第166話 カーゴ・改 後編
カーゴの中に入るとがらんどうだった以前とは一変、そこには『部屋』が存在していた。
全く何も無い状態だったから好き勝手に色々配置出来たのは分かるが、何故ここまでやりきったのか敬意と同時に畏怖を感じてしまう。
そんな室内の様子に呆けているとレーヌとレディーヤも中へと入ってきた。
「このドレスでも悠々と入れるのはすごいですね」
「通常の馬車と違い車体が低いからでしょう。これだけでも十分なメリットですね」
労せず中に入り彼女ならではの視点での感想を述べてくる。
なるほど。自分達のような動きやすい格好では今まで気にもしてなかったが、カーゴは動かない時は基本地面に降ろしている。
レディーヤが言ったように他の馬車と違い、車輪が無い分車高が無いも同然だ。バリアフリー観点から見ても乗り降りが楽と言うのは十二分な利点だった。
その後ポチを抱いたコロナとエルフィリアが入ったことでドルンからの説明が開始される。
「じゃぁまずは何を取り付けたかの説明する前に基礎部分に手を加えたことからだ……です」
どうにもやりにくそうなドルンだが説明に手は抜かない。
まず現在のカーゴの内装を色々弄るにあたり問題が一つあった。それは何かを取り付ける場合それを固定しなければならないと言うことだ。
通常の乗合馬車でも椅子は馬車の底面にしっかり固定されている。固定しなければ急に走ったときや何かトラブルがあった際に危ないからだ。
このカーゴもいくら自分達しか使う予定が無いとは言え、椅子一つとってもやはり固定するのは決定事項であった。
しかし窓枠の時同様研究員らが難色を示す。
そもそも椅子を固定と言うことは大事な部分である床の底面部に手を加えなければならない。
他にも何かしら手を加えるなら更に色んな箇所を傷つけることになる。研究員らが待ったを掛けるのは当然と言えよう。
そこでドルンが提案したのはカーゴの内側の全面を建材の板で覆うことにすることだった。
天井、壁、床全てに建材を張り敷き詰め、その上で様々な内装を導入する。そうすることで固定など手を加える為の改造箇所を、当初の予定のカーゴ本体から内張りの建材へと変更させた。
結果敷き詰めた分カーゴの中の空間は減ってしまったが、それについては仕方の無いことだろう。
「そして完成したのがこの部屋風の内装ってわけだ……です」
そして改めて内装を見る。
まず元々カーゴは左右のドアと後ろのドアで乗り降りが出来る。後ろのドアは壁ごと開くような形なので、ドアと言うよりは車やトラックのトランク部分に近いかもしれない。
中に入り最初に目に入ったのが仕切り壁だ。
後ろ側四分の一ぐらいを切り取ったかのようにこちらとの空間を隔てるような壁が一枚。
一応向こう側に行く為の引き戸はついていたが、この仕切った部分は何のためだろうか。
「あぁ、そこは荷物置き場にするつもりだ」
その疑問を口にすると後ろ側は荷物を乗せやすいのを利用し積荷のスペースにしたらしい。
今までは荷物も極力軽くするよう心がけていたが、これがあればある程度の物は持ち運びが可能となる。
大きさにも寄るが魔物の素材なども簡単に運べるだろう。
そして次に目を引くのが右側の壁に張り付くように設置されたキッチンスペースだろう。
キッチンと言ってもそこまで大きくはない。だが紛れもないキッチンだ。
コンロが二つに流し台。頭上には小さいながらも食器棚まであり、コンロの下には冷蔵庫まで完備されていた。
右側に取り付けられていた窓もキッチンを考慮したように作られており、外からの日差しが降り注ぎ手元を照らせるようになっている。
「王族移動用の食堂車を簡素化したような作りですね。しかしここまで魔道具をダウンサイズできるものなのでしょうか」
感心したかのようにキッチンについての感想を言うレディーヤ。やはり王族には移動時に使用する専用の車両があるようだ。
そしてそれ以上に気になっているのが彼女も言ってた魔道具のダウンサイズ。
この世界には冷蔵庫も水道もコンロも存在するがそれらは全て魔道具であり値段もかなり高い。一般人がおいそれと手を出せるような代物ではないのだ。
その様な魔道具がこのカーゴに納まるように省スペース化した上で設置されている。
技術的な部分も気になるが金銭的にどうやって揃えたのだろう。
……まさか借金じゃないよな。改造にあたりパーティーの共有財産からお金を出して良いと言う話にはなっているが流石に不安になってくる。
ドルンはそれなりに個人資産はあるので買えなくは無いのだが、だからと言ってここまで高価な物が必須かと言われたら首を傾げてしまうのが正直な感想だ。
もちろんあるに越したことは無い。無いのだがお金のかける場所がここでいいのかと思ってしまう。
しかしそんな心配を余所に意外な回答が返って来る。
「あぁ、これら全て魔道具じゃないぞ」
その言葉に驚いたのは自分とレディーヤだ。
ではこのキッチン周りの物は何かと問われたら魔道具と同じ材質だけ作った物らしい。材料は王城で壊れ廃棄されかかってきたものをドルンが譲り受けカーゴにあわせ改造したそうだ。
見た目こそ魔道具に近いが現状ではただのインテリア。これらをどうやって使うのかと疑問に思うのは当然だろう。
その事をエルフィリアが訊ねるとドルンは自分に向かって指を指した。
「これらは全部ヤマルが協力すること前程で作られているんだ」
正確には自分の《生活魔法》を前程とした設計らしい。
例えば冷蔵庫は中の上部に氷の塊を設置して冷やす。溶けたら補充、と言った具合だ。
水道に至っては良く見たら食器棚の隣にタンクがついており、ここに水を溜め水道として使う。
ちなみに流し台の下を開けてみると排水口の代わりに壷に入ったスライムがいた。残飯処理係のようだ。
この様な感じに自分ありき前程で使えるキッチンになっているらしい。
材料費の元手はゼロ、運用も自分が行う手間はあるが逆に言えばそれだけなので中々リーズナブルな仕上がりになっていると言える。
「んで反対側は皆で座る場所になる……なります」
そしてキッチンの反対側、左側の壁と後部の仕切り壁に沿うようにL字型の椅子が設置されていた。
流石にソファーなどクッションを効いたものは無理だったらしく、木目の四角いブロックを置いたかのような長椅子が垂直にくっついたかのような形状である。
だがこれにも日本の技術が使われており、その椅子は収納箱の代わりにもなっていた。
今はまだ何も入っていないが、試しに足元の取っ手を引くと確かに収納箱の空間がある。
あまり大きなものは入れれそうに無いが、それでも限りあるスペースを無駄なく使えるようになるのは嬉しかった。
ちなみにこれも自分のアイデアを元にしたらしい。
そんなこと話したかあまり記憶に無かったが、どうやら以前ドルンに日本のリフォーム番組の話をしてその時に出てきた匠のアイデアだったようだ。
「ここで座って食事を取れるようにした。ヤマル、そこの壁に立てかかってる小さい方の板を取ってくれ」
「うん、了解」
「コロナ、お前は椅子の角部分の中に入っている木の円柱を出してくれ。そこだけ上蓋が開くようになってんだ」
「分かった! ドルンさん、二つあるよ?」
「とりあえず大きい方を頼む」
倒れないようカーゴの前面部にストッパーで固定されていた二枚の板の内、小さい方の一枚を取り外しドルンへと渡す。
コロナの方もL字椅子の角っこ、丁度垂直部分の椅子の上蓋を開け中から円柱状の何かを取り出した。
あれは……支柱だろうか。
それもドルンに手渡すと彼はさて、と全員に向き直る。
「食事を取るために必要な物は椅子とテーブル。なのでこんなものを用意した」
皆が一体何に使うんだろう、と思っているとドルンはまず円柱を皆に見せる。
やや太く高さがないただの木製の円柱かと思ったが、良く見ると片面に何か金属の四角い突起がついていた。
「床のここに穴があるのが見えるか? ここにこの円柱の金属部を下にして差し込むんだ」
慣れた手つきで円柱を片手で掴みながら金属のパーツをあわせるようにそれを立てる。
床についてた金属パーツの穴と円柱の突起ががっちり嵌ると柱は完全に固定された。
続いて見せるのは自分が渡した何の変哲も無い木の板。
……と思っていたが少し違う。
板自体若干厚みがあるのだが、片面だけ今固定した円柱を差し込むように厚みの半分ほど中央が削られていた。
そちらを下に向け板と円柱をあわせるとL字の椅子に合わせたテーブルが姿を現した。
「常にここにあっては邪魔になる。しかし無ければ料理も置けない。もちろんヤマルのポーション作製、俺の作業なども出来ない。ならばどうするか。……なんてことは無かった、必要な時だけ組み立てれば良い……です」
自分の知る限りだが今までこの世界ではこの様な組み立て式の家具は見ていない。
王族貴族の家具はおろか一般の家に至るまで家具は基本一点物だ。もちろん物の大小、価値の有無、出来の良し悪しはあるがどれもが完成品として売り出されている。
この様に必要な時にその場で組み立てると言う考えは無かった。必要な時に他から持ってくるはあるが、完成品丸ごとを移動させるのとバラしたパーツを持って組み立てるのでは全く違う。
この辺は日本とこの世界を比べた際の工業力の差だから仕方が無い。どちらが上か下かではなく、その世界で最善だったのがお互いにそうであっただけだ。
この世界ではそもそも工房はあっても工場は無い。同一規格を作り続けるようなことは出来ない。
木工品だろうがポーションだろうが量産品と銘打っても中身は手作りだ。
本当に量産品がこの世界にあるとするなら、鍛冶工房で鋳型を用いられた剣や鏃みたいなものぐらいだろう。
「なるほど……。今回はこのカーゴに合わせ作ってますが、この様に部品ごとに分け大量生産すれば生産性が向上し価格を低くする事が出来るかもしれませんね」
さすが聡明なレディーヤだった。大量生産の利点をすぐに挙げる辺り頭の出来が本当に違う。
ただもちろん欠点も存在する。
「まぁ同一規格品を狂い無く作ることが出来る前程ですけどね」
この手の話は基本別々の場所で造ったパーツを組み立ることが出来て初めて成立するのだ。
現代日本でも規格外品はどうしてもでてきてしまうし、手作業のこの世界ならもっと出るだろう。
そのうち技術が進み機械が普及すれば採算も取れる様になるだろうが、そうなると今この世界に多くいる職人が減ることを意味する。
……職人が切磋琢磨してる姿は見ていて好きなので個人的にはこのままで行って欲しいところだ。
「んんっ! 少し話がそれたが次だ。ヤマル、もう一枚の大きい板を取ってくれ。コロナはさっきの場所にもう一つ支柱があるからそれを出してくれ」
先ほどと同じ様にドルンに指示され今度は大きい板を彼に渡す。
代わりにテーブルの台の板を受け取り元の場所に戻すと、コロナから支柱を受け取ったドルンが再び組み立て始めていた。
テーブルのときに使った支柱はそのまま。ただし今度の大きい板には丸いくぼみが二つある。
一つは中央部分にある先ほど使った支柱へ挿すであろう窪み。もう一つは板の四隅に一つだけあった窪みだ。
コロナから別の支柱を受け取ったドルンがキッチンに程近い場所にその支柱をはめ込み、再び大きな板を降ろす。
するとそこにはダブルベッドサイズぐらいの寝床が完成していた。
大きめの板はL字の椅子の縁部分に引っ掛けられた後、二本の支柱に支えらる。椅子と合体したことで見事な長方形のベッドへと変貌を遂げていた。
「横になって寝れる場所を希望として受け取っていた。だがこのカーゴといえどベッドを置いてはスペースが足らなくなってしまう。そこで先ほどのテーブルのアイデアを広げこの様にした」
食事時は椅子とテーブル、寝る時はベッド。
L字の椅子と省スペースを上手く使ったドルンのアイデアは見事と言うしかない。
これについてはコロナやエルフィリアは元より、レーヌやレディーヤも驚きを隠せないでいた。
「後は天井に出る梯子と穴ぐらいだ……です」
最後にと左側の壁に取り付けられた梯子。
その先には現在蓋をされているが明らかに切れ目があった。この蓋を外せば一応天井に出られるみたいだ。
「以上が内装の説明だ。です」
中々やりづらそうではあったがドルンは最後まで説明をやりきった。
外で待機してる人の目が無ければもっと楽に説明できただろうに。外聞気にしなければドルンに惜しみない拍手を贈りたいところだった。
しかしその拍手は予想外のところから飛んでくる。
「ドワーフの技術力の高さ、そして創造力。確かに拝見させていただきました。とても素晴らしかったと思います」
パチパチパチと小さな手から贈られる拍手と確かな賞賛。
当人にその気があるかは不明だが、一国の主が個人に贈る賞賛と言うのはすごいことなのは自分でも分かる。
この場が非公式だからこそ出来たことなのかもしれない。
レーヌの拍手を聞いてか外で待つ近衛兵や研究員らがこちらを覗き見ているのが窓越しに見えた。
どの人も中で一体何が起こっているのだろう、と言った表情をしている。
「さて、レディーヤ」
「はい」
レーヌの言葉にレディーヤが頷くと彼女はドアの方へと向かう。
そしてそこから顔を出し、近衛兵の面々に向けこう告げた。
「今からカーゴの実技機能を見せていただきます。扉は閉めますが慌てぬようお願いします」
え、何ソレそんなこと聞いてないんだけど。
なんてことは今は言えず黙ってその様子を見ていると、レディーヤがこちらを向き目配せをしてくる。
その目はドアを閉めてくれ、と語っているようだった。
(……まぁいいか)
理由は分からないがそうしろと言うのであればそうするだけだ。
手を上に向けコンソールを出し未だ慣れぬ手つきで操作して一旦ドアを閉める。
「ヤマル様、お手数ですが防音の魔法を」
「あ、はい」
《
言われた通りにカーゴに魔法をかけることで完全に防音密室空間が完成した。
「はー……おにいちゃんの前でこの話し方は疲れちゃうね」
「ドルン様もこちらに合わせてくださりありがとうございます」
周囲に声が漏れないことを確認し、はふー、と一息吐くレーヌ。その隣ではドルンに向かいレディーヤが深々と頭を下げていた。
疲れた顔をしていたものの、先ほどの作り笑顔とは打って変わり自分が知ってる素のレーヌの表情だ。
「それで今日はどうしたの? 急に来るってことは何か用事あったんだよね」
とりあえずまずは本日の用件を聞くとこにする。
カーゴの視察と言う名目はあれど、それだけで女王が動くには少し弱い。
多分別の何かがあるんだろうと思いその事について尋ねると、彼女らは小さく首を縦に振り本題を切り出してきた。
「うん。レディーヤから話は少し聞いたかもしれないけど……」
「以前話した運搬の依頼、ヤマル様達に受けていただきたいと思っています」
そう言うとレディーヤは懐から何通かの手紙を取り出したのだった。
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