用者が多いらしく、すれ違う魔族の数は割と多い。
「ではこちらへどうぞ」
背伸びして両手の羽を使い頑張って両開きのドアを開けるピーコに悶えそうになりつつ全員で中へと入る。
一歩大図書館に踏み入れたそこにはまさに『本の壁』と表現して良いほどの視界いっぱいに広がる本、本、本……。
吹き抜けの作りの大図書館は上を見上げてもびっしりと本棚が壁に沿って敷き詰められていた。
この建物の外壁剥がしたら本棚で構成されているんじゃないかと錯覚しそうになる。
「すごい、
「ほんとすごいな。どれだけの本があるんだろ……?」
「ふふ、我が国自慢の施設の一つですよ。叡智の魔王と呼ばれた何代も前の魔王様によってこの大図書館は作られました。元々はその魔王様が本の置き場が無くて困っていると言う理由で建てられたのですが、今ではごらんの通り当初より蔵書量も増え図書館として運用されています」
こちらです、とまずはピーコによって図書館の中を案内されることになった。
彼女の小さな歩幅にあわせたゆっくりとした移動速度。だがその速度だからこそゆっくりとその光景を目にすることができ、多種多様な本の数々に知的好奇心がそそられてくる。
「見ての通りこの大図書館は数々の本が納められています。そのためどこに何があるのか把握するだけでも一苦労。そこで私たち司書が利用者の方の為に本を選んだり取ってきたりするお役目を与えられているわけですね」
見ててくださいとピーコが軽く羽ばたくとその小さな体が宙に舞う。
普通に見ればどう考えてもあの羽では浮力が足りないのだが、彼女は三階の本棚の前まで難なく飛ぶと片手で器用に本を掴みこちらへと戻ってきた。
帰りなんて空いた片手だけで降りてくる始末である。
「この様に小柄で飛べる私などはここでは大変便利と重宝されているわけです」
「あの、ピーコさん。今どうやって飛んで……?」
「それにその本もどう支えているのですか?」
目の前で起こった不思議な出来事に目を丸くしていると、ピーコは笑顔で自分達の質問に答えてくれた。
彼女は鳥系の魔族だがどちらかと言えば魔力を使って飛んでいるらしい。正確には羽を主とし魔法で補佐をしている形だそうだ。
よっぽど大きい羽根を持つ魔族ならば鳥の様に飛べるかもしれないが、基本的に魔族は魔力で飛ぶとのこと。
そして羽にも関わらず本を持っているのは、実は見えてないだけで彼女の羽にはちゃんと手があった。
実際にふわふわな羽毛を掻き分けると小柄な彼女に似つかわしい小さな手がその中にあり、これで本を持っていたようだ。
魔族の不思議の一端を垣間見たところでピーコが話を元に戻す。
「ですので皆様も読みたい本がありましたら私にお申し付け下さい。すぐに取ってきますので」
「なぁ、ここってどんな本でもあるのか?」
「そうですね、ジャンルで言えば大体の本はあります。ただ特定の本となれば都度聞いてもらうしかないですね。あ、あと人王国の魔道書は置いてないです。勝手に開いて人間に魔法覚えられたら困りますので。……まぁ滅多にこの場に人間は来ませんのでその心配も殆どないですが」
ともあれ何かを探す際はピーコら大図書館のスタッフを頼れば良いとの事だ。
確かにこんな本の山から特定の物を探すとなれば、いくら時間があっても足りないだろう。
「とは言え中には自分で本を探したいという方もいます。それはそれで楽しみ方の一つですので、皆様もそうしたいのでしたら遠慮なく歩いてみてくださいね」
「ん、分かりました。ちなみにその際気をつけることってあるかな?」
「そうですね、まず館内であまり暴れたり騒がしくしない事。後は高い位置にも本がありますので無理はしないことですね。台を使っても届かない場合は私たちを頼って下さい。後はあちらのスタッフルームや立ち入り禁止の部屋も入らないでくださいね。まぁ入ろうとしても多分無理でしょうけど……」
ピーコが指すスタッフルームや立ち入り禁止と思しき部屋の前にはポールとロープを使った簡易的な柵が設けられていた。
あれだけなら気にせず乗り越えれそうなのだが、彼女の口ぶりからだと何かしら仕掛けがあるのだろうと推察する。
とりあえず室内ではあの柵がある場所には入らないと言うことを守っておけば大よそ自由に動けるようだ。
「それ以外の場所でしたら自由に動いていただいても構いません。他にご質問ありましたら、私に何なりと聞いて下さいね」
その後もざっくりではあるがピーコによって大まかに本のジャンルが区分けされているのを聞いた後、一階の読書スペースへと案内された。
◇
「お探しの本ですが大体こんなところかと」
「ありがとうございます。重くなかったですか?」
「慣れてますので大丈夫ですよ。それではごゆっくりどうぞ」
椅子に座ったこちらにぺこりと頭を下げるとピーコは仕事へと戻っていった。
彼女の後姿が見えなくなるまで見送ると、机の上に用意された数冊の本に視線をやる。
「こっちが魔国の概要と歴史書。それでこっちが周辺地図。これが魔宝石持ちの魔物討伐の資料と……本当になんでもあるな」
用意してもらったのはまずは基本的な部分と魔宝石の討伐の当時の資料だ。
概要や歴史書はともかく、まさか討伐時の報告書の写しまであるとは思わなかった。もちろん機密文書にあたるため、表に出せない部分は黒塗りになっているらしい。
現在自分はピーコによって宛がわれた一階の端の方にある個室タイプの読書ブースにいる。
本当は部屋の中央付近のオープンスペースの予定だったのだが、あまりにも珍しい人種の組み合わせに図書館中からの視線を浴びることになりこうして移動した次第だ。
ここにいる魔族らは知的好奇心の塊な人も珍しくないようで、普段絶対見かけないこちらに興味津々な目をしていた。
流石にこの大図書館での狼藉はご法度な上、魔王直々の命があるためこちらの安全は死守するので安心して欲しいと言うのはピーコの談である。
そのため現在自分以外の三人はそれぞれ興味のある本を求め図書館内を自由に散策中だ。
全員で調べようと言われたのだが、折角こんな大きな図書館を使わせてもらう機会に恵まれた以上同じものを見るのは勿体無いと思ったのだ。
ちなみにポチは足元で丸くなった状態で荷物の番をしてもらっている。
流石に本が読めない以上今日はポチがやれることは限られている。
いくら城門で許可されたとは言え、静かな図書館で武具をガチャガチャ響かせるのも憚られたのでこうして荷物と一緒にひとまとめにしてポチに見張ってもらうことにした。
(まずは基本的なところからだよね)
正直なところ魔宝石持ちの資料は見たかったが、先に土台となるべき知識がないとちゃんと理解できないかもと思い別の資料を手に取る。
手にしたのは魔国の概要と歴史だ。
この本によれば魔国の建国はかなり古く、二百年前の戦争よりも更に昔とのことだった。
どの様にして国が成り立ったのは不明ではあるが、今日に至るまでどの様な事が起こったのかがそこに書かれていた。
しかし如何せん量が多い。
この量の多さが歴史の長さ、そして記録がしっかりと残っている証だろう。英知の魔王と呼ばれた何代も前の魔王の副産物のありがたさをかみ締めつつ、大まかな概要だけに目を通していく。
どうやらこれによると魔国は人王国の様に王政ではなく、システムとしては日本の様な形に近いみたいだ。
魔王がおり魔国の顔として内外にその存在を出しているものの、実質政治的な部分を担っているのは別の魔族たちらしい。
この魔族らが国を運営し、魔王はその身を賭して国に仕え国の為に働く人の事のようだ。
(でもこれなら魔王いらないよね……)
次のページを捲りながら思い出すのはミーシャの事だ。
彼女も昨日仕事が忙しいと言っていたし、実際この本の通り魔王としての仕事が色々とあるのだろう。
だがこれだけならただの愛国者で十分だ。魔王と言う存在は必要ない。
ではミーシャや歴代の魔王がどうしてその職に就いたのか。その答えがすぐ後ろのページに書かれていた。
魔王に与えられた使命は次の通り。
先ほども書かれていたがまず魔国の顔として存在を示すこと、そして魔国の為に力を尽くすこと。
次に政権を担う魔族たちが暴走したときの監視役だ。このために魔王は前述の顔としての力と国民の人気が必要不可欠となる。
魔王としての力は歴代魔王によって様々だったようだ。圧倒的な力を持つ者や知識が豊富な者、膨大な魔力を持つ者など多種多様。
その力が振るわれる可能性を以って、政治を行う魔族らを正しく働かせるという意図があるらしい。
では逆に魔王がそこまでして働く理由とは何か。
それは無事魔王としての任を終えた際に発動される権限を振るうためだ。
『魔王命令権』と呼ばれるこの権限は任を終えた魔王がただ一度だけ行使できる絶対命令権。
もちろん魔国の法を侵したり他国へ仕掛けたりなど犯罪まがいのことや国として承服できないことは弾かれるものの、それ以外ならばどんなことでも可能な限り国が協力しバックアップする。
例をいくつか挙げると、叡智の魔王はそれを使ってこの大図書館を建て書籍を更に集めたらしい。
また他の魔王だと酒池肉林とか言って個人的なハーレムの環境を整えさせたそうだ。
個人では成しえないことでも国を挙げてなら可能となる。
この『魔王命令権』を使用するため、今日まで歴代魔王は様々な仕事や国からの無茶振りにも耐えてきたんだろう。
(となるとミーシャさんも叶えたい願いがあるってことだよね?)
あの人なら大抵の事は自分でやってのけそうな気がするだけに、一体どの様なことに対して魔王命令権を使おうとしているのか少し気になった。
まぁあの人なら変な願い事はしないだろうと結論付け、一旦本から目を離し背筋を伸ばす。
集中して読んでいたせいか、筋肉がほぐれる感覚が心地良かった。
「ヤマル、少し良いだろうか」
「ん?」
声をかけてきたのはいつの間にか戻ってきていたブレイヴだ。
彼も何か本が増えていないかと意気揚々と探しに行ったはずだが、何も持っていない以上目的の物は見つからなかったようだ。
「どうかしましたか?」
「なに、先日言っていたそちらの礼について今してもらおうと思ってな」
そう言いつつブレイヴは自分の対面の椅子に腰掛ける。
礼と言うと昨日相談に乗ってもらったりミーシャを呼んでもらった事に対する礼だ。
確かあの時は何かあると言っていたがまた後でと言うことで昨日は有耶無耶のまま彼と別れた。
それを今ここで頼むとブレイヴは言っているが……一体何だろう。
無茶振りされないことを願うしかない。
心の中で簡単な事でありますようにと祈るも、その願いは早くも崩れ去ることになる。
「そう構えずとも良い。少し我の相談に乗ってもらいたいだけだ」
礼の代償、それは
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