第2話

 ルオヤン城に隣接する大将軍府。白色に染められたルオヤン城とは対照的に、黒色に装飾されていた。

 皇帝と皇族が居住する宮殿でもあるルオヤン城は、華麗にかつ、華美に塗装されており、所々に宝玉の彫刻が彫られており、皇帝の居城にふさわしい。

 

 居城というよりも、一つの街といってもいいほどの規模で造営され、その規模は下手な宇宙港よりも広く作られている。

 

 そんな宮殿とは対照的に、大将軍府はシエン公の時代から質実剛健な作りとなっており、同時に大都督府も隣接されていたが、こちらはガイオウの趣味に合わせ、黄色に塗装されていた。

 

 シエン公が皇太子に指名されて以来、後任の大将軍となったガイオウが大将軍府を預かっており、そして、前・後・左・右の四方都督を統括する大都督府は現在、ガイオウの後任となった老将ゼウォルが大都督の管轄となっている。


 「シエン公も困ったお方だ」

 

 大都督府の奥にある執務室にて、アルタイル名産の紅玉茶を啜りながらゼウォルはそう言った。

 白髪の老人ではあるが、戦歴だけならばシエン公やガイオウ公の戦歴を合わせて半分もあればいいと言うほどであり、その経歴から大都督として一目置かれている。

 

 「大都督殿も愚痴をつぶやく時があるのですな?」


 若干皮肉な口調で語るのは、ガイオウの側近であり、上軍師であるラデクであった。白髪のゼウォルとは対照的に、黒髪で軍師に似合わぬ溌剌さを持ち合わせ、同時に策謀を巡らす知略の持ち主でもある。

 

 「確かにシエン公は困ったお方です。一万もの食客を抱えながら、同時に流民の面倒まで押しつけるのですからな」


 各地から食い詰めてやってくる流民達は、年々増加の傾向にある。そして、現在ルオヤンの各地では貧民街ができあがっており、急激に治安も悪化している。

 仕舞いにはルオヤンに駐留する、統合軍ともいざこざが発生しておるほどだ。


 「棄民を首都に集めたところで、棄民は棄民でしかない。これほど無駄なこともありますまい」


 元々、ルオヤンに流民が集まっているのは、各惑星からの重税に耐えきれず、逃げ出した者や、無理矢理領地から捨てられた民達が、都であるルオヤンならば、食うに困らず生活が出来るからと、そのためのルートを開いているからでもある。


 「シエン公は在野の商人との付き合いも長いですからなあ」


 流民達がルオヤンへと渡航するのは、シエン公が密かに商人達との付き合いの中で、流民を引き受けるように要請しているからに他ならない。

 初めは徳のある行為であると賛同していた者も大勢いたが、昨年から急激に流民が増えると共に治安が悪化してからは次第にシエン公に対する評判もまた悪化していた。

 

 「都をこれ以上荒らすのは、皇太子としての自覚に欠けることではありませんか?」

 

 ガイオウの側近であり、長らく彼の軍師として使えているラデクとしては、シエン公に対しては遠慮が無い。


 「仕方あるまい。民を守るのが我らが使命なのだからな」


 「守るとは、守るだけの力を有した者だけに使うことを許された言葉ですよ」


 いつも以上にラデクの言葉は辛い。だがラデクの言うことも決して間違ってはいないことをこの老将は理解している。


 シエン公は率先して流民を受け入れ、彼らを養う為に私財をなげうって救援を行っている。ガイオウは無論のこと、大都督であるゼウォルもまた、シエン公から直々に私財の供出を依頼されていた。


 しかし、今や一億を超すほどの流民を賄うのは、一個人の私財でどうにかなるほどの代物でもない。

 ましてや、ルオヤンは皇帝や皇族の直轄地、貴族達の荘園だらけであり、勝手に建物を建てることすら出来ないのだ。


 畑一つ作ることもままならない上に、彼らに仕事を与えようにも、流民の大半は初等教育を受けていない者が殆どである。

 小間使いや使用人ですら、一定の学問と礼儀がないと仕事に就くことも出来ないのが都であり、首都星ルオヤンの現実だ。


 「結局のところ、シエン公がやろうとしていることは単なる人気取りに過ぎません。誰一人として、利にならぬことをやっています」


 「民を守らぬわけにもいくまいて」


 ラデクの言ってることは正論ではあるが、シエン公の行為も無駄なことと切り捨てて良いものでもない。

 今はガイオウの後任として大都督となっているが、元々ゼウォルはシエン公配下の将軍であった。

 個人的にもシエン公配下の将軍としての付き合いから、ゼウォルはシエン公を批判するつもりにはなれない。


 「では貴公ならばどう対処する?」

 

 紅玉茶を飲み干し、塩茹でにしたキサの実をつまみながらゼウォルはラデクにいささか意地の悪い質問をした。


 「決まっております。流民を皆「兵家」に入れればいいのです」


 軍師らしいラデクの言葉に、思わずゼウォルはキサの実を噛まずに飲み込みそうになった。

 

 「兵家とは、ずいぶんとまた古めかしい話をするものだな」


 兵家とはすでにアルタイル帝国では廃止された制度だ。かつての「帝国」時代に存在した制度であり、税を免除される変わりに兵士として戦うことを世襲させる。

 兵家に入った民は戸籍上、平民から軍の管轄下に置かれるが「帝国」が拡張していく過程の中で、手っ取り早く徴兵を行う制度として「兵家」は制定された。


 「ですが、それ以外に流民への対処はありますまい。治安を預かる者達や、統合軍ともいざこざが起きております。特に、統合軍からはなんとかしろという要求が来ているほどですからな」


 事実上、アルタイル駐留軍としてルオヤンに駐屯する統合軍は、正直かなり横暴であり、流民どころか住民ともいざこざが絶えない。

 住民にすら平気で銃を突きつけるほどであり、それが流民であれば傍若無人に狼藉を働いているほどである。

 

 「今ここで、統合軍との関係を悪化させるのは良策とはいえますまい。流民へのルートを閉鎖し、奴らを兵家に入れるなどの対策を取らねば、さらにつけ込まれる隙を与えるだけではありませんか?」


 「それは分かっている。だが、貴公も兵家が何故廃止されたのかは知っているだろう」

 

 兵家が廃止されたのは、現時点から百年も前の話にさかのぼる。

 すでに各星系を統制下においた「帝国」では、兵家の存在は文字通りの「無駄飯食い」になりはてたからである。


 兵家は徴税の対象にならない変わりに「軍事」に従事させられる。逆に言えば、彼らはどれほど働こうとも課税の対象にならない。

 乱世であれば、簡単に徴兵できるというメリットを有しているが、治世となった途端に彼らは軍事という極めて生産性が低い事業を専門に扱うだけである。


 彼らへの報酬や食べさせる費用もバカにならない上に、乱世であれば戦死という形での「調整」でも出来るが、安定した治世になればそんなことも出来なくなる。

 結果としてこの制度は、平和時には「兵家」という無駄飯食いをひたすら養わなければならない。


 そして、兵家となった兵士達も、同じ兵家同士ならば婚姻を結ぶことが出来るが、戸籍に含まれぬ兵士である為に、平民との婚姻を結ぶことすら出来ない。


 形を変えた奴隷であることもあり、そうした支配者側である「帝国」と兵家となった者達の不満があったことから、一度内乱になりかけたことすらあった。

 

 最終的には兵家を廃止することで、この問題は解決したが、以後この制度が二度と復活させられることはなかった。


 「兵家は事実上の奴隷制と同じことだ。今更そんなものになりたがるとも思わんがな」

 

 「これは聡明なる大都督殿らしからぬことですな。流民と奴隷にどこまでの違いがあると?」


 「どういう意味だ?」


 若干鼻につく言い方に、老将であるゼウォルも少しだけ苛ついた。だが、確かにラデクの主張はそこまで間違ってはいない。


 「第二次プロキシマ会戦、そして第一次シリウス会戦と我らはすでに、多くの兵力を失っております。それを確保する手段として「兵家」を復活させるのは、極めて合理的な判断ではないかと?」


 手っ取り早い兵力を確保する手段という意味での、兵家の復活は合理的である。また、流民を手っ取り早く統制下に置く上でもだ。

 

 「実は、この件はすでにガイオウ公に上奏しております」


 上軍師であるラデクは、事実上大将軍であるガイオウを除けば上役が事実上存在しない。

 階級や職権という意味では、大都督であるゼウォルよりも下の位置するが、上軍師は本来、大将軍を補佐するのが職分である。

 上軍師の職分は宮中の上奏を司る中書令に匹敵する。それ故に、ガイオウを通じて進言していたようだ。


 「ガイオウ公はなんと言っている?」

 

 「前向きに検討するとのことでした」


 珍しくも笑っているが、ガイオウは基本的に出来ないことは出来ない、納得しないことは納得しないという性格をしている。

 社交辞令を使うこともあるが、親しい部下達からの進言や要望に対しては、断る時は断り、賛同する時は賛同する。

 そのガイオウの「前向きに検討する」は賛同を意味するも同然であった。


 「だが、それではシエン公が納得しまい」


 「問題はそこです」


 やや神妙な顔となったラデクの表情と共に、一人の若者が執務室にやってきた。

 

 「ラデク師父、そこからは私が話すこととしましょう」


 黒髪のガイオウとは対照的に、黄金色に輝く髪を持ち、玉壁のような碧い瞳の青年がゼウォルの執務室にやってきた。


 「シュテン様、いついらしたので?」


 「先ほどから。無礼を許して頂けますかな? 大都督殿」


 「いえ、立ち話をするわけにもいきますまい。そちらにおかけください」


 シュテンという若者を、ゼウォルは執務室の机の前にある椅子に座らせた。シュテンは四方都督の一つである右都督の職についている人物ではあり、本来ならばゼウォルの部下にあたる。

 だが、彼は大将軍であるガイオウの嫡男であった。


 「実は、ゼウォル卿にも話しておくべきことがあります。ラデク師父からはすでに話は?」


 「いえ、まだそちらは話しておりません」


 ラデクが畏まっているのが嫌でも分かるが、ガイオウに忠節を誓っているラデクは、ガイオウの嫡男であるシュテンにも敬意を持ち、忠誠を誓っている。

 そして、ラデクはシュテンの教育係も務めていた。


 「まあそれは師父から話してもらうよりも、私が話した方がよろしいでしょう。ゼウォル卿もすでにご存じでしょうが、父は師父の進言を受け、兵家の復活を考えております」


 「先ほど聞かされました。ですが、果たしてシエン公がそれを認めるかどうか……」


 一番の懸念事項は、やはりシエン公だろう。シエン公がそのつもりであれば、初めから流民を兵家に入れているはずである。

 

 「おっしゃる通り問題はそこです。そこで、ゼウォル卿に尋ねたいのですが、伯父上、シエン公が問題にならなければよろしいということでしょうか?」


 「それは無論ですが」


 しかし、シエン公がそんな簡単に賛同するつもりはないだろう。兵家の復活は何も、ラデクだけが考えていたわけではない。

 以前も復活を進言した者がいたが、シエン公はまるで相手にせず却下している。


 「ゼウォル卿、あなたが伯父上が簡単に納得しないと思っておられるのでしょう?」


 「無論です。公が納得するとは私には思えませなんだ」


 「伯父上も頑固ですからな。ですが、ゼウォル卿の心配は杞憂です。何故ならば、伯父上の意思などはもはやどうでもいいのですからな」


 あまりにも淡々で、同時に理論整然とした口ぶりにゼウォルは一瞬、自分の耳を疑いたくなった。


 「シュテン様のおっしゃる通りです。もはや、シエン公の意思や命令など、無意味というものです」


 ラデクがそう言うと共に、シュテンも師父であるラデクの意見に賛同を示すように。口元を緩めながら首を縦に振った。

 

 それは、暗に「シエン公」を排除することの意思表示に他ならないからである。

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