第110話 ヤヤトー遺跡6
「では作戦会議といこう」
パルの治療も終わり一人を除き全員が火を囲むように顔を合わせる。
その一人はドルンだ。レオ達の武器を少しでも良くしようと手入れと補修をすることになった。
なので自分もちょっと作業をしようと思い彼に断りを入れることにする。
「すいません、自分も作業しますんで進めてください。話には参加はしますので」
「別に良いが何するんだ?」
「ポーション作ります。パルさんに使った分は補充しておきたいんで」
何?と声が聞こえたが今はそれどころではない。
パルの治療にすでに五本も使ってしまった。いや、治すためのポーションなのだからそれは構わないんだが、今から戦うと言うなら回復薬は必須だろう。
何せ自分は一番簡単なポーションしか作れない。
だから回復一つでも数で押すしかないのだ。ランクの高い物が作れたらいいのだが、そちらは本業の薬師の出番である。
(うーん、真面目に学ぶのも考えたほうが良いかもなぁ……)
他のもっと良いポーション等のレシピは手元にある。ローズマリーの実演動画も撮ってある。
しかし現状作れるのは一番簡単なポーションだけだ。
だって材料高いし……作るための練習するにしてもお金掛かるし……。
だが練習しないと作れない。もどかしいジレンマに陥るが、今は無いものねだりしても仕方ないので一旦その考えを横に置いておくことにした。
(精霊樹のまな板ー(小))
某国民的青猫を思いだしながら取り出したのはドワーフの木工職人が作ってくれたミニまな板。
余った精霊樹を加工しお札を一回り大きくした程度のこのまな板は極めて薄いため鞄の隙間にしまいやすく持ち運びがとても便利だ。
ちなみに調理用の三枚組立タイプもありそちらはコロナの鞄の中。こっちは自分のポーション作成用である。
すでに何回も何個も作っているので作成自体はもはや慣れた物。今ではこうして会話に参加しながら作れる余裕すらある。
「お前、薬師だったのか?」
「いえ、しがない半人前冒険者ですよ。作れるのもこれ一種類だけですし」
とは言え現地でポーション補充出来るのは数少ない自分の強みだ。たくさん作っても今からの戦いを考えるならありすぎても邪魔にはなるまい。
鞄から薬草を取り出し早速製薬を開始。
薬草はポーションに比べて場所を取ることもないのでやはり携帯性に便利なのが良い。瓶も不要だし。
「……あ、どうぞ続けてください。片手間でも出来ますので」
「そ、そうなのか……。あ、うん。じゃぁはじめるぞ。まず最初に聞いておきたいが、この中でトレントと戦ったことの無いやつは何人居る?」
その問いかけに挙手するのは二人と一匹。自分とポチ、それにエルフィリアだ。
レオの言葉にちゃんと反応し、なおかつ手を上げるポチにレオ達は何度目かの驚きを表す。しかし自らを落ち着かせるようにコホンと咳払い一つしそれを何とか受け流していた。
「じゃぁまずトレントの倒し方だ。と言ってもいつも大体一撃でばっさりなんだよな……」
「レーオー、なんでもかんでもあなた基準で考えないでよ。トレントの倒し方は大きく分けて二つ。ひとつはまぁレオが言ったようにばっさりと切るか燃やすか、要するに行動不能にすることね。もう一つは魔石を外すか砕くことよ」
なるほど、ゴリ押しするか一点突破を狙うかの二択みたいだ。
面倒な攻略ギミックが無く分かりやすくて非常に助かる。
「《
「魔石を狙う。と言うかでかすぎて切り倒すのはほぼ不可能だ」
「表皮が何か無茶苦茶硬かったわよねぇ。しかも再生能力も群を抜いてるからごり押しは無理そうね」
刻んだ薬草を布に巻きカップに水を注ぎながらも会話は続行。
つまり今回は魔石狙いらしい。魔石を壊すか抜き取ればトレントは植物に戻るので妥当な判断だろう。
何せ先ほど枝や根が伸びているのをこの目で目撃している。あれと戦いながらではパルが言うようにごり押しは難しい。
強力な火の魔法があればあるいは、と言った所だが、自分はポチと協力しても《ファイアボール》並の威力が精々。
本職のエルフィリアならば、と思ったが、エルフのせいか火の精霊とは相性が良くないようでこちらもダメだった。
「《
「それがなぁ……何故か無いんだよ」
「……あんだけでかい根を操るほどのトレントで魔石がない?」
くるくるとポーション液をかき混ぜつつドルンの顔を窺うとあまり良い情報ではないようだ。
隣のコロナも難しい顔をして何か考え込んでいる。
「体の奥に埋まってるとか?」
「それなら戦ったら相応に感じ取れるはずなんだがな……」
「成長率が異常と言うお話でしたし……何か別の原因があるとか……?」
「んー、実際戦ってみて何か無かったですか? 全く関係ない事でもいいので」
コポコポと瓶にポーションを注ぎいれつつレオたちにそう尋ねる。
実際戦った彼らしか現地の情報は持ってないのだ。生存率を上げるのであればどんな細かいことでも良いから聞いておきたい。
「あー……そいや一個だけ」
「コフ、なんかあったのか?」
「あー、ほら。こいつらが探してた石みたいなのあったぞ。確か白い石だったよな?」
「マジか?!」「ほんとですか?!」
ここに来て意外な情報。魔煌石はやはり中央の大部屋にあったようだ。
作業中のドルンがコフに詰め寄りそうだったので、彼の前に手を差し入れて一応自制するように促しておく。
「あ、あぁ……つっても、その、なんだ。トレントの腹んとこにあってだな、こう埋まるような感じで……」
自分の下腹部、丁度臍の直下ぐらいを指差しトレントのこの位置に埋まっていると彼は言う。
もしその石が魔煌石ならトレントの討伐は必須となる。一緒に戦う仲間が増えたと思えば結果的には良かったかもしれない。
……うん、しれないんだけどさ。
「埋まってたの?」
「あぁ、あれは手で取り出すとか無理そうだった」
「幹の部分切ればなんとか?」
「かもしれないが斬る方法あるのか? 幹は枝や根より硬いぞ」
どう?とコロナの方に視線を向け尋ねるも、戦ってないため良く分からないとのこと。
ただ剣の補修をしていたドルンが言うにはレオの剣の状態から察するに相当堅牢なトレントなのだそうだ。
そのためコロナの腕前と剣をもってしても斬るのは難しいらしい。
正確に言えば斬ること自体は出来そうなのだが、幹部分は切断前に再生してしまいそうだ、とのこと。
どうしたものか、と思っているとふと、頭の中の一つの知識が掘り起こされる。
……いや待て。と嫌な予感がどわどん湧き出てくるが知識と共にその予感は徐々に確信めいたものへと変わっていく。
一縷の希望とばかりにドルンの方へ顔を向けるとあちらもとても難しい顔をしていた。
おそらく自分と同じ結論に至ったのだろう。よって今ここにその希望は潰えた。
「どうした、何かあったか?」
「いえ、あの……」
そもそも自分達が何故魔煌石を取りに来たかと言えば召喚石の台座部分を作って貰うためである。
そして召喚石の台座に何故魔煌石が必要かと言われたら、この石で作った台座がそこに乗せられた物の魔力を格段に増幅させる性質を持っているからだ。
つまりそれが近くにあるだけでその性能は相応に出るわけで。
……黙ってるわけにはいかないので大人しくその事を話すことにする。
「つまり今回の変異はあの石が原因の可能性が高いと」
「予想の範疇ですが……」
「なるほど、あの石で増幅してるから魔石が分からなかったわけか……」
本来の大きさになる前に魔煌石を取り込んだがために、魔石は小さいままトレントとして覚醒した。
それどころかあのように超絶パワーアップして目覚めてしまった。
「じゃぁ魔煌石をどうにかすれば……!」
「素の魔石だけじゃ動くこともままならなくなるな。となると……」
「壊すか、剥がすか……」
そこで全員の目がこちらに向けられる。
あの石を必要としているのは自分。もちろん手に入れるためにここまで来た。
しかし今その石が敵の一部として立ちはだかっている。
「……壊しましょう」
「いいのか?」
「あまり良くないですけど命には代えれません。貴重ですが一個しか無い訳でも無いですし……」
嘘です、超欲しいです。出来れば剥がして持ち帰りたいです。
それが一番なのは誰の目にもあきらか……だけど流石にそれを言うのは我侭が過ぎる。
現状あのトレントに一番近い位置に石はあるのだ。
それを剥がすための手間ですら危険度が跳ね上がるのは素人の自分でも分かる。
この場にセーヴァやサイファスがいれば頼めたかもだが……まぁ仕方ないだろう。
「後腐れなく壊しましょう。それにあれが取り込んだってことはこの遺跡にまだ残ってる可能性もあるってことですから」
◇
そして作戦会議によりトレント攻略の為の案がまとめられた。
各々が自分の役目を果たすべく準備を始める。自分はとにかくポーションの量産だ。
レオたちもポーションは持ってたのだが使い切ってしまったので彼らの分も補充を行う。パルがやられた際に彼女の持ってた道具が殆どダメになってしまったのが痛かったと愚痴っていた。
他にも細かい打ち合わせなど。とは言え即席混成チームなので連携はそこまで期待は出来そうにないかもしれない。
そして三十分後。
若干の不安と胃痛に苛まれながら皆が十字路の手前へと集まる。
「《ガイアプロテクション》」
戦闘前の最後の準備としてエルフィリアに全員補助魔法をかけてもらう。
流石に人数が多いためかけてもらえたのは今かけてもらったダメージを抑える魔法と速度を上げる二種類のみ。
いや、自分含め九人もの仲間にかけるだけでも大した物だろう。
「すぐに切れることはありませんが、その……あまり無茶はしないでくださいね」
「いや、これは助かる。この国ではこの様な魔法を使えるのは殆どいないからな」
「エルフの魔法すごいわねー。体が軽い軽い」
ぴょんぴょんとその場で飛び上がるパルの手にはレオから借りたロングソード。
槍は先の戦いでトレントに刺してそのままもっていかれたらしい。ちなみに鎧は全て外したそうだ。
危険ではないかと言う意見もあったが、半端に着込むよりは速度の方を伸ばす方が良いらしい。
「よし、時間が惜しい。早速行動に移るぞ」
今回の作戦は主に二段階に分けられる。
まずは最初の一段階目。直接トレントを相手取るために接近するチームだ。
突入するのは主に身体能力が高い人物が選ばれた。レオ、パル、コフ、フイン、コロナ、そして自分とポチ。
エルフィリアはあの中では攻撃を凌ぎきれないため。ドルンは頑強ではあるが集中的に攻撃されたらまずいため今回は共に後方だ。
それに彼にはエルフィリアを守る役目もある。
そんな中何故自分が選ばれたのかは作戦の上でどうしてもすべきことがあったからだ。しかもそれは自分しか出来ないことである。
ポチに跨りしっかりと首輪を握りしめる。
今回は振り落とされたときのためにポチとロープで繋がっている。最悪振り落とされたときは引きずってでもその場を離脱するように厳命済みだ。
止まれば自分などあっさり死ぬ。危険な場所へ行くことは今まではあったが、今回のように最前線の死地に向かうのは初めてである。
お腹が痛い……緊張と不安からやる前から体が不調を訴えてくる。
「大丈夫、ヤマルは私が守るから。ポチちゃんだってそうだよね?」
「わふっ!」
「ね? 私達に任せてくれれば何も心配ないよ」
まるで安心させるようににこりを笑みを浮べるコロナ。
ポチもこちらの方を向いては任せろと目で語りかけてきていた。
……怖いけど、行くしかないか。
そもそもこの状況になった言いだしっぺは自分だ。そんな自分が怖いから行きたくないなんて泣き言は言ってられない。
ならその責任は少しでも果たすべきだろう。
「よし、行くぞ!」
そしてレオの掛け声と共にまずは先行して彼らが突撃していく。
少し遅れてコロナが、そして最後に自分とポチがその後に続くように駆け出した。
後ろではドルンとエルフィリアも十字路に入っては自分達と逆方向へ移動を開始、皆が作戦通り所定の位置へと向かう。
「はあああああっっ!!」
そして前方では早くも戦闘が開始されていた。
十字路を曲がり中央へと続く道。その先でレオがロングソードを振るいトレントの枝を両断していく。
速度を落とさぬまままず彼らが中央の大部屋へ侵入。打ち合わせ通り四人は左右に分かれると彼らを追うようにトレントの枝も分かれていった。
そして空いた隙間にすかさずコロナが飛び込みこちらの進路を確保、最後に自分とポチが大部屋へ突入する。
「ポチ、行くよ!」
「わう!!」
「《
ポチの《
指示された場所は大部屋の天井付近。上へ飛ばした光の玉はその輝きを持って室内全域を照らし出す。
「大きい……」
明かりによって現れたトレントの巨体。
まるでいつか写真で見た屋久島の杉を彷彿とさせるほどの大きさであった。
近くでトレントと切り結んでいるレオたちがまるで小人のように思えるほどの対比である。
その姿は少し前にエルフィリアが教えてくれたように巨大な幹から太い枝が二本、まるで手のように突き出されているのが分かる。
そして幹の一部にまるで老婆の顔を髣髴とさせるような皺と窪み。それがまるで叫び声をあげるかのように動いてる光景はホラーそのものだ。
「よし、光源確保! ヤマルは下がれ!」
言われなくとも、と心の中で返事をしポチが走りながら体を反転。トレントに背を向け全力で部屋の出口へと向かう。
一つ目の作戦は大部屋を光で満たすこと。
本来ならこのような遺跡などで光を出すと魔物を呼び寄せてしまう。
だが今回は例外。
レオ達が今日まで魔物を狩っていたこと、そしてトレントが大暴れしていることでこの部屋に近づくものはいない。
なら暗闇の中小さな明かりを頼りに戦うよりは、いっそのこと部屋全体を照らそうと言う話になった。
何せトレントの枝や根はどの角度からでも伸ばされてくる。だから明るい場所にして少しでも視界を確保しようと言う判断だった。
しかし今の魔法で予想通り目立ってしまったらしくトレントの複数の枝がこちらへと伸ばされる。
その速度は魔法で強化されたポチが駆けているよりも早い。このままでは確実に追いつかれあの枝が自分の体を貫くであろう。
……このままであれば、だが。
「ッ!!」
思っていた通り伸ばされた枝が全て斬り飛ばされ宙を舞う。
自分とトレント間に立ちふさがるのはこの場において一人しか居ないだろう。
徐々に遠ざかるその背中は小柄な体に反してとても大きく見えた。
「コロ、後は任せたよ!」
「ヤマルもしっかりね!」
尚もこちらに追いすがろうとする枝もコロナの手により一刀の下に切り伏せられる。
そして自分の背中を彼女に預け、ポチが最短距離を最高速度で駆け抜け大部屋からの脱出に成功した。
「第一段階、前衛部隊のための光源確保成功っと……!」
最初の作戦が成功したのを確かめるように一人呟きつつ、続く作戦へ向け通路を駆けていった。
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