異世界ガチャの古門さん ~コモン枠の召喚者~

浅月 大

第1話 プロローグ

(人生詰んだ……)


 この言葉を使うのはもう何度目か。ただ本気で使ったことはなかったな、と今ならそう思える。

 どうしてこうなった、と自問するが生憎それに答えてくれる人はいない。

 見上げる空はとても青く澄み渡っているのに、目下自分の心は真逆の曇天模様だった。


 ズシリと右手にかかる重み、その原因を見れば否応無く現実に引き戻される。

 麻袋に入ったそれらは金貨や銀貨、銅貨などの貨幣だ。

 そう、金貨に銀貨、銅貨である。決して日本円でもアメリカドルでもユーロでもなく、金のコインと銀のコインと銅のコイン。

 くれた人曰く無理しなければ大体三ヶ月は暮らせるらしいが、問題はそこじゃない。

 目の前に広がるのは大通りと左右に分かれた大小様々な店舗。

 そして後ろを振り返れば重厚な城門が威圧感を放ち、その奥にある西洋風のお城が自身を見下ろすような錯覚さえ感じる。


(ダメだ、人生詰んだ……)


 頭を抱えたくなるのをぐっと堪え、どうしてこうなってしまったのか今一度振り返る。



 ◇



 古門ふるかど野丸やまるはどこにでもいる普通の男だった。

 苦労を重ねた末無事大学に合格、卒業後はとある会社に就職し、現在三年目のサラリーマン。

 要領が悪いのか上になじられ下から突き上げられながらも、なんとか仕事をこなす日々。

 これといった特技もなく、趣味のネットにマンガにとお金を使うインドア派だった古門であったが、あまりのストレスと疲れから週末に一人温泉へ一泊旅行に出ていた。

 旅行自体は良い宿と美味しい食べ物に恵まれ、癒された休日を送れたと言えよう。

 だというのに……。


「ちょっと! なんとか言いなさいよ!!」


 折角癒されたと思ったのにコレである。

 目の前にはチャラ……もとい今風の大学生っぽい男女のカップル。それもとびきり怒っている。

 理由は単純明快。痴漢された、犯人はお前だ、とのこと。


「そんなことしてませんよ」


 何故こうなったんだろうか。

 温泉宿を出て電車に揺られた帰り道、心地よさからつい居眠りしてしまい、気づいたら乗り換えの駅に電車が到着していた。

 慌てて椅子から立ち上がり荷物を抱え、知らぬ間に混雑していた車内を掻き分けホームに下りたと思ったらこのカップルに捕まった。

 寝ていた自分には痴漢した覚えなどあるはずもない。


「だったら証拠見せなさいよ、しょーこ! あんたがやってないってやつ!」


 尚も怒りまくし立てる女性。騒ぎに気づいた利用客が興味深そうにこちらを見ている。乗換駅ということもあり三人の周りにちょっとした人の輪が形成されていた。

 注目する人々、向けられるスマホのレンズ。

 そしてようやく駅員がやってきたかと思えば、あちらの言い分をほぼ鵜呑みにする始末だ。


(あ~……こりゃダメだ…………)


 きっと某SNSではリアルタイムで痴漢扱いで晒されていることだろう。

 よしんば濡れ衣が晴れたとしてもうちの会社が自分を切ることは想像に難くない。

 何よりこのままでは世間から後ろ指刺されるような生活になるかもしれない。


「アンタみたいな犯罪者、とっととこの世界から消えてなくなればいいのよ!」


 これでもかと言うぐらいに人差し指を突きつけ、尚も攻め立てる女性。

 正直後半部分は同意だ。消えれるもんならこんな世界からとっとと消えうせてやり――


「え……?」


 自然と落ちてた視線が異変を見つける。

 体が淡く光っていた。そしてその光った体から蛍のような光がいくつも出ては周囲に溶け込むように消えていく。


「え、これな――」


 何?という言葉を告げる間もなく、そのまま視界は暗転していった。



 ◇



 静まり返る駅のホーム。目の前で起きたことが信じられず、誰もが行動を起こすことができずにいた。

 人が消えた。

 文字に起こせばたった五文字、声に出せば一言で済むそれが内包する事実。

 唯一動けていたのは野丸を問い詰めていた女性だけ、しかし彼女もただただおろおろと困惑するばかり。


「ね、ねぇあっくん。あの人どこに……」


 不安げに彼氏を見る女性だが、まるで気味の悪いものでも見るような目で一歩引く男性。

 その目はまるで次に消されるのは自分では……と言っている様で。


「ちょ! 知らない知らない! アタシなんもしてないから!!」


 必死に首を振り自分の無実を訴える女性。

 半ば半狂乱になりながら周囲にわめき散らすが、誰もその言葉を信じようとはしていなかった。

 一斉に背けられる視線。そして蜘蛛の子を散らすが如く、それまであった人の輪はあっという間に消えてなくなる。


「ちょっとぉ……なんでよぉ……」


 彼女はまだ知らない。遠くない未来、三度自分が注目を浴びることを。


 一回目は人を消す能力があると言う超人として。

 二回目は人を消す能力があると言う危険人物として。

 そして三回目、無実の男性を痴漢に仕立て上げようとした者として。


 野丸を消したその場に人がたくさんいたこと。またスマホでそれを撮影していた人が多数いたこと。

 注目度が高かったこの一件ではネットやテレビによって様々な考察が飛び交うこととなる。

 そしてその考察の中で出されたものの中に駅の防犯カメラの映像があった。

 そこには電車の椅子に座り寝こけている野丸の姿。そして事件のあった駅で飛び起きて慌てて降りる姿や、その後消えてなくなる姿もはっきりと映っていた。



 結果、野丸の無実は証明されることになるものの、当の本人は警察の捜査も空しく行方不明者となる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る