スプロケットと天の川
加波
今日のラッキーアイテムはスプロケット
涼しい風が髪を揺らし、少しだけ額に滲んだ汗を冷やし、夏の陽気を和らげる7月中旬の早朝。今日は今年から通っている高校で行われる期末試験の最終日だ。そんな日の早朝に俺は学校への道のりを一人で歩いている。
徹夜で詰めこみ作業をし、このまま家にいても集中できないと思い早めに出てきたが、これが思いのほか良いものだった。
電車はいつもより空いているし、夏といえど朝はそこまで気温が高くなく、時折吹く早朝特有の涼しい風を感じられて気持ちがいい。まあ、徹夜明けの眠気はどうしようもないが。
これからも気が向いた時に早めに出るとしよう、と翼が生えると言われているドリンクのボトル型を歩き飲みしつつ心の中で決めた。
そんなことを思いつつ一人のんびりと歩いていると、行く手に同じ高校だと思われる制服を着た女子生徒が自転車を木陰の下に停め、横にしゃがみ込み何かをしていた。
何をしているのかと少し気になったので歩幅を狭めてみると、困った表情を浮かべながら手でペダルを持ち回そうとしていた。しかし何かに引っ掛かり上手く回っていないみたいだ。
……泣きそうになってるように見えなくもない。
始業までにはまだまだ時間に余裕があるし、声をかけてみることにした。ドリンクに封をしボストンバッグに仕舞いながら女子生徒に歩み寄る。
「大丈夫ですか?」
「あっ……えっと……あはは、自転車のチェーンが外れちゃいまして……」
俺が声をかけると女子生徒は驚いた表情をし、照れ笑いにも見える困った表情で目じりを少し潤ませながら笑い、チェーンが外れたと口にした。このまま「そうですか、大変ですね。では私はこれで」と立ち去るのは忍びないし良心が痛む。
「……手伝いますよ。ちょっと見てもいいですか?」
「あっ、ありがとうございます……すみません」
俺が手伝いを申し出ると、申し訳なさそうな表情をしつつも受け入れ、女子生徒が立ち上がる。
自転車の前のスペースを空けてもらい、俺はそのスペースに女子生徒がしていたように座り、自転車の状態を確認する。
先ほど女子生徒がやっていたようにペダルを回そうとしてみるが、確かにチェーンが外れて回らなくなっているようだ。だがこれくらいなら直せなくもない……と思う。
「あー……なるほど……これなら直せますよ、多分ですが」
「ほんとですか! あの、お願いしてもいいですか……?」
「ええ、ちょっと待っててください。やってみます」
中学時代よく自転車を友達といじっていた昔の記憶を探りつつ、チェーンをスプロケット――チェーンの嵌る歯車――に嵌めていく。
全て嵌め終えたところでペダルを回し状態を確認する。うん、回るな。
それを確認した俺は立ち上がり、女子生徒に顔を向ける。
「はい、直りました。素人修理なんで乗ってみておかしなところがあったら自転車屋に持って行ってください」
「すごい……わかりました! ほんとありがとうございます! あ、これ、ウェットティッシュです。どうぞ。あと、これ、まだ口付けていないので、よかったら」
ウェットティッシュを二枚貰い、更にスポーツドリンクを頂いた。ありがたい。ウェットティッシュで油で汚れた指を拭い、スポーツドリンクを受け取りお礼を言う。
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそですよ。……あの、穂瑞高校の方ですよね?」
「そうですよ。一年生です」
「やっぱり、よければ一緒に学校に行きませんか? 同じ方向でしょうし……あっどこかに寄るご予定があるなら断って頂いて構いません」
慌てた表情でそう言う女子生徒にコロコロ表情の変わる人だな、と思った。まあ、せっかくの申し出を断る理由もないな。いいですよ、と返事をする。
「やった。あ、鞄カゴに入れますか?」
「ああ、どうも。空いてるのであればいいですか?」
「はいっ」
学校指定のボストンバッグをカゴに入れさせてもらい、軽くなった肩を構いながら自転車を引く女子生徒の横に並ぶ。
とりとめのない話をしつつ、そのやり取りを好ましいと思っている自分に気が付き、やっぱり早起きも悪くないな、と改めて思った。
その後、学校に着く頃には少しだけ感じていた緊張も和らぎ、同級生だということが話の中でわかったので敬語を外しタメ口で話していた。
女子生徒――天星 織音あまほし しおんと名乗った――が敬語は無しでいいですよ、と言ってくれて話しやすくなったのも緊張が和らいだ理由だろう。天星は下駄箱で分かれる時までも敬語だったが。どうも彼女の癖らしい。
天星と教室の前で別れ、一番乗りで人気の無く空調の入っていない教室に入った。
こもった空気が窓越しに射し込む日差しで熱せられ、独特の印象を与える。真っ先にカーテンと窓を開けた。空気が入れ替わるとその印象も薄くなり、気持ちのいい風が少し体温の上がっている身体を落ち着かせる。
その後俺は自分の席に座り、今日受けるテストの復習を、どこか落ち着かない心を感じながら始めた。
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