禁『酒』 任務

 宴潜忍酒えんせんにんしゅ


 大きく盛り上がりを魅せてゆくこのうたげは、戦の勝利の余韻よいんと言えよう。

 この宴の席には、活躍を見せた武将ばかりが酒を片手に座っている。

 この宴に潜入し、三人の武将を暗殺するのが任務となる。

 暗殺方法は問わない。


 参差かたたがいの術

 相手が出る時に入り、入る時に出る。というように、全て相手の逆をついて敵陣に出入りする方法。

 変化へんげの術

 己の姿を別の者へ変え、相手を騙す行為。

 雨鳥うちょうの術

 人は見慣れたもの・事には油断する。それを利用する術。

 同じ場所でずっと同じことをしていると、それが当たり前の光景となり相手の警戒心も薄れるというもの。




 幕を捲りある女中じょちゅうがご馳走が乗っていたであろう皿を持って出て行く。

 同時に体を滑り込ませ、宴へと足を踏み入れた。

 暗殺しなければならない武将は三人。

 それはそれぞれ別の場所にて酒を飲む。

 近付こうにも近付けまい。

 その武将の周囲には多くの武士が取り囲んでいるのだから。

 微か声を出そうとも、掻き消されるだろうこの声量の嵐。

 余韻に浸れるのはこの一時だけだと冷めてしまえば、この浮かべた笑みは壊れようか。

 夜風が通り香りを運ぶ。

 酒臭い、人間臭い等と言ってはおれまい。

 寧ろ人間臭い方が匂いが移り、より不自然さも薄れよう。

 酒瓶を両手に抱えて、武士らを巡った。

 空になれば新たを持ち、注いでゆく。

 巡り巡ってこの足は、ゆるりとその武将へ近くなる。

 耳を澄ませ、会話を盗み聞きをしながらも、決してその武将へ酒を注がず。

 遠くへ呼ばれようとも躊躇はせず答えたが、自然とその武将の視界に存在してゆく。

 何度も酒を持ってこの足を巡らせてゆく。

 遠くなれども近くなれども、変わらず酒を注いだ。

 ふと全てが空になった時、空の酒瓶を抱え幕を捲る女中とすれ違いに出る。

 女中が出入りする厨房へ同時に出入りをすれば酒瓶をそこに置いた時、中の様子問われる。

 宴の様子をそれとなく伝えればご馳走と酒瓶を持たされる。

 繰り返し繰り返し、風景の中に混ざった。

 その武将に呼び寄せられ、酒瓶を持って「はい。」と答えた。

 その目とこの目が合おうとも疑いなぞそこには見えなかった。

「酒を注げ。」

 差し出されればそれに一つ返事で酒を注げばまた戦の話に華を咲かせる。

 一礼しつつこの身を遠ざけて、別へと酒を注いだ。

 それぞれの武将との接触はこの一度きりであった。

 酔い潰れた武士を避けて歩き、宴の片付けに手を伸ばす。

 多くの我が酒を飲み込み呑まれた彼ら目を覚ますことはもう無いだろう。

 片付けが済めばもう問題はない。

 女中の出入りにすれ違う。

 そしてそのまま誰の目にも触れないでこの敵地を去った。


 翌日、その宴で酔い潰れた者は目を覚ますことは無く、息を絶やした。

 また、大きな活躍を魅せた武将三名は、それぞれ苦しみ悶えながら逝った。

 謎の多くの死を見せた敵軍は、次の戦に絶望を持つ。

 誰もが酒に呑まれた状態で僅かな酒の味の変化に気付くことはなく、毒が盛られた酒を大量に飲み込み死に至った。

 また、生き残ったそれぞれも発熱により床に伏す。


 味が大きく変わらぬよう、微量の毒であっても大量に飲んでしまえば致命傷を負うのは当然の事。

 発熱で済もうが二、三日は動けまい。

 戦が近付くにつれ、劣勢を余儀なくされた敵軍は、さて、如何なる動きを見せようとしているのか。

 忍はその様子を遠目で確認した後、報告へ戻るのだった。


 任務達成

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