第125話 見え隠れする害意


「マッドの事か?」

「えぇ。自分の中であの人の心証は最悪でしかないんですが、正直おかし過ぎるんですよ」


 あいつとはここ数日の付き合いしかないが、ぶっちぎりで人生ワーストワンの最悪な人物になっている。

 だから今回の処遇について思うことは特にない。むしろ当然の結果だとすら思う。

 しかし全てが終わり落ち着いたところでふと思う。何か色々おかしくないか、と。


「直情過ぎと言うか情緒不安定と言うか……。いえ、獣人は人に比べると本能に忠実な部分ありますけど、それ以上に短絡思考過ぎじゃないかなぁと。もちろん昔の人柄は知らないんでその辺はなんともですが」


 確かに恋は盲目と言うし暴走することはままあるだろう。

 恋敵に見えた自分に突っかかってしまうのも分からなくはない。

 しかしだからと言って不特定多数が見ている場でいきなり殴りかかったりするのははっきり言って異常である。

 いくらトライデントが有名な集団だからとしてもとてもじゃないが庇いきれるものではない。


「コロはどう? 一応昔のあいつのことは知ってるんでしょ?」

「そうだね……確かに粗暴な部分はあったけど、今みたいなことはしてなかったと思う。分別はついてたと思うよ」


 つまり一年前はまだ今よりはずっとマシだったと言う事になる。

 しかし一年でこれか……惚れた女が失意の内に消えたからってのは理由としてはありそうだけど……。


「ディエルさん、ここ最近……自分達がこの街に来るより前とかはどうだったんでしょう?」


 トライデントの代表として彼女に問う。

 名を呼ばれたディエルはふむ、と腕を組み何かを思い出すように目を伏せてはゆっくりと話し出した。


「私も団員全員を逐一チェック出来ている訳じゃないからな。だが……確かにコロナが居なくなった後辺りから少し変になったという話は聞いている。ここ最近は団員からの苦情も来ていたな」

「それがどうかしたのか? 確かにあいつの行動や言動は気になる部分はあるが……」

「いえ、ちょっと……」


 デプトの問いかけに思わず答えを濁してしまう。

 短絡思考にも関わらず行動が大胆。

 それでいてやっていることはかなり人様に迷惑が掛かっているのに、それを隠そうとはしても誰にでもばれそうなぐらい事後がおざなり。

 悪事がばれて尚ふてぶてしい態度を取り反省の色が微塵もない。

 全て今回のマッドに当てはまることではあるが、

 実際には会った事は無いし人伝に話を聞いたぐらいだ。

 もちろんただの偶然かもしれないけど……。


「……ヤマル、どうしたの?」

「いや、今のマッドと同じような感じの人知ってるんだけど……。もちろんそいつと接点があると思えないけどさ、何か気になって……」

「そうなんですか? その人は今どこに?」

「多分人王国の王都のはず。ここと王都じゃ離れてるし……トライデントとして他国出た話とかあるんでしょうか?」

「確かに依頼次第で他国へ赴くことはある。ただここ一年はトライデントで人王国へ行ったことは無いと思うが……」

「そうですか。ならたまたまなんでしょうね」


 もちろん個人的に接点があった可能性はあるが、もう片方はマッドと違いそうそう会う事が出来ない人物だ。

 名前は……あれ、聞いてなかったか。

 確か、えーと……あぁ、そうそう。ドラムス領の三男坊だ。セーヴァ達が護送してたときに少しだけ話に上がってた。

 自分がこちらの世界に来るきっかけを作った人間。

 そいつが王妃に変な魔法を与えた結果王族含め多数の死者が出ることになった。

 しかしその証拠を未だに部屋に持っていたがために調査に訪れたセーヴァ達によってあえなく御用となったそうだ。

 理由も婚約者のレーヌが女王に即位する可能性があり、自分が王族になれるとかって話だった。


(あの時はただのバカと思ったけど……)


 杜撰な計画、短絡的な行動理由、周囲の迷惑も顧みない視野の狭さ。

 どうにもマッドと共通点が多い気がする。

 たまたまと言えばそれまでだが、どうにももやっとしてしまう。


「まぁもし何か気になるようならトライデントうちに来てくれれば良い。コロナに会いたがってる奴もいるだろうし、マッドの近況については私より団員の方が詳しいだろうからな」

「そうですね。そのときはよろしくお願いします」


 あまり収穫は無かったがとりあえず聞けるのはこんなとこだろう。

 マッドと三男坊のことは気になるが今日は疲れた。この考察についてはまた今度にしよう。


「さて、やることは終わったしとりあえずご飯にしようか。詫びの足しにならないかもしれないが今日は私がオススメの店でご馳走しよう」

「え、いいんですか?」

「構わないさ。それにこれでもコロナに関して君には感謝しているんだよ?」

「では折角のお誘いですしご馳走になりますね。ありがとうございます」

「うんうん、素直な子はお姉さん好きだぞ。では行こうか」


 そしてディエル案内の元、五人と一匹は連れ立って部屋を出る。

 すべてが終わりピリピリした緊迫感が消えたため、割と和やかな空気が流れていた。

 コロナに今までのことを質問攻めするディエルを眺めつつ、彼女オススメのお店へとゆっくりと向かって行くのだった。



 ◇



「……いやいや、お見事お見事」


 パンパンと拍手をしつつゆっくりと壁をすり抜けて部屋へと入る。

 先ほどまで中々面白い光景を見せてくれた面々もすでに出払い今は自分一人だけ。

 誰も聞くことの無い拍手は今はいない彼らに向けてのものだ。


「理論武装をした上で武力でも上回るか。普通はもっと後手後手に回るもんだが、中々用意周到な人なんだな」


 しかし見世物としては中々面白かったと言える。

 人間と違い獣人は直情的であるが故に感情を制御しづらい。その為揺さぶり暴発させる点に関しては人間よりも容易いと言えた。

 だがいかんせんその分繊細さには欠けると言えよう。

 今回も本来は暴発させるのはまだまだ先の予定だったが、彼を見た途端一気に膨れ上がって制御不能に陥ってしまった。

 やはり手軽さや利便性と精密さは相反するものらしい。

 この手の事に関してはこの世界で第一人者と言える自負はあるが、それを以ってしてもまだまだ完璧とは言えないようだ。


「しかし何故あいつが——異界の救世主がこんな遠くの場所にいるのだろう。それもあの犬の目の仇として……いや、凡人の考えはあまり理解出来んものか」


 他の救世主が居ないか一応調べたがこの街にはどうもあいつ一人だけらしい。

 人違いかとも思ったが間違いなくあの時呼ばれた十人の内の一人だ。顔もだが身に纏う雰囲気が特徴的過ぎて中々忘れられるものではない。


「まぁ少し不思議がってたから感づかれたかも知れないか。あの様子では大丈夫だと思うが……」


 だがこの街でのやりたいことは概ね済んだ。

 このまま自分は他のところへ高飛びさせてもらうことにしよう。


(さて、次はどいつを狙うか……)


 また魔物でもけし掛けてみるのもいいがここいらで魔族も試してみるのも悪くないかもしれない。

 いや、折角の素体がいるのだからもう一手間加えてみるのもいいだろう。

 どの様に動くか、中々今後が楽しみだとほくそ笑みつつ、再び壁の中へ溶け込むように姿を消していった。



 ◇



「はっはっは! いやぁすまんすまん。つい感情が抑えられんかったみたいじゃ」

「は、はぁ……」


 今自分たちはディエルオススメのお店の個室にいる。そして目の前で豪快に笑っているのは先ほどまでは居なかった人物だ。

 掛けられた言葉に曖昧な返事をしつつ対面に座る偉丈夫を見る。

 彼の隣に座っている巨人ジャイアントのデプトよりは小さいものの、巨躯と言って差し支えないほどの男。

 がっしりとした体つきからは男らしさを型どったかのような印象を見るものに与え、顔の皺から初老はとうに過ぎてるだろうにそれを微塵も感じさせない風貌である。

 豪快、益荒男などが似合いそうな獅子の人寄りの獣人だった。

 そんな彼であるが現在右目に青たんをこさえている。


「しかしあれは自分から見てもどうかと……」

「何、わしとコロナたんの感動の再会をお前も否定するのか? デップ坊やも偉くなったもんだのぅ」

「自分をそう呼ぶのもう貴方ぐらいですよ、イワン殿……」


 そう、目の前にいるこの豪快なおじいちゃんこそ、この国の傭兵ギルドきっての英雄イワン=スピアーその人だ。

 ただし最初に見た光景が光景なだけに自分の評価はエロジジイになっている。


「お爺様、感動の再会でいきなりあれはないです」


 こめかみを押さえ盛大なため息をつくディエル。

 先程の事を思い出しては乾いた笑いしか出てこない。


 それはディエル達とこのお店に向かっていた時の事だった。

 普通に何気無い会話をしていたのだが、突如大音量の声が自分等のみならず周囲の喧騒すらかき消してしまった。

 一瞬の出来事だった為何を言ってたか聞き取れなかったが、再び同じ声が辺りに響き渡る。


『コロナたーーーーーーん!!』


 茶色い声と共に進行方向から舞い上がる土煙。

 名を呼ばれたコロナは心当たりがあるのか尻尾をピンと立てこれ以上無いぐらいの警戒体勢を取っていた。

 その横でディエルが青筋を立てながら盛大な溜め息を漏らしている。

 何か碌でもない事が起こりそうな気配、そして悪い予感と言うものは得てして現実になるものである。

 ようやく自分の目でそれが確認出来た。

 筋骨隆々の獣人のおじいちゃんが締まりの無い顔をしながらあり得ない速度でこちらに迫ってきていた。

 あまりの異様な光景に思わず悲鳴を上げてしまう。ポチも普段は果敢に警戒するのだが流石に今回は恐怖が上回ったようでこちらのカバンの上に退避していた。

 エルフィリアに至ってはもはや気絶寸前である。


「コーローナーたあぁぁん!!」


 そしてその変質者は勢いそのままにコロナに手を伸ばすも、彼女はそれをかわそうと素早く回避行動を取る。

 だが何をどうしたのか、空を切ったはずの変質者の手はコロナを捉え、彼女を抱き寄せると暑苦しい抱擁を交わした。


「無事で良かったぞコロナたん!!」

「うあうあうぁ~~?!」


 現在進行形で無事ではない光景にドン引きするしかない。

 コロナを以ってしても身動き一つ取れないこのおじいちゃんはマッドより余程手強い存在だった。

 助けなきゃ、と思うもどう助ければ良いか分からず思考がぐるぐる回転する中、ディエルが二人の元へ近づいていく。


「しっ!!」

「ぐぉぉ?!」


 そして間髪入れずディエルの正拳が変質者の右目を捉えた。

 素人目でも分かるぐらいの見事な一連の動作だった。

 無駄も迷いも一切無く振り抜かれた拳は相当痛かったようでコロナがようやく変質者から解放される。


「うぅ……」

「コロ、大丈夫……?」


 そう問うもののあまり大丈夫そうではない。

 相当力強いハグだったせいか髪の毛も含めあちこちボロボロになっていた。


「ヤマルぅ……」

「あー、後でちゃんと梳いてあげるから……」


 半泣きの彼女を宥めつつ右目を殴られた男を見る。

 そしてそこで見た光景はディエルによって正座させられ絶賛説教中の変質者の姿だった。


「お爺様、いくらなんでも気持ち悪い」


 その言葉に思わず体が硬直する。

 お爺様、ディエルの祖父。

 つまりあのトライデントの創立者であり英雄と呼ばれた人物との初邂逅の瞬間だった。


 思い返せば返すほど濃い登場だったなぁと思う。

 しかし何と言うか……何て言おう。

 自由フリーダムな人だなぁ、ともう考えるの止めたくなるような人だった。


「お爺様、そもそもあなたは今は東の方で後進のスカウトに行っていたのでは?」

「コロナたんが帰ってきたのにそんなことやっとれんわ」


 そんなこと……一応トライデントの大事なお仕事だと思うけどそんなことですか。

 これで良いのかトライデント。いや、今の代表は彼女だからこの人が好き勝手やっても大丈夫なんだろうけど……。

 他人事ながら内心心配しているこちらを余所に、イワンは何も問題は無いとばかりに話を続ける


「風の噂でコロナたんが帰ってきたと聞いたからの。居てもたっても居られず即座に帰還したわけじゃ」

「供回りのものも確か居たと思いましたが」

「行く先は言っておいたから早ければ五日で帰ってくるじゃろ」


 つまり一人で先に戻ってきた、と。

 しかも五日で戻ってくる道程を一気に詰めて来たとか、英雄と言われる所以の片鱗を垣間見た気がする。

 ただその理由はとても人に聞かせれるものじゃない。


「さて、お気づきの通りわしがイワン=スピアーじゃ。異国の冒険者よ、よろしく頼むぞ」


 真顔で挨拶をするイワンはとても渋く良い男なのだが、これまでの行動と見事な青たんのせいで色々台無しである。


「あの、コロナを随分可愛がってるようですが……」

「当たり前じゃろ? わしにとっては曾孫のように可愛いもんじゃ」


 そして彼の口から頼んでも無いのに色々と語られる。

 スカウト時にはトライデントでも一番年下だったコロナは本当に可愛かったらしく、主にイワンを中心に色々面倒を見ていたらしい。

 そんなコロナが怪我をして失意の内に居なくなった時は大層ショックだったようだ。


「あの時のお爺様は大変だったな」

「そうじゃのぅ。人生で一番弱ってた時期だったかもしれん」

「あなたその時期狙ってきた刺客全員返り討ちにしてるでしょうに……」


 デプトの呆れた声もイワンには届いていなさそうだ。

 しかし弱って尚返り討ちとかどれだけパワフルなんだろうこのおじいちゃんは。


「ちなみにどの様な感じだったんですか?」

「そうだな……朝は早く起き三食バランス良く食べ早く寝る生活を送っていたな」

「あぁ、思い出すだけでも恐ろしいわい」

「……滅茶苦茶健康的な生活送ってるじゃないですか」

「何を言う。普段のお爺様からすればもはや異常事態だぞ」


 ちなみに彼女が言う普段のイワンは『好きなときに起き好きな時間に好きな物を好きなだけ食べ好きに動き好きな時に好きな場所で寝る』と言う生活らしい。

 なんだその傍若無人っぷりは、と思ったがこれでしっかりと結果は残してるのだから恐ろしい。


「あの、その節はご心配を……」

「いや、頭は下げなくていいさ。私達も君の気持ちに気付けなかった。まぁ突然居なくなったのは確かに心配したがこうして戻ってきてくれて安心したよ」

「しかも怪我治してじゃしのぅ。どうやったかは知らんが……まぁいいじゃろ」


 刺すような視線に晒されるもそれも一瞬のこと。

 しかしその一瞬ですら抗いようの無い威圧感に押し潰されそうになる。

 

「それでコロナたんはこれからどうするんじゃ?」

「あ、はい。しばらくはヤマルと一緒に色んなところ回る予定です。そう言う契約ですので」

「護衛の仕事だな。私個人としては戻ってきて欲しいところではあるが……あぁ、そこにとやかく口を挟むつもりはないさ。頑張りなさい」

「ぇー、わしはコロナたんと一緒が——ア、ハイ。ナンデモアリマセン」


 すげぇ、睨み一つでイワンを黙らせたぞ。

 流石目の前の人の血を引いてるだけはある。いや、孫娘に単に弱いだけか?


「でもしばらくはここにいるんじゃろ?」

「あ、はい。ヤマルが時間くれたので十数日はここにいるつもりです」

「ふむ……じゃぁその時間、わしが主らを鍛える時間として貰おうかのぅ」


 ……


 …


「「「……え?」」」


 いきなり何言ってるんだこのおじいちゃんは。

 いや、こういう人だってのは先の話で十二分に分かっていたはずだ。

 でも実際にその通りの場面に出くわすとどうしてもこの様な反応になってしまう。


「なぁに、これから色々な所回るのであれば強くなっておくに越したことはないじゃろ。見た感じお前さんすぐ死にそうなぐらいじゃしな」

「いやまぁそこは否定しませんけど……」

「これから行く先々、皆が強くなればそれだけコロナたんの負担も減るからのぅ。引いては全員の生存率にも繋がる。わし直々に時間ギリギリまで鍛えてやるから安心するといいぞ」

「……ちなみに拒否権は?」

「コロナたんの為の事をわしが妥協するとでも思うかの?」


 ですよねー……。

 いや、前向きに考えよう。かの英雄直々に手ほどきしてもらえる機会なんて早々無い。


「えーと、では折角の機会なのでよろしくお願いします」


 なおこの言葉を後悔することになるのはすぐのことであった。

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