ミント系のタブレットは食べ過ぎると何かおきる
「やっと終わったぁ……」
息で言葉を吐きながらテスト終了後の言い知れぬ感覚を楽しむ。
ふと身体がだるく感じる、硬い木製で出来た座り心地の悪い椅子に座り続け身体が疲れ、凝ってしまったようだ。
腕を上げ強張った身体を解すために身体を伸ばす。すると教室の柱で届かなかった日差しが顔が柱の陰から顔をのぞかせた。
窓を通すことで多少は弱まったが、それでも尚強い光に肌をジリジリと焼かれる感覚と、教室の明るさに慣れた目には強すぎる眩しさに思わず目を細める。
朝は過ごしやすかったが、日が高くなると今はやっぱり夏だった。
高校生になって初めての期末試験の最終日が終わった。
3か月も前に桜は花吹雪と消え葉桜になり、こいのぼりが上がり雨が紫陽花を濡らした日々がつい昨日のように思える。この調子だと明日には秋が来そうだな。
なんてことを考えながら姿勢を戻す。
授業は普段から真面目に受けているつもりだったが、思っていたより抜けていた箇所が多くテスト直前になってから焦り出した。
そのため全日一夜漬けの勢いで来たのだ。そんな今日に至るまでに経てきた日々を思い返しながら欠伸をする。
欠伸を楽しんでいると、後ろから少年のような声変わりのしていない声で話しかけられた。
「眠そうだね『河奈夏彦かわななつひこ』君よ。その様子じゃあ今日も苦労したみたいだ」
「ああ、まあな。過去の自分のおかげで寝不足だ……」
俺の後ろの席に座る『神田かんだおとぎ』が欠伸による脱力感を楽しんでいた俺に話しかけてきた。
おとぎと俺は小学生からの腐れ縁であり、高校一年生となった今日までほとんど身長が変わっていないのが特徴である。その身長なんと148センチ。また顔立ちも中性的であり、身長も相まって女装させたら女子と見間違うのではないか、と思うほどである。
身長のことを少しでもからかうとニコニコしながらえげつない報復が頂けることで中学では有名だった。
おとぎとは出席番号が近いこともあり、よく一緒にいたため度胸試しや罰ゲームで身長のことをからかいに来る勇者を幾度となく見送ってきたものだ。そんなことを思い返しながらおとぎを見ていると、不思議そうな顔で首を傾げた。
「ん? 何か懐かしそうな顔をしているね夏彦。何だい急に、まだ高校生活は始まったばかりだよ?」
「ああ、いやなんでもないさ」
記憶が正しければ小学3年生の頃から一切声が変わっていないおとぎの言葉を、眠気に任せ適当に返してしまった。そんな俺の態度におとぎは不快感を示す仕草も無く、眠気覚ましにどうだい? とミント味のタブレットを二つくれた。相変わらず身長のことでからかわれた時の報復以外は優しいやつだ。
ありがたく頂戴したタブレットを口の中で転がし、鼻から抜けていくミントの爽やかな香りと辛さを楽しむ。久々に食べるため少々涙が出てきた。
テスト用紙を回収し終えた先生が教室を出ていくのを見送り、帰りの支度をするために席を立った。
クラスメイトとテストの出来について話をしながらロッカーに入っている自分のボストンバッグを掴み席に戻る。中から朝貰ったスポーツドリンクを取り出し、一口飲む。柑橘系の香りがした。ミントタブレットを食べた後に飲んだため口腔内に強い刺激が走り、一人悶えているとおとぎに心配された。
その後担任が来て適当にホームルームを始め、あと数十分もしないうちに訪れる、夏休み中の生活態度についての話を聞き流しながら再度訪れた眠気と戦う。
お前らが何か起こすと俺の休みもなくなるんだから注意しろとの有難いお言葉を拝聴したのは覚えている。それ以外は忘れた。
そしてチャイムが鳴り、俺たちに大量の宿題と共に高校生活初めての夏休みが訪れた。
早速クラスメイト達は夏休みの到来を祝してカラオケと洒落込むらしい。俺も誘われたが連続一夜漬けが祟り眠気で気持ち悪い、と断った。
おとぎはそんな俺を心配し家まで付いて行こうかと言ってくれたが、おとぎもカラオケに誘われていたのを見ていたためそれを断らせるのも悪いと遠慮した。またミントタブレットを貰った。
眠気と戦いながら入学時から通っているいつもの下校ルートをなぞり、なんとか駅に到着し電車に乗車する。
高校の最寄駅は新屋あらたや市の中心から少し離れた場所にある穂瑞ほずい駅という。その穂瑞駅から乗ると時は乗車する人は少ない。
しかし俺の俺の家のある鎌足かまたり駅までの間、オフィス街であり、他路線への乗り換えに使用する駅を通過するため朝から晩、どのタイミングで乗ってもそこからは満員電車となる。
「ほぁ……っく」
欠伸を噛み殺すことが出来たり出来なかったりをしながら乗車し、2人掛けの窓側の席に座った。少し時間が経ち発車した電車に揺られる。
家の最寄り駅までは約30分。そしてその最寄り駅は今乗車している電車の終点となっているため、このまま寝ても降り過ごす心配はないことに安心し、俺はこれまで必死に抵抗してきた眠気に抗うことなくこの身を委ねた。
……電車の揺れに合わせて俺の身体が揺れる。今日の電車は温かく、いい香りがする気がする。
「……の……す……ん……」
……遠くから声がする。夢と現実の狭間の様なふわふわした感覚の中、声を聞く。
「あ……すい……」
……女性の声? 綺麗な、少し幼めな声だ。どこかで聞いたことがある気がするな、と思い耳を凝らす。
「あの、河奈さん……起きてください。終点に着いちゃいました……」
俺の名前と終点という単語を理解し、意識が現実に戻った。
やけに声が近いな、と目を開け、何かにもたれていたらしい。
身体を上げ声の聞こえた方へ目を向けると、困ったような笑顔の少女がいた。
目がパチリと合い、体感にして数秒、現実時間にして一瞬の間を経て、少女が困ったような笑顔からパッと顔を明るくした。
俺は混乱した。
「……!?!」
「あ、起きましたか? 河奈さん」
その声に身体を起こす。どうやら俺は寝ている間に身体が傾き、この少女に身を委ねて寝ていたらしい。
よだれとか垂らしてしまっていないよな……と何となく袖で口を拭う。それを見ておかしく思ったのか少女がクスクスと笑った。
「心配しなくても、よだれは垂れていませんでしたよ。よく眠れましたか?」
「あ、ああ、そうでしたか、よかった……っすみませんでした。寝ている間にもたれてしまっていたようで……って、え、天星?」
パニックを起こしていたからか俺がもたれ寝ていた少女が天星だと気づくのに時間がかかった。
「あ、いえ、お気になさらずに。今日のテストしんどかったですもんねー」
「そ、そうだな……その、天星。肩借りて悪かった」
「? いいですよー全然。気にしてませんし、むしろこれくらいお安い御用ですよ。今朝はお世話になりましたし」
「そうか……ありがとな」
本当に全く気にしていない様子の天星に気のいい人だな、と思った。しかし申し訳ない。
「い、いえ。あ、駅員さんが見回りに来ましたね、おりましょおりましょ」
「お、おう」
天星に促され下車する。
ホームには人が数人電車を待っていた。今日まで連続で見た平日の昼下がりの光景だ。昨日までと違うのは天星が横にいること……ふと気がついた。天星この駅で降りるのか?
もしかして俺が寝ていたせいで電車を降り過ごしたのではないかと思い、慌てて尋ねる。
「天星。お前この駅で大丈夫か? 戻るんであればそこまでの切符代を払わせてくれないか」
「? 大丈夫ですよ。私この駅ですから」
「本当か……? ならよかった。俺あっちの出口だから、またな」
覚醒してはいるがほとんど寝起きの頭と激しい感情の起伏により、無自覚に混乱していた俺はブレザーの内ポケットに入れてある定期券を取り出しながら足早に立ち去る。
気恥ずかしさと申し訳なさでとにかくその場を立ち去りたかったのだと思う。今思えば失礼なことをしたな。
その日は家に帰りシャワーを浴びた後、パタリとベッドに倒れ込みそのまま寝てしまった。
そして事件は次の日の朝に起きた。
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