世界制覇を目指していたらいきなり最強のメイドを従えることになりました
七沢楓
第一章『バカとメイドの出会い』
■1入試編
第1話『世界は上と下に分かれている』
人間が地上に住めなくなってから一〇〇〇年ほど経った今、人類は空にいた。
地上に住んでいた当時の文献はほとんど残っていないが、ある日世界中に黒い霧が蔓延したのだという。
そして、その霧は毒素と呼ばれ、吸った動植物をキャファーと呼ばれる化物に変えながら徐々に範囲を広げ、ついに人類はほとんどの場所で住めなくなった。
そこで空に街ごと船に浮かべることで、人類は絶望を免れ、それぞれの船が都市船として文化を築いてきたのだ。
だが、中には地上を諦めきれなかった者たちがいる。
彼らは周りの止める言葉を聞かず、地上に降り、次々と死んでいった。
誰もが馬鹿だと言いながら、それでもやめない彼らは、名もなき死にたがりと呼ばれるようになった。
それでも、徐々に地上から
そうすると、彼らは人々にとって、地上を取り戻してくれるかもしれないという希望になり、栄誉ある職業として、こう呼ばれるようになった。
それこそが、
人類の自由を取り戻すために戦う、冒険者たちのことである。
■
そこはかつて、ロシアと呼ばれた大地だった。
雪が支配する極寒の地であったと、
洞窟の中ということで、少しだけ寒いが、遊乃がそれを知るのは、もう少し後になってからだった。
「ふんッ! 俺様にかかれば、楽勝だな」
風祭遊乃の足元には、大きな蛇が横たわっていた。
体の太さが遊乃の体ほどあり、体長に至っては遊乃の三倍以上はあろうかという蛇だ。
鱗が黒く、目が赤いその蛇は、現れてすぐ、遊乃に頭を両断され、死に絶えたのだ。
「しかし、話で聞くよりもでかいもんだな、
急ぐ為に、遊乃は駆け出した。
まるで、自分の邪魔をするものなど何もないかのように、風のように洞窟を駆けていく。相当広いという話は聞いていたが、足に自信がある遊乃が一時間近く走っていても出口が見つからない。
「まあ、簡単に受かっては面白くないからな。これくらいのほうがちょうどいいぜ!」
ガハハハハハッ! と、笑う遊乃。
だが、次の瞬間。彼の足元に大きな穴が開き、重力に支配され、遊乃はその穴に落ちた。
「うおッ!?」
原始的なトラップ、落とし穴である。原始的で、長年使われているからこそ、効果は折り紙付きである。
討伐騎士育成学園。そこは、生半可な技術で入学できる場所ではない。
命を懸けることを、平穏を捨てる仕事を志すのであれば、これくらいの窮地から脱出できるのは大前提だ。
負けてたまるかッ!
心の中で叫んだ遊乃は、腰に刺していた剣を壁に思いっきり突き刺し、ガリガリと削れる剣と、その振動を感じながら、たっぷり五秒ほどブレーキをかけることに成功した。狭い場所でも使えるという理由で片手剣を持ってきたことが、幸を奏したのである。
で、なければ、人が二人入れば詰まりかねないような場所では、どうしようもなかったと、遊乃は思う。
「さて……」
上を見て、落ちた地点からの距離を測る。だいたい、二〇メートルほどは落ちただろうかと、推測を立てる遊乃。
続いて下を見ると、下は真っ暗で何も見えない。落ちてどうなるのか、想像もつかなかった。
「どうすっかなぁ……」
上に戻るのがベターではある。だが、下に落ちたことのある人間はいない、あるいは、戻ってきていないと考えると、行きたくなるのが遊乃であった。
しかし今は試験中。とにかく早く、ダンジョンを脱出するのが合格の条件。
で、あれば、上に戻るのが当然。
「よし、決めた!」
遊乃は、足を伸ばして体を支え、剣を引き抜いて、落下した。
「うっひょーッ‼」
彼は今、完全に人生を棒に振る決断をしているのだが、それは一切考えていないし気づいていなかった。
とにかく下に未知があるのではと考えてしまった以上、突き進む以外のことはしたくないのだ。
しかし遊乃は、すぐに剣を壁に戻し、再びブレーキをかけ、止まった。
理由は一つ。横穴が空いていたから。
いったいあれはなんだろう、なんて遊乃は考えない。考えるのは、あの先になにがあるのか楽しみだ、である。
だから、器用に剣と足を駆使して、横穴に体を滑り込ませた。
四角く切り取られたような、綺麗な穴は、どう考えても人工物であり、知性を感じさせた。
ここはキャファーの巣であるダンジョン。キャファーはこんな風に、何かを作ったりはしない。
だからこそ、遊乃の中では確信に似た直感があった。面白そうな匂いがする、と。
横穴を抜けて、それは確信ですらなく、事実となった。
「入試にしては、面白くなってきた」
そう呟いて、周囲を見渡す。
広がっているのは、まるで神殿だった。
いくつもの柱が並び、石畳が敷かれ、一番奥には、一本の剣が刺さった台座。
その神殿は、まるで時が止まっているかのようであり、一切の音が聞こえない上に、洞窟の下という環境を感じさせないほど綺麗だった。
もしかしたら、自分の部屋より綺麗かもしれない、なんて考えながら、遊乃はその剣へと歩み寄る。
黒い柄の片手剣であり、濡れたような輝きが怪しく遊乃を誘うよう。きっと、妖刀とか魔剣というのは、こんな感じなのだろうと、刀剣に詳しくない遊乃でも直感した。
「入試のボーナスか? 見つけて帰れば、即効合格とかなぁ」
楽天的に、鼻唄を歌いながら、その柄を握った。
まるで、遊乃を待っていたとばかりに、肌へ吸い付いてくる。離さないでと甘えているようですらある。
遊乃はその剣を、なんのためらいもなく引き抜いた。
その軽率すぎる行動は試験官が見ていたら減点対象であり、プロならば一度撤退する場面。
抜いた地面から光が溢れだし、遊乃の視界を真っ白に染めた。まるで目に矢が飛んできたように、一瞬目の奥がギュッと痛んだ。
「うおッ! まぶしッ!」
思わず、手で目を覆い隠し、光を遮る。
当然、視界はゼロになり、遊乃は無防備になった。
その瞬間、遊乃の肌が、敏感に風を捉える。
自分に向かって、何かが降り下ろされていると本能的に察した遊乃は、持っていた先程の剣を振り抜き、その何かを遠ざける。
ガキィッン!
と、甲高い音が鳴って、ようやく遊乃は目の前を見つめることができた。
「なるほど、ひよっこかと思いましたが、それなりの実力はあるようですね」
普段の遊乃であれば、その台詞に「俺はひよっこなどではない!」と反論していた。
しかし、その言葉は、目の前に立つ少女の姿があまりにもこの場にそぐわなさすぎて、驚きに塗りつぶされていた。
そこには、メイドが立っていたのだ。
さすがの遊乃も、驚いて言葉を失ってしまった。
「なんだお前。何者だ」
言いながら、遊乃は相手を観察した。
金髪を背中の中心ほどまで伸ばした、オーソドックスなメイド服に身を包んだ少女。
碧眼でまっすぐ遊乃を見つめるその顔はが、あまりにも綺麗すぎて、疑わしかったのだ。芸術家が丹念に丹念を重ね、誰しもに愛される顔を作ったと言われれば、納得してしまいそうなほどの顔立ちだった。
だからこそ、遊乃は疑ったのだ。こんな状況で、そんな顔の良すぎるメイドが立っているなど、おかしすぎる。
なので、遊乃はいつものように剣を構えた。
と、言っても、彼は我流なので、構えにどういう有用性があるのかは知らないので、右手に持った剣を、そのままだらりと落とすだけだが。
しかし、臨戦態勢を取っていたことは、まるまる無駄になってしまった。
なぜなら、そのメイドが、遊乃の前に跪いて、頭を垂れていたから。
「さすがです、我が主。試した私をお許しください」
「……はぁ?」
首を傾げているが、それでも臨戦態勢は崩さない遊乃。怪しい相手が怪しい行動を取ったところで、怪しさが解消されるわけではない。それになおさら満足したのか、
メイドの女は
「なるほど、戦士として、しっかりとした心得もあるようですね」
と言って、跪いたまま、遊乃の顔を見上げた。
「二度目だ。お前、何者だ? さっきまでいなかっただろう」
遊乃は剣の刃先を、メイドの首に添えた。だが、まるでそんなものは意に介していないかのような態度で、メイドは遊乃と目を合わせている。その目は、どこか懐かしさを感じるような眼光で、なぜか本能的に、遊乃は彼女が敵でないと判断してしまいそうになった。
「私は……そうですね、何者かは、わかりません。ただ、あなたが私の
そこまで言われ、遊乃はやっと、剣を肩に乗せ、半分程度は警戒を解く。
この場で嘘を吐くメリットは、遊乃の油断を誘うこと。そして、それにしてはあまりにも適さない嘘だったので、臨戦態勢を解いたのだ。
「俺がご主人様だと?」
「ええ……。あなたこそ、王にふさわしいお方。世界を統一する覇王となるのです」
遊乃は、持っていた剣を地面に突き刺し、腕を組んで、胸を張った。
「違うな」
何故か、メイドの少女が、信じられない物を見るように遊乃の顔を見つめた。ここで、戸惑いではなく反論が来るとは思っていなかったのだ。
遊乃はニヤリと笑い、より一層胸を張る。この態度だけはすでに世界で一番偉そうである。
「俺様は世界を制覇する男だ。王なんぞに興味はない」
風祭遊乃。
彼はこれを、育成学校の面接でも言っていたほど、本気である。
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