第3話


 歴代の皇族達の陵墓、それが高平陵ではあるが、今やこの地は陵墓ではない。歴代の皇帝を筆頭にその加護によって守られた反抗の拠点だ。


 陵墓と言うには、あまりにも巨大な工房を歩きながら、レイタムは主君の聡明さを今更ながらに実感していた。


「しかし、良くこれだけの工房を作られましたな」


 正規軍ですら使っていない高価で大型の工作機械が備えられ、強襲特機を初めとする機動兵器すら生産可能な整い具合を見ながらそう言うと、シエン公の軍師であるマオがほくそ笑む。

 

「殿下が皇太子になられた後に、高平陵を調査してみると、陵墓の下に巨大な空間があることが分かった。そこでいざという時の隠れ家として、いろいろと整備しておいたわけだ。流石のガイオウ公も、全体を把握してはおらんよ。高平陵の管理は皇太子の義務であり、権利なのだからな」


 ルオヤンの大半は、ガイオウ公の管轄になっているが、高平陵だけは皇太子が管理する。これは帝国が成立して以来、継承されてきた仕来りだ。

 

 そして、高平陵の管理は皇太子だけの特権でもある。皇帝といえども手出しができないのが霊廟である高平陵だ。


「ですが、殿下が廃嫡されたらどうされるおつもりです?」


 ここに移動しながら、レイタムは万が一シエン公が廃嫡され、ガイオウが皇太子となった時のことを考えていた。


 そうすれば、ガイオウ陣営は大手を振って、高平陵を制圧できる。


「心配はいらん。その時我らは逆賊から国賊になるだろう。だが「逆」がつこうが「国」がつこうが、賊になった時点でどちらも変わらない。それに、そうなった場合、我らを排除するならば我々も抵抗する。その時は高平陵がルオヤンのゴミだめになるだろうがな」


 平然とした言い方ではあるが、レイタムは、あの主君にしてこの側近ありというべきだという言葉がピタリと当てはまっている気がした。


「つまりそのときは……高平陵を灰にすると?」


 これ以上もない不遜な事をマオは口にしている。いつ聞いても、マオの言葉には鋭さがある。


「歴代の皇帝陛下には気の毒ではあるが、帝国が危機に陥らせているのは、我らではなく、太陽系連邦軍と手を組んだガイオウ公だ。国が外敵に乗っ取られ、民衆の血が流れ、蹂躙されることに比べれば、高平陵の一つや二つが灰になることに比べれば些末なことよ」


「ですな」


「だが、ガイオウ公は違う。むしろ高平陵は帝国、そして皇室の権威そのものだ。ガイオウ公が皇太子となり、皇位を受け継ぐのであれば、自らの権威に傷を付けるようなことは、避けなくてはなるまい。我らは追い詰められているが、追い詰められた小鳥でも、助かる道があるならば時には野獣に立ち向かい、一矢報いる」


 主君であるシエン公と、自分を含めたその臣下は間違いないほどに追い詰められている。だが、追い詰められたからこそ、取れる手も存在する。


 追い詰め過ぎた結果として、高平陵が破壊され灰燼に帰すれば、追い詰めた側もタダでは済まなくなる。


「それに、殿下が廃嫡されたとして、大人しくここから出て行くような人物に見えるのか?」


 長年の付き合いから通ずるシエン公の性格をマオは理解している。レイタムはまだ浅い側だが、それでも主君が廃嫡や逆賊扱いされて、黙って降伏するようなひ弱さは持ち合わせていないことは分かっている。


 でなければ、太陽系連邦軍とやり合い、帝国を立て直すことなどできるわけがない。


「解説は済んだか?」


 いつも以上に不適な笑みを見せる主君の姿に、マオもレイタムも一礼する。


「殿下の策を、師父より聞かせていただきました」


 窮地に追い込まれているはずではあるが、追い詰められたからこそ、いつも以上にシエン公の顔は明るく見える。

 弱みを見せることはせず、いかなる時でも堂々とし、泰然自若を貫く姿は流石というしかない。


「まあいい、今後の話を行うぞ」


 主君に促されると、工房の一室にて、レイタムはマオと共に今後について策を協議し始めた。


「我らには三つの道がある」


 茶を飲みながら、シエン公は三本の指を突き出す。


「まずは、ここから脱出することだ。立てこもり続けても、道は開くことはない。むしろ、狭まっていくだけだろう。問題は、どこに逃げるかということだ」


「アルデバラン、ベテルギウス方面がまずは候補というところでしょうか?」


 マオの出した候補地に、シエン公は頷いた。


「アルデバランもベテルギウスも、太陽系連邦軍に手が及んでいない。捲土重来のために、辺境まで逃走して、再度アルタイルを目指すという手がある」


 アルデバランもベテルギウスも、シエン公の地縁が深い星域であり、反抗の拠点として申し分ない。


「しかし、信用できるのでしょうか?」


 すでにシエン公には逆賊の汚名が着せされている。ヴェルグ公、リーファン公も何を考えているのか、今ひとつ読み取りにくい。

 

「まあ、奴らならば案外ガイオウと手を組んでいるかもしれんがな」


 流石にそこまでシエン公も楽観的ではない。ベテルギウス、アルデバランという辺境領域を支配している二人は、一筋縄どころか、特殊繊維を幾重にも巻いたワイヤーロープ並みに図太い。


「だが、私が失脚して死んだ場合、次に標的になるのは連中自身だ。太陽系連邦軍も、ガイオウも、あの二人を好き勝手させるわけがない。太陽系連邦軍の連中は拡大路線を推し進めたい。支配領域が広がるからな」


 太陽系連邦軍はさらなる拡張を望んでいる。その名目で、支配領域が増えていけば同時にそれは自分達の権益になる。

 連中にはそれが実現できるだけの軍事力を持っている。それを行使することを今更躊躇う意味など無い。


「ガイオウにしても、あの二人は獰猛な猛獣だ。それも極めて賢い猛獣であれば、鎖で繋ぐだけでは制御することはできない。連中が消えて得することがあっても、連中が存在することの不安要素を消す方が利益になる。味方になるという選択肢を取るということは、裏を返せば、敵になるという選択肢があるということだ」


 陣営を自在に変えられることは、同時にどの陣営にも所属していることを意味しない。そしてそれは、他の陣営からの独立と、どちらにも寄りかかっていないことを意味しているようなものだ。


「そういう意味では、あの二人はまだ御しきれる。だが、我らがここで逆転するには、もう一手必要になるな」


「あれを動かすことですか?」


 伝説の超人機である黒龍。一手を指すという意味では使えるだろうが、レイタムはシエン公が果たしてそんな甘い一手を打つようには思えなかった。


「黒龍は切り札だ。だが、一手ではない。一手を指すのは、あえてプロキシマへと逃げることだ」


 あまりにも予想外の言葉に、レイタムは目が点になった。


「どういうことでしょうか?」

 プロキシマは太陽系連邦軍の支配下にある。そんな場所に逃げることが何故一手になるというのだろうか?


「太陽系連邦軍には二つの軍隊が存在する。ガイオウと手を組んだアルタイル方面軍が所属する太陽系連邦統合軍、そして、プロキシマ方面軍が所属する太陽系連邦宇宙軍。お主がたびたび遊びに行っていた連中が所属する部隊といえば分かるだろう?」


 シエン公の指摘に、レイタムは数日前に会った沢木の顔を思い出した。


「今回の件、おそらくだがプロキシマ方面軍は絡んでいない。連中にしてみれば、こんな面倒な手段を取る必要性などない。奴らには、我々を真正面からたたきつぶせるだけの戦力がある」


 連邦宇宙軍、その中の第11艦隊ですら、破竹の勢いでシリウスやヴェガの軍閥や海賊をたたきつぶしている。


 一個艦隊ですら押さえつけられないほどの戦闘力を有している中で、プロキシマ方面軍はさらに三個艦隊を保有していた。統合軍とは比べものにならないほどの戦力を有していることは、レイタムも沢木らと接する中で分かっていた。


 装備面もそうだが、若く聡明で頭が切れる指揮官達、人材面がかなりそろっていることをレイタムは知っていた。


「私を失脚せるなどという面倒なことをせず、奴らならば真正面から軍事介入してくるだろう。その方が後腐れはない。アレクサンドル・クズネツォフという男はそう言う男だ」


 第二次プロキシマ会戦、そして、第一次シリウス会戦を勝利に導いた連邦宇宙軍の英雄。その男と戦い、そして交渉を行いながら講和にこぎ着けただけにシエン公は、クズネツォフを高く評価していた。


「そこで、プロキシマへ逃走するということですな」


 マオがそう言うと、シエン公は深く頷いた。


「裏付けは取れてはおらんが、統合軍の勇み足で動いているのであれば、それにつけ込まない手はあるまい。それで太陽系連邦軍が互いに争いあえば、それはそれで儲けものだ。その間に、体制を立て直せば、我らにまた勝機はやってくる」


シエン公の真骨頂は戦場で勝つことではない。戦いではアレクサンドル・クズネツォフ、政治面ではガイオウに軍配が上がるが、勝つ為にはあらゆる手段を思いつく発想力にある。


普通ならば太陽系連邦軍に追い落とされている中で、太陽系連邦軍と接触しようとは考えない。

だが太陽系連邦軍といえども、決して一枚岩ではなく、統合軍率いるアルタイル方面軍と、宇宙軍率いるプロキシマ方面軍は互いに対立し合っている。


 その対立関係を冷静に見極めているところは流石というしかなかった。


「ですが、連携している可能性もあるのでは?」


 レイタムの指摘にシエン公は首を左右に振る。


「それはない。クズネツォフはこういう策は取らんし、取るならば我らがここに籠もる前に対処する。そういう意味では、奴らはあまりにもお粗末すぎる。それに、あの男はこういう小細工はせん。第一次シリウス会戦のように、勝つべくして勝つ」


 奇襲で始まった第一次シリウス会戦は、連邦宇宙軍による一方的な帝国軍への攻撃がそのまま続き、優勢なまま押し切られて敗北し、撤退したという身も蓋もないほど無様な戦いであった。


 だが、当時、連邦宇宙軍第一連合艦隊司令長官を務めていた、アレクサンドル・クズネツォフは、帝国軍への奇襲を行うことで、先手を取り、一切の主導権を渡すことなく間断の無い攻撃の果てに押し切って勝利した。


 気づけば連邦宇宙軍が勝っていたというのが、帝国軍の見解だが、シエン公の見解としては、入念な情報収集とまだプロキシマへと向かう前の準備を狙い澄ました状況で奇襲を仕掛けたことから、一方的な攻撃に対処できずに敗北してしまった。


 入念に戦力を整え、作戦を立案して、体制が整う前に奇襲を仕掛ける。言ってしまえばそれだけだが「それだけ」と称された事前準備がいかに難しいことであるか、シエン公は知り尽くしている。


「防御戦になるならばともかく、ヤツは自分から仕掛けるならば、必ず勝つ為に戦う。我らは今頃、謀反人として首が飛んでいるだろうよ」


 茶を飲みながら、忌憚の無い見解を述べるシエン公に対して、レイタムはシエン公がクズネツォフを高く評価しているのがよく分かった。


 敵として戦い、幾度となく交渉してきたからか、本来ならば敵である相手を高く評価するところが主君の人間性を物語っている。


「では、早速手はずを……」


「大変でございます!」


 技師の一人が血相を変えてやってきた。まるで、得体の知れない怪物か何かを見てきたかのような顔をしている。


「何があった?」


 慌てている技師の態度が不思議に思えたのか、シエン公は首をひねりながらそう言った。


「シャオピン殿が参上いたしました! 殿下に支給お会いしたいということです!」


「シャオピンが?」


 技師の言葉に、今度はレイタムが血相を変える。


「シャオピンは確か姫様と一緒にいたはずだな?」


「ええ、サイエン師父と一緒でした」


 レイタムがそう言うと、マオとシエン公が訝しむ顔つきになる。


「サイエン? ヤツはお前達と一緒だったのか?」


 どこか叱責に近い口調で、マオがレイタムに問い詰めた。


「サイエン師父はが何か問題でも?」


「問題というほどではない。だが、ヤツはかつてある問題を起こしていてな」


少し頭を抱えたマオ、そしてシエン公の態度から、サイエンは一体何をやらかしたのかが気になる。

だが、それ以上にシャオピンがここにやってきたのかが気になった。三人はシャオピンが伏している医務室へと向かった。

すると、傷がさらに増え、激痛と疲労で困憊しているシャオピンの姿が見えた。


「シャオピン、一体何が起きた?」


 主君の言葉にシャオピンは唐突に「申し訳ございません!」と慚愧に耐えぬという態度と共に、謝意を見せた。


「サイエン師父は、ガイオウ公と通じておりました。姫様はガイオウ公に囚われてしまい、こうしておめおめと戻ってきたのも、殿下に全てを報告する為で……」


「その辺でいいシャオピン、今は休め。つまり、サイエンが裏切り、アウナをガイオウへと売ったということだな」


 シャオピンの報告から、シエン公は淡々と事実をかいつまんで纏めるが、全員がこの事実からか急速に沈んだ表情を見せる。


 アウナ姫がガイオウ公の人質になるということは、先ほどの策全てが水泡に帰する可能性があった。


 シエン公の、アウナに対する愛情の深さを知る者ならばなおのことだ。


 先ほどまであった逆転の導火線は、見事に消え去ってしまった。

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