第81話 臨時講師
翌朝。
「……また女将さんだったね」
「うん。これで三人目……もう気にしない方がいいのかなぁ」
昨日女将さんのメモを頼りに行った宿はやはり一階が酒場兼用でかつ大通りから一本入った場所にあった。
二度あることはなんとやら。なんとなく予感はしつつも中に入ると、出迎えた宿の女将さんは王都やクロードと同じ人。……ではなくあの二人の従姉妹らしい。
三つ子じゃないのか、とツッコミたくなるのを必死に堪え、その日はそこの宿に泊まったのだ。
そして現在、仕事の為に女将さんに見送られ宿を出たところである。
「でも校長先生直々の依頼ってなんだろうね?」
「まぁ、多分ポチのことか獣魔師絡みだろうね」
「わふ?」
自分?とでも言いたげに頭上からポチの声が届く。
ずっと一緒だからもはや魔物云々の感覚は無くなっているが、やはり一緒にいるのは珍しいことなんだろう。
昨日の検問で髭の兵士と一緒にいた魔術師なんか明らかにテンション上がっていた。
そもそも指名依頼が入る時点でその内容は限られてくる。
Dランクという半人前の冒険者の腕を見込んで、なんてことはまずありえない。
コロナの腕を見込んでなら分からなくもないが、この街も主要都市の一つであるためBランク傭兵もそこまで珍しいものではないはず。よってコロナじゃなきゃダメということもない。
そうなると残りは特殊なケースしか残らない。
魔物であるポチか、獣魔師である自分か、もしくは異世界人であることか。
この中ですでに存在が知られたものなら自ずと答えは限られてくる。
「まぁ折角お偉いさんからの直々の依頼だし、断わる理由何もないからね」
その依頼内容が変な実験とかなら即却下ではあるが。
ともあれまずは依頼人に会って話を聞かなければならない。そのために今日はここにきたのだから。
「昨日も見たけど高いねぇ」
「ずっと見上げてると首痛くなりそう……」
塔の正門部分。ここから生徒や教師、ギルド職員など様々な人々が中へ入っていく。
門の横には街門同様屯所のようなものと見張りの兵士が二名、それと魔術師が数名いた。この街の中枢だけに警備が厳重なのだろう。
とりあえず手近な位置にいた兵士の一人へ近づき声を掛ける。
「すいません、今日呼ばれてきたんですが」
「うん? あぁ、君たちが校長に呼ばれた冒険者だね。話は聞いてるけど一応依頼書見せてもらえるかい?」
「あ、はい」
カバンから依頼書を取り出し見張りの兵士に見せると、彼は問題無しと告げすぐに依頼書をこちらに返した。
「校長室は五階になります。各階に案内所はありますので詳しくはそちらに」
「……エレベーターとか昇降機ってあります?」
「えれ……なんですか、それ?」
やっぱりないのか、と思わず肩を落とす。
足取りが重くなった自分をしょうがないなぁと言わんばかりの表情をしたコロナがこちらの手を引き、巨大な塔の中へと足を踏み入れた。
◇
中に入ると意外にも外と同じぐらいの明るさが保たれていた。
魔道灯が各所にあるのもそうだが、なにより一番の光源は塔の中央だろう。
吹き抜け構造になっているらしく、一階から頂上まで中央部にはぽっかりと空間が出来ており、見上げる先には丸く切り取られたような青空が目に入る。
中央だけでこれだけスペースを使ってたら部屋狭いんじゃないか、とも思ったがそんなことは無かった。
吹き抜け空間に沿う様に螺旋状に作られた階段が左右に一つずつ。各階の施設にはそこから行くようではあるが、外から見るより明らかに内部の空間の方が大きい気がする。
巨大ではあったが流石にここまで空間を確保していたかといわれたら……。
「驚かれましたか? 実はかの伝説の魔女様が内部の空間を捻じ曲げて広くしたのですよ」
急に話しかけられ上に向けてた顔をそちらに向ける。
丁度正面からゆっくり歩いてきたのはとても上品な雰囲気を身に纏った六十代ぐらいの女性だった。
白い頭髪はポニーテール風に纏められ背の方でゆったりとゆれており、身に纏った紫色のローブと相まってよく映えている。
手に持った
「はじめまして。依頼人のサラサ=ソレスタです」
にこりと柔和な笑みを浮べるサラサは一言で言えばとても優しそうなおばあちゃんだった。
「あ、はじめまして。依頼受けてまいりました古門野丸です。こちらが相方のポチと……」
「はじめまして。彼と一緒にパーティーを組んでるコロナ=マードッグです」
よろしくお願いします、と三人揃ってサラサに頭を下げる。
「あらあら、ポチちゃんもコロナちゃんも可愛らしいこと。ここは獣人の子は滅多に来ないから新鮮ね。まぁ立ち話もなんでしょうし、お部屋に行きましょうか」
こっちよ、と階段の方に向かってゆっくりとサラサが歩き出す。
彼女の後を追うようについていくと、すれ違う人全員がサラサに対し挨拶をしたり会釈したりしていた。
その光景だけでも彼女がここでどれ程皆から慕われているのか良く分かる。
「慣れない内は大変でしょうけど、これも良い運動と思って頑張ってくださいね」
速度を落とさぬまま階段を登っていくサラサ。
元々の歩く速度が遅めのため登る速度も相応ではあったが、全くペースを乱すことなく進む彼女は年齢と言うものをあまり感じさせないものだった。
「一階は主に売店とか購買とか、あと食堂かしらね。主に売買関係の施設が集中しているわ。それと魔法の実験場や運動場とか広い施設ね。二階は学生達の教室、三階が教員の施設や魔術ギルドの支部ね。四階は主に実験室や会議室、あと書庫もここね。五階が私の執務室兼校長室、後は細かい部屋がいくつかあるわ」
更にそれ以上の階層もあるが機密区画部分もあるためここでは除外された。
説明を受けながらゆっくりと登っていくとまるでガイドを受けながら見学してるようでとても面白い。
まぁガイド役がここのトップとか贅沢極まりない話ではあるが。
他の施設としては各階に受付があり、その階の案内などを行っているらしい。他にも細々した部屋は施設もあるが、全部説明したり案内しては一日ではとても終わらないそうだ。
そして自分たちが登れる最上階、五階へとやってきた。
うん……予想通り足が辛い。気を抜けば生まれたての子鹿のように足が震えて止まらなくなりそうだ。
五階ぐらいでへばるな、と同郷の人間が聞けばそう言うかもしれないが、この塔は一階一階の高さが日本の二階分ぐらいあるのだ。
実質十階相当の高さをゆっくりとは言え登るのは自分には相当堪えた。
コロナやポチはともかく、あの歳で平然としているサラサには驚愕を禁じえない。
「さぁ、こちらへどうぞ」
この階層まで来ると使用する人が少なくなるせいか、下に比べてこのフロアはかなり静かな感じがした。
そしてサラサに案内されるまま校長室へやってきては中に通される。
中は茶色を基調とした机や本棚などの家具で構成されており、シックで落ち着いた雰囲気をかもし出していた。
そして彼女に促されるままソファーに座り、彼女がテーブルを挟んで自分達の対面に腰掛ける。
「では早速ですがお仕事のお話にしましょうか。皆さん……と言うよりヤマルさんにお願いしたいのは臨時講師ですね」
「……あの、自分魔法全然使えないし知識もそうないので講師とか無理なんですが」
簡単な基礎知識部分はスーリに教えてもらったのでその辺なら教えることは出来るだろう。
だがここは魔術の学び舎である。自分よりも適任どころか、適任だからこそ教員になってる人間がごまんといるはずだ。
「大丈夫よ。講師と言っても普通の授業ではないですからね」
ちょっとお茶目な笑みを浮かべてはその授業内容をサラサが説明する。
確かにこれなら自分でも何とか出来そうではあった。少し不安は残るものの、その辺は担当の別の教師がフォローしてくれるとのこと。
「どうかしら? 私としては是非お願いしたいのだけれど」
「分かりました。どこまで出来るか分かりませんが、この依頼お受けします」
指名依頼でもあるし実入りも悪くない。
何よりこんな自分を態々推してくれたのだ。この仕事は精一杯努めさせてもらおうと心に誓った。
◇
「と言うわけで本日は大変珍しい獣魔師の方に来てもらってます。よろしくお願いします」
女性教師に呼ばれ自分、ポチ、コロナの順番で部屋の中へ入る。
サラサに教えて貰ったとおり今回自分が講義するわけではない。どちらかと言えば講師の題材みたいな位置づけとしていて欲しいらしい。
基本的な授業進行は本職の教師が行い、自分は各種質問に答えたり、教師に指示されたことをすればいいとのこと。
さて、異世界と言えど効率などを求めればデザインも似たような感じになるらしい。
生徒の席は階段状になり、後ろに行くほど席が高くなっていく。こうなると教室と言うよりは大学の講義室のようなものなのかもしれない。
そんな後ろの生徒までが一度に見える中、『可愛い』と言う声がちらほらと室内から発せられた。
声の種類は二種類。
ポチを見て黄色い声をあげている女子生徒と、コロナを見て野太い声をあげている男子生徒だ。
教壇の前まで来ると本日の主役でもあるポチを抱き上げその上に乗せる。
「えーと、今ご紹介に預かりました古門野丸です。見ての通り普段は冒険者してますが、今日は魔術師ギルドの獣魔師として来ました。そしてこちらが自分の相方のポチと……」
「わふっ!」
「一緒にパーティーを組んでるコロナです。よろしくお願いしますね」
ポチが一鳴きし、コロナがこちらの紹介に合わせてお辞儀をする。
そして自分も頭を下げると生徒達からは拍手で迎えられた。
「あ、俺昨日見たわ。確かに門の魔石が黒に染まってたぞ」
「あー、確か男の方も魔石反応してなかったんだっけ」
どうやら昨日あの場にいた生徒もいたようだ。
本人達はひそひそ話してるつもりなのだろうがもう少しトーン落として欲しい気もする。
まぁこういうときは気づかないフリをするのが大人の対応ってもんだろう。
「はーい、色々気になるところはあるでしょうけど特別授業始めますよ。最初に言ったとおり今日は獣魔師についてになりますからね」
パンパンと手を叩き生徒達を静かにさせると本日の授業が開始される。
とりあえず最初は獣魔師の基本的な知識からなので出番が無い。なのではじめは隅の方に用意された椅子に座って一旦待機だ。
ポチを膝の上に乗せコロナと肩を並べて座っては教師の授業に耳を傾ける。
魔法学校と言えど普通の学習は日本と変わらないなぁ、なんて思っていたら視界の端にこちらを見ている生徒が目に入ってきた。
それも一人ではない、複数……と言うかほぼ全員。
女子生徒が膝上のポチに視線を送り、男子生徒が隣のコロナをじっと見つめている。
なお自分に送られる視線は皆無だ。一応今日の主役なのに少し悲しい。
……まぁ現在教えてる教師ほどではないか。教師を見ずこちらを注視してる彼らの代わりにせめて自分だけでも先生の授業をしっかり聞こうと決める。
「……まぁ今言った獣魔契約の部分などは配った資料に書いてあるから後でちゃんと確認しておくようにね」
あ、授業諦めた。
いや、女性教師がちょっと悪い顔してる。あれだ、多分今回の授業内容を定期試験で出そうと考えてそうなそんな顔だ。
なお生徒達はこちらを見てる為誰も気づいていない。皆幸せそうな顔をしているが、この顔が数ヵ月後絶望に染まるわけである。
……とりあえず心の中で合掌しておこう。
「はい、じゃぁ色々聞きたいこととかもあるでしょうから今から質疑応答の時間にします。疑問ある人は挙手してください」
教師がそう言うと先ほどの注意力散漫はどこへやら。彼女のその言葉を待っていたかと言わんばかりに次々に生徒から手が上がった。
そんな様子に女性教師が嘆息しつつも、一人の女子生徒を選び彼女の名前を呼ぶ。
名前を言われた生徒は立ち上がるとこちらに向かってこんな質問を投げかけてきた。
「えっと、ポチちゃんは魔物ってことですけど、ちゃんと言う事を聞くってことでいいんでしょうか?」
いつまでも座ってるわけにもいかないので、コロナは座らせたままポチと一緒に壇上へと向かう。
目の前に広がるのは自分を一斉に注視する生徒達。
……うーん、まさか自分がこんな光景を目にするとは思わなかった。
「あの……」
「あ、ごめん。ちょっと皆に圧倒されちゃってね、あまりこういう場に立つことも無かったし……。えーと、ポチがちゃんと言うこと聞くかどうかだけど勿論ちゃんと聞いてくれるよ。他の獣魔師見たことないから全員がどうかはちょっと分からないけど、ポチだけに関していえば人の言葉も大体理解してるよ」
試してみる?と言うことでポチを床に降ろし、皆に聞こえるよう彼女の言うことを聞くように言い聞かせる。
了解の意を示したポチが一鳴きしたのと確認し、女子生徒に何かポチに指示出すように促した。
「あまり無茶なことは言わないでね」
「あ、はい。じゃぁ……ポチちゃん、こっち来てくれる?」
「わふ」
女子生徒の指示に従い、ポチが彼女の元へトテテと小さく駆けながら向かっていく。
丁度通り道に座ってた別の女子生徒が母性と恍惚を混ぜたような目でポチを見守っているのは何とも言えない光景だった。
程なくしてポチが指示を出した女子生徒の足元に到着する。
ポチがどうするの、と言わんばかりに小首を傾げると彼女は顔を真っ赤にしながら口元……じゃない、鼻を押さえてしまっていた。
そのままこちらに向き、目力だけで言葉を送ってくる。その目は『抱き上げても良いか?』と雄弁に語っていた。
苦笑しつつジェスチャーで『どうぞ』と返すと、彼女は恐る恐るポチに手を伸ばしその小さな体を抱き上げた。
ポチももはやその行為には慣れているので尻尾を振りながら大人しく持ち上げられていた。
「ふわぁ……」
感嘆の声を漏らし震える手でポチを抱き寄せる女子生徒はとても幸せそうだ。
ただその周囲の別の女子生徒はとても羨ましそうな目でその光景を眺めていたが、彼女の目には現在ポチしか映ってないようで全く気づきもしない。
そして業を煮やした別の女子生徒が徐に手を上げた。
「すいません! 私も試しても大丈夫でしょうか!」
「あ、ズルい! 私にも是非お願いします!」
「私も!」
「私にも!」
まさに我慢が決壊したかのように次々と女子生徒が右手を上げる。
どうしましょう、と女性教師を見るともうどうにでもしてと言わんばかりに諦めの表情で首を横に振っていた。
結局質問はこれ一回きりになり、残りの時間はポチとの触れ合いコーナーと化す。
男子生徒は男子生徒でコロナの方に集まり、彼女に対して『傭兵と組むときの魔術師の戦い方』などあえて断わりづらい質問をしていた。ストレートに口説かない辺り中々の策士だなぁと思わず感心してしまう。
いや、ここに来るまでにストレートにナンパしてた人らを見てたせいかもしれないが……。
「あの、何か本当にすいません……」
「いえいえ、あれぐらいの歳の子なんてこんな感じですし」
そして残された大人二人。
非常に恐縮する女性教師を宥め彼女の愚痴を聞きながら、授業終了の鐘が鳴るまでこの喧騒は続くのだった。
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