第165話 カーゴ・改 前編


「おっしゃ、出来たぞーー!!」


 まだ早朝と言って差し支えない時間。

 いきなり部屋のドアが盛大に開けられドルンが部屋へと乗り込んできた。

 寝ていたところに大音量で野太い声が響き渡る。これで飛び起きてしまうのは仕方の無いことだろう。


「……びっくりしたぁ」


 どっどっど、と心音が聞こえるぐらい鼓動を打っており、どれぐらい驚いたのか自分でも良く分かった。

 一緒に寝ていたポチも慌てて飛び起きたせいか床に落っこちてしまっている。


「おっと、すまんすまん。だがようやくカーゴの改造が出来たぞ」

「えっ、本当!?」

「あぁ、中々楽しい仕事だったな。苦労もあったが満足の行く出来に仕上げたつもりだ。それに前々から興味あったメムっつーロボとも仲良くなれたしな」


 そう言うドルンの表情は一仕事をやり終えた男の顔だった。

 とても清々しく満足いく仕事を終えたと誰もが一目で思うほどである。


「っつーわけで早速行くぞ!」

「……いや、確かにすぐ見たいけど今の時間は正門開いてないでしょ。ってかドルン徹夜したの? そしてどっから出てきたのよ」

「いやぁ、内装弄ってたらいつの間にか夜が明けててな。門は閉まってたが外には出してくれたぞ」


 現状王城に出入りするドワーフなんてドルンしかいないだろうし、門番には顔を覚えられたのかもしれない。

 何せここ数日ずっと王城に出入りしていたドワーフだ。忘れろと言う方が無理だろう。


「どっちにしてもこんな早朝じゃ入れてもらえるか微妙だよ」

「む、そうか?」


 枕元にあるスマホに手を伸ばすと現在の時刻は午前五時を少し回った辺り。

 王城の正門が開放される時間はもっと先だ。急な用事でもない限り流石に入れてもらえるとは思えない。


「まぁどうせならじっくりしっかり他の事気にせず見たいからちゃんと手続き踏んで行こう。ほら、ドルンもここんところ作業しっぱなしで疲れたんじゃない? 行くとき起こしてあげるから少し仮眠したらどうかな」

「ん~……そうだな。それじゃお前の言う通りにするわ。あ、起こすのは出るときじゃなく飯んときに頼む」


 了解、と苦笑を浮べて返事を返すと、ドルンは来たときとは打って変わり普通に部屋を出て行った。

 ……あ、後で鍵直してもらおう。じゃないと女将さんにどやされる。


「ふぁ……俺達ももう少しだけ寝ようか」

「わふ……」


 ポチと一緒に欠伸をかみ締め再び布団を被って横になる。

 そのまま一分も経たず再び眠りに落ちていくのだが、この一時間後に日課の早朝ランニングで今度はコロナに起こされることになるのだった。



 ◇



「うわぁ、すごいすごい!」

「カーゴ、見た目も変わっちゃいましたね」

「外装を塗装したのか……。それだけでもイメージ随分変わるもんだね」


 『風の軌跡』全員でドルン案内の元、王城の敷地内にあるカーゴの置かれた場所へとやってきた。

 離れの研究室前に相変わらず鎮座するソレは、前回見たときよりその風貌を大きく変えている。


「いやー、結構苦労したんだぞ。特にあいつらとの話し合いは中々白熱したからな」


 あいつらと言うのは言うまでも無くここの研究員らのことだろう。

 現在完成したカーゴを一目見ようと多くの研究員が周囲に集まっていた。

 しかし白熱した話し合いとか、どうも自分の与り知らぬ所でカーゴの処遇を巡って色々とやりあってたようだ。


「とりあえず順番に説明してくぞ。まずは外観は見ての通りなるべく馬車に近い色を採用してある。まぁその辺はヤマルがそこまで派手さを求めないってのと、遠目から見る分には馬車に見せようと思ったからだな」


 その様に説明するドルンの言う通り、カーゴの色はこの世界の一般的な幌馬車に近い色合いをしている。

 元の鈍色はもはや無く、下側の四分の一は木の色合いに近い茶色、上側の四分の三は白に近いクリーム色をしていた。


「あれ、窓がついてる?」

「お、いいとこに目をつけたな。さっき言ってた話し合いは主にコレの改造を巡ってだ」

「……つまり穴開けたの?」

「まぁな」


 そう。元々カーゴは後方と左右のドア以外にはどこにも穴は開いていなかった。

 穴だけで言えば天板を空けること自体だけは決めてた。だが少なくとも窓を着ける話はしていない。

 内装含めドルンには自分達の希望を汲んだ上で何をするかは一任していたので、話に無かった物があったとしてもそれ自体は不思議では無い。

 しかし窓を取り付けるということはカーゴに穴を開ける改造をしなければならないと言うことである。

 改めてぐるっとカーゴ周りを歩いてみるとドア部分を上手く避けるように前面部と左右に窓がついており、そこから中の様子が少しだけ見えた。


「あいつらがなるべく元のまま使用しろって言ってたんだが、旅をするのにあんな密閉空間じゃダメだろ。常時扉を開けっ放しにするわけにもいかねぇし」

「そりゃまぁ、そうだね」

「メムが床部分が重要な箇所っつってたのは覚えてるか? ドア開閉機能は壊すのは流石にマズいから、メムに詳しく話を聞いた上であいつらと協議した結果があのサイズだ」


 確かに窓はそこまで大きいサイズではない。貴族が乗るような馬車に比べればサイズ自体はそれより小さいだろう。

 それでもよくあのサイズの窓枠用の穴を開ける気になったと思う。もし自分だったらそこまで割り切って改造出来ただろうか。


「ドルンさん、少し気になったんですが……。窓が大事なのは分かりますが硝子って長旅に不向きなのではないでしょうか? もしひっくり返ったり、何かしら攻撃受けたらすぐに割れちゃいそうですけど……」

「あぁ、心配いらねぇよ。窓のところ良く見てくれ、少し内側に凹むように設置してんの分かるか?」


 言われ窓をじっくり見ると確かにどの窓も内側方向へ凹むように嵌めてあった。

 側面側の窓を後ろから見るとそれが良く分かる。


「手動だがあの窓を被う外装みたいな物を取り付けてみた。ヤマル、お前が前にそっちの家屋で使う雨戸とかシャッターとか言ってたやつあっただろ。アレのアイデアを使わせてもらった」

「……あ、窓枠の上の方に取っ手がついてる」


 つまりあの取っ手を掴んで下に降ろせば窓が隠れ元のカーゴの様な感じになるわけか。

 本当に良く出来たな、あれ。作るためにはあのカーゴの外装部分に更に手を加えないといけないだろうに。

 ドワーフって手先が器用な技術屋集団と思っていたが、実際はもっとすごい人達の様な気がしてきた。


「んじゃ次はこっち来てくれ」


 ドルンが今度はカーゴの前面部分へと案内する。

 前から見るカーゴは以前とは違うものが二つほど取り付けられていた。


「まず今カーゴに張り付いてるのがカーゴを引く持ち手の部分だな。俺らが引く時の持ち手とポチが引く時の持ち手の二種類だ。使う時はそこのロックを外してゆっくり下に降ろすんだぞ。ストッパーはつけたから地面には着かないはずだ」


 ドルンの説明通りに台形型のフレームが二つ、カーゴの前面部に垂直に張り付いていた。

 しかもその状態でちゃんと窓枠に重ならないように設計されている。

 使うときは現状持ち手を支えているロックを外すと、根本部分を支点に上から降りてくる感じのようだ。

 持ち手が降りた時のカーゴはラーメンかおでんの移動式屋台にそっくりである。

 持ち手部分はまるでリアカーと似たような形状だったものの、アルミが無いこの世界では根元の機構部分のみ鉄で作り残りは木製になっていた。

 全て鉄ではなく木製品を使ったのは力が無い自分やエルフィリアが問題無く扱えるようにしてくれたんだろう。


「ポチん時はそいつとベルトで固定するんだが、まぁそれは実際使うときに説明しよう。後はその出っ張り部分だな」


 更に前面部には人が座れるようなパーツが外付けで追加されていた。

 さながら馬車の御者台のようである。これならそこに座りながら旅が出来そうだ。


「流石にポチが引くとき残り全員が中じゃ寂しいだろうからな」

「わふ!」


 にかっ、と笑顔を見せるドルンに満足そうに吼えるポチ。

 確かにポチだけにカーゴ引かせて他の四人が中とかは悲しすぎる。なのでこの改造は自分としても非常にありがたかった。


「それに町に入るならここに座っていた方が馬車っぽくなって良いだろ?」

「まぁ遠目から見れば馬車みたいに見えるだろうしね。それにそこに誰か乗ってたらポチ単独のときより誤解されづらそうだしね」


 獣亜連合国の時もポチに乗ってたがやはり止められたし警戒もされた。

 しかし荷を引くと言うのはそれだけで人間の制御下にいると見なされやすい。流石にポチと馬を同列にするつもりは無いが、いらぬ誤解を招かないようにするのは大事なことである。


「んじゃ次は内装だ。ヤマル、横の入り口開けてくれ」

「あ、うん」


 カーゴに向かい手をかざすとコンソールが現れた。

 現状これを使えるのは自分と教授の二人。後はメムぐらいだ。

 もっと色んな人を登録してはどうかと言う話もあったが、下手に人数を増やすと防犯上良く無いと言うことで結局この三人になった。

 個人的にはパーティーメンバーにも権限付けたかったのだが、人間以外はセキュリティの都合で登録できないと言われている。

 昔の戦争の弊害がまさかこんなところにまで影響を及ぼすとは思っても見なかったが……まぁそこは仕方ないと割り切ろう。


「んじゃドア開け――」

「女王陛下!!」


 開けるよ、と言おうとした所で誰かの声。

 振り向くとそこには何人かの近衛兵と従者のレディーヤを従えたレーヌが立っていた。

 周囲にいた研究員らも即座に跪き頭を下げる。

 それに習いこちらも同様に跪こうとしたが、それより先にレーヌによってその行動は止められてしまった。


「皆さん、おはようございます。そう畏まらず頭を上げ立ってください」

「は、はっ……!」


 畏まるなと言う方が無理なのだが、ともかく頭を下げていた面々は全員レーヌの言葉に従い立ち上がる。

 一体何故この場にレーヌが?

 最近はドルンに任せっきりにしていたものの、それまでに何度かこの場所に足を運んでいたが彼女が来ることは今まで一度も無かった。

 そして今回も特に来ると言う話は聞いていない。

 ……もしかして普通の視察なのかもしれない。流石にこれだけ人の目がある中ではいつもの様な態度は取れないだろうし。


「遺跡の遺物の改修を終えたと伺いました。よろしければ私に説明していただいてもいいですか?」


 頭の中で思考を巡らす。

 何故レーヌはこのタイミングでここに来たのだろう。話すだけならこんな衆人環視の中ではなくメムを使えばいつも通り話は出来たはずだ。

 本当にただの視察だろうか。もしくは何か別の目的が……?

 ……ダメだ、情報が少なすぎて全く分からない。

 ともかく女王として振舞っている以上目の前の子はレーヌではなく人王国レーヌ女王陛下として接さねばならない。

 そしてそんなトップの願いを平民が断われるはずもなかった。


「畏まりました。今から内装の説明をこちらのドワーフのドルンから聞くところでしたのでご一緒される形でよろしいでしょうか」

「はい。それでは私も同席させていただきますね」


 にこりと笑みを浮べるも、やはり普段のレーヌの笑顔とはどこか違う。余所行きの笑顔とでも言えばいいだろうか。

 素の表情を知っているだけにどうしても違和感がある。それはコロナも同じ様で何とも言えない顔をしていた。


「では今からドアを開けますので少々お待ちを」


 再びカーゴの方を向きコンソールを操作して右側のドアが開かれる。


「ドルン、中には何人ぐらい入れそう?」

「え、あぁ……そうだな。元々俺らのパーティーの人数に一人か二人の余剰分で設計してある。それ以上となると乗れはするがかなり窮屈になるぞ」

「となると……」


 説明を受けるため『風の軌跡』の四人は確定。ポチは自分が抱えれば数には含まない。

 ここから一人か二人だがレーヌが確定となれば残りは入れて一人だが……。


「ではレディーヤ、付き添いをお願いします」

「畏まりました」

「いけません、女王陛下! その様な得体の知れ無い物に我ら近衛兵無しで行かれるのは危険です!」

「大丈夫です。私の身の回りの者の強さは貴方達も知っていますよね? 一介の冒険者に遅れは取らないでしょう」


 レーヌにそう言われてはそれ以上何もいえることも無くなったようで大人しく近衛兵の人が引き下がる。

 しかしやっぱりレディーヤさんは強い人だったか。

 ……まぁそりゃそうだよなぁ。あの近衛兵の様な本職の人ではないにしろ、王族の近くにいる使用人が弱いって事は無さそうだ。


「お待たせしました、それではよろしくお願いします」

「はい。ではこちらへどうぞ」


 自分がそう言うとまずはドルンがカーゴの中へと入っていく。

 レーヌが何を思ってこの様なことをしているのかは不明だが、とりあえずは理由が分かるまでは彼女の言うとおりにしよう。

 そう気持ちを切り替え、自分もドルンの後を追って中へ入っていった。


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