1日の最後に話す言葉がそれでいいのか?

ちびまるフォイ

NPCを傷つけるなんてこの人でなしっ

「……なんでここに俺がいるんだ」


少し遠出をした先の道端に俺が立っていた。

最初は見間違えかドッペルゲンガーかなにかかと焦ったが、

いざ近づいてみるとまったく動かない自分のマネキンに驚いた。


「こ、こんにちは。何してるんですか?」


「さあ、寝るかな」


「あ……あはは。俺たち、そっくりですね」


「さあ、寝るかな」


さっきからこの調子。

何を話しかけても同じことしか話さない。まるでNPCだ。


歩道の中央に突っ立っているので邪魔になるかと掴んだが

固定されているようにまったく動かない。


結局、自分が自分を引っ張っている姿を見られたくない恥ずかしさで去った。


「趣味悪いなぁ……なんかのアンドロイドかな……なんで俺が……」


その夜も思い出して、独り言をつぶやいた。

朝起きてカーテンを開けるとベランダに自分が立っていた。


「うぉあ!? びっくりしたぁ!? 昨日のやつか!?」


「趣味悪いなぁ……なんかのアンドロイドかな……なんで俺が……」


「え?」


「趣味悪いなぁ……なんかのアンドロイドかな……なんで俺が……」


「こいつ……」


「趣味悪いなぁ……なんかのアンドロイドかな……なんで俺が……」


「俺の昨日の言葉をしゃべってる?」


街に出てみると、俺以外にも突っ立っている人間がそこかしこにいた。

その誰もが話しかけても同じことしか話さない。


「……じゃあ、おやすみーー」

「あーー気分悪い。もう寝る」

「もうこんな時間か……」


通りかかる人はマネキンのように動かない人間を意識しつつも、

関わるまいと遠巻きに見るだけで話しかけることはなかった。


もしかしたら、ベランダにいる自分の分身のことがわかるかもしれないと

俺はコピーNPCたちを見つけては地図にメモしていった。


その夜、街中にいたNPCたちに印をつけたものの、

驚きの規則性とかミステリーサークルとか隠されたメッセージらしきものはなかった。


「やっぱ……どう見てもランダムだよなぁ」


諦めて電気を消して寝た。

翌日に今度は違う場所で調査してみようと外に出たとき、新しいNPCを見つけた。


「あれ? おかしいな。昨日はここにNPCいなかったのに。見落としかな」


地図に印をつけてメモをする。

新しいNPCはこれだけではなかった。


街を歩けば歩くほど、これまでのNPCとは別に新しいNPCが増えていた。

昨日あれだけメモしたのに、それと同じ数だけが増えている。


そして、俺自身のNPCも見つけた。


「またか……。これで何体目だ……?」


「やっぱ……どう見てもランダムだよなぁ」


「……それ、昨日の俺のセリフ」

「やっぱ……どう見てもランダムだよなぁ」


NPCはうわ言のように話し続けている。

その言葉と地図に書かれた印でやっと気がついた。


「こいつら毎日増えてやがる……。

 このセリフも、昨日話した最後の言葉をリピートしてるんだ」


試しにその夜はわざと意味のわからない言葉を話して1日を終える。

翌日、また増えていた新しい自分NPCに話しかける。


「よお、やっぱり増えてたな」


「羊の雨が降るとき、システム更新はらっきょうのように穏やかです」


「やっぱりか……」


規則性に気づいたところで意味はなかった。

すでに増えすぎたNPCは車道にも現れたりして通行を妨げている。


「おい! なに突っ立ってやがるんだ! どけ!!」


いくらクラクションを鳴らしてもNPCはその場を動かない。

駅のホームに、コンビニに、ビルの屋上に、自分の部屋に。


1日が終わるとNPCは街のいたるところに、誰彼構わず1体増える。


『えーーみなさん、すでにお気づきの方もいらっしゃると思いますが

 街に人間のマネキン……のようなものが配置されています。

 撤去は難しく、また心臓の鼓動など生命の確認もできています。

 よって、このマネキンに対するあらゆる行為は処罰の対象となりえます』


テレビでもNPCが報道されるようになった。

画面を通してアナウンサー自身のNPCが映し出されている。

その後、女のNPCを触りまくったオッサンが逮捕されたニュースが報道された。


「人間って……」


自分のNPCに耳を当てるとたしかに心臓の鼓動が聞こえた。

でも、どこからか現れてくるNPCを人間と言えるのか。


翌日、翌々日、1週間……。


日をまたぐほどにNPCはどんどん増えていく。

道はNPCだらけとなり車も自転車も通れない。


「ああ、もう。なんでこんなに狭いんだ!」


おしくらまんじゅうのように人間をかき分けていかないと先に進めない。

すでに俺の家にも誰だかわからないNPCが勝手に現れている。


このまま続けば歩くスペースもNPCに埋もれてしまう。


「こんなのが……人間って言えるのかよ」


NPCたちは過密状態のなか、表情も変えずにただ突っ立っている。

雨が降っても風が吹いても太陽がギラついても変わらない。


NPCの増加により交通がマヒし食べ物も届かない。

空港の滑走路にも出現したNPCのせいで逃げることもできない。


街を埋め尽くすNPCのせいで人間がどんどん追い詰められている。


「生命が確認できるからって、俺達が圧迫されたらなんにもならないだろ!」


俺は決意した。

夜、誰もが寝静まったときにひとり立ち上がる。


手には凶器。


「……たとえ、俺がのちに悪人になったとしても、この状況を打開できるなら……!」


街に立っていたNPCを凶器で刺した。

車を動かして道路を塞ぐNPCをどんどん跳ね飛ばす。

ドアを動かなくしていたNPCに火をつけて燃やした。


何をしてもNPCは動かない。

それだけに作業はトントン拍子に進んだ。


ベコベコになった車で、血だらけの街を走るころには空が明るくなっていた。


「もう夜明けか……だいぶ片付いたな……」


人をかきわけないと進めなかった道も通れるようになり、

店や避難口を塞いでいたNPCたちは一掃されていた。


とんだ連続殺人犯として俺は訴えられるのだろうか。

それでも誰かを助けるための行動なので悔いはなかった。


「ふぅ、少し寝るかな……」


車を停めると、シートを倒して仮眠を取った。






「おい、おい、あんた! 起きろ!」


おじさんは車で眠る男に声をかけた。


「今朝起きたら、街中にマネキン人間が血まみれになってたんだ。

 ヤバイやつが殺人して回ってるかもしれない。早く逃げたほうがいい」


人のいいおじさんは必死に声をかける。

いくらゆすっても車に寝転ぶ男は反応しなかった。


「おい……まさか、死んでいるのか?」


おっさんは青ざめて脈をたしかめた。




「ふぅ、少し寝るかな……」


男には確かに脈があった。

けれど、もう同じことしか話さなくなっていた。

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