夢ノヨウナ色トリドリノ世界

ゆかじ

第一幕 少女が見つめた夢の世界

第一話 異なるセカイ

「午後の授業は予定通り魔石探索をする。今日はルメールの東に位置する森での実習だ。いつも言っているが、くれぐれも危険な行為、勝手な行動は慎むように。それと……モンスターが現れた場合は速やかにその場から離れ、救援弾で知らせるように。間違っても戦闘はするなよ。各班、個人課題の魔導具に使用できる魔石を探すように。班ごとに整列しなさい」


 いつもの日常。いつもの風景。


 担任のアレクサンダースは当たり前のようにそれを言い放った。


 一人席に残った大人しそうな女子生徒がそっと手を挙げた。


「一色君。どうした?」


「あ、あの……。私はまだ班が決まってないんですけど……」


「ああ。そういえばそうだな」


 彼女の声はとても小さく、震えていた。アレクサンダースはすでに班に分かれている教室を見渡す。ふと、一人の背の高い生徒と目が合う。


「サラン君。君の班は三人かい?」


 話しかけられたサランという女子生徒は露骨に嫌そうな顔をする。


「……そうですけど。まさかとは思いますが一緒に行けとか言うつもりですか?」


「そのつもりだけど……頼めないかな?」


 サランはすぐに返事をしなかった。明らかな間を作り、大きなため息を漏らした。


「はぁー……。わかりました」


「ありがとう。一色君。彼女の班に入りなさい」


「は、はい」


 一色と呼ばれた女子生徒は緊張した面持ちでその班の列の最後尾に立った。


「よし。では出発しよう」


 担任の一声で生徒たちは教室を後にした。

 学園を出て東の森へ向かう他の班の生徒たちは笑い合いながら歩いていた。まるで遠足にでも行くような雰囲気でなんとも楽しそうだ。


 一色の列の前ではサランたちがひそひそ話をしていた。


「サっちん。ヤバくない? ヤバいよね?」


「別に関係ないから。どうせ何もできないでしょ……」


 その班には二人の女子生徒と一人の男子生徒。見る限りでは友好的とは思えない態度で学園から東の森に向かっていた。


 一色は震えた声で話しかける。


「よ、よろしくお願いします……」


「…………」


 誰もその挨拶に耳を傾ける者はいなかった。


 やがて東の森に着いた生徒たちはアレクサンダースの合図と共に各々魔石を探し始める。班長のサランは班のみんなに指示を出していた。


あおの魔石中心に探してくんない?」


 その指示にすぐ答えたのはサランといつも一緒にいるネーブルという女子生徒だ。


「碧ね。……ねぇ? サっちん。あいつはいいの? 放っておいていいの?」


「……知らないし。あんな子。押しつけられた身にもなってほしいよね」


 サランはわざと聞こえるように大きい声で話す。一色はそれを気にしながらも魔石を探していた。森の草をかき分けて変わった色の石ころを手にし、サランに見せる。


「こ、これ……。ま、魔石ってやつかな?」


 サランは無言でその石を手のひらから奪うと木漏れ日に透かしてじっくりと覗き込むもすぐにそれを放り投げた。


「あんたね。ただの石持ってきてどうすんの? ほんと使えないよね。邪魔したいの?」


「ご、ごめん……。わ、わからなくて……」


 一色は再び魔石を探し始める。一緒にいる男子生徒は一言も喋らずに黙々と魔石を探していた。


 小一時間程してサランとネーブルは木陰に腰をおろした。


「全然見つからないんだけど……。サっちん。ここにはないんじゃない? ねぇ? ないんじゃない?」


「……だよね。もう飽きたし……。あっ! ネっちん。転移の魔導具持ってる?」


「転移? 緊急用のなら持ってるけど……そんなものどうするの? 何するの?」


「ちょっと耳貸してよ」


 耳打ちするサランとネーブルはクスクスと笑っていた。


 しばらくしてサランが一色に近寄る。


「ねぇ? 一色さん。あの洞窟に入って探してきてよ」


 サランが指をさした先に小さな洞窟が見えた。その洞窟は入口につたが何本も垂れ下がり、不気味さを助長させていた。一色は初めて見るその不気味な植物にすら恐怖を隠せずにいた。


「えっ……。で、でも。モンスターとか出そうで怖い……です」


「班長の命令が聞けないの? いいから行けよ!」


「で、でも……本当に怖い……」


「いちいちうるさいんだよ!」


 サランは嫌がる一色の手を引いて洞窟の入り口まで連れていく。


 二人は洞窟の前に立つ。先の見えない奥からは不気味な音が聞こえていた。ヒューっと風が抜けるようなその音は洞窟内を反響して何かのうめき声にも聞こえる。それを聞いてさらに一色は恐怖を覚えていた。


「ム、ムリです! ほ、本当にムリです!」


「あんたさ。役に立ちたくないの? 学園に入ってすぐだからって特別扱いでもしてもらえると思ってんの? どうせ何もできないんだから。魔石の一つくらい持ってきてよっ」


 サランは怯える一色を洞窟に突き飛ばした。

 外の光もすでに届いていない暗闇の洞窟の中に放り出された一色は声も出せずに立ち尽くしていた。怖くて足は震え、本能的に目を閉じていた。


 洞窟の中からはネーブルが姿を現した。


「サっちん。あの子、転移したみたいだけど……。大丈夫かな? 本当に大丈夫かな? 緊急用だからどこに行くかわかんないよ?」


 サランは目を細めて洞窟の中を見て呟く。


「あんな子……。もともとこの世界に存在してないんだからどうでもいいでしょ……」




 ―――――――――




 ――あ、あれ? またさっきと同じ場所だ……。


 光の閉ざされた森の中を一人の女の子が歩いていた。


 一色いっしき小羽このは


 彼女はルメールの東の森での魔石探索中に洞窟に突き飛ばされた。その洞窟内でおそるおそる目を開くと見たことのない草木が生い茂るこの森へと姿を変えていた。森の中からは不気味な音がこだまする。風で揺れる草葉の音。聞いたことのないような何かの鳴き声。だが、そんなことよりも一人で暗い森の中にいるだけで恐怖でいっぱいだった。


 小羽は来た道を引き返そうとしていた。それを繰り返しては同じ場所に戻り、完全に迷子になっていた。


 ――こ、こっちでいいのかな? と、とりあえず今来た道を戻れば……。


 もちろん、初めて入る森で帰り道などはわかってはいなかった。単純な人間の思考だ。歩いて来た道を逆に進めば帰れるという当たり前の発想。


 ――結構歩いたんだけどな……。道に迷ったのかな……。なんか不気味な森。怖いよ……。変な鳴き声聞こえてるし……。


 ガサガサ―――。


 突然。横の茂みから音がした。ビクッと体を硬直させ茂みに目を当てるも何も見えなかった。

 

 ――いやいやいや……。ムリムリ。怖いっ! モ、モンスターだったらどうしよう……。私じゃ何もできない……。き、気づかれないように逃げるしか……。


 その場をそっと離れようとした小羽はゆっくりと後ろに下がり始めた。


 ――お、お願い……。私を逃がして……。


 ガサガサガサ―――。


 ――っ!


 茂みの音が激しくなり、小羽は後ろに下がる速度を少し早めた。そして、地面に盛り上がった木の根っこに足をひっかけてゆっくりと転ぶ。


 ――あっ。ヤバい。


 ドスン―――。


「痛っ!」


 小羽は転んだ衝撃で思わず声を出した。


 ガサガサガサガサっ!


 さらに音が激しくなる茂みの中から大きな影が目の前を横切った。


「キャーっ! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 小羽はその影に向かって一生懸命謝っていた。まともに見れるはずもなく。小羽は目を瞑り、下を向きながら必死に謝り続ける。

 だが、影は突然言葉を発した。


「ん? 人間か? その制服……。なんでGMAの生徒がここにいるんだ?」


 目の前の声に小羽は顔を上げた。そこには少し幼い顔をした男の姿。ボサボサの髪に汚いボロボロのマントを羽織っていた。


「……えっ? あ、あのー……。ど、どちら様でしょうか?」


「俺? 俺は……。―――っ!」


 それは突然だった。喋るのを止めた男はいきなり小羽を抱きかかえ森を走り始めた。物凄いスピードで森の奥へと入っていく。お姫様抱っこしている小羽を軽々と持ち上げたままの為せる業ではなかった。


「ちょ……っと。な、なんですか! い、いきなり」


 ――か、顔が近い……。そ、それにくすぐったい!


「へ、変なとこ触らないでよっ!」


「さ、触ってねーだろ! 悪ぃーな。ちょっとだけ我慢してくれよ。あいつが出てきやがったんだよ。……ようやくな」


「あ、あいつって?」


「お前なぁ……。何も知らないでこの森に入って来るんじゃねーよ。バカか?」


「バ、バカって何よっ! 私だって好きでこんなとこに……」


 小羽は自分の言葉に疑問を投げかける。


 ――私……。何でこんなところにいるんだっけ……。実習中に……洞窟に入って。抜けたと思ったらここにいた。この森がどこなのかもわからずに。

   ……ううん。この世界がどこなのかもわからない。私なんでここに……。


 小羽の寂しげな表情を察した男は呟いた。


「わ、悪かったよ……んな顔するなよ」


 男はバツが悪そうに顔は走る方向へ向けたままだった。


「あ、あなたはどうしてここに?」


「……もう一回だけあいつと遊んでみたかったんだよ。なかなか出てこないから言い伝えなんて嘘かと思ってたんだけどな……。へへ……。やべーな……笑いが止まらねーよ」


 男は不敵な笑みを浮かべる。幼い顔の男の顔つきは危険な香りを匂わせる表情へと変わっていた。ずっと欲しかったおもちゃが手に入ったような嬉しさとそのおもちゃで遊べる楽しそうな表情。それと、そのおもちゃを壊すくらいの凶暴な目つき。


 ――顔つきが変わった。あんなに頼りなさそうな顔だったのに。ちょっとカッコいいかも……。


 小羽は男の顔をずっと見つめていた。いや、初めて見るその表情に見惚れていた。

 やがて、林を抜けてある場所へとたどり着く。

 そこは少し拓けた野原。月明かりがその野原を照らしていた。


 小羽を野原の真ん中あたりに降ろした男は空を見上げた。小羽もつられて空を見上げるも男の背中に先に目がいった。


 風でなびくマントから見え隠れするきれいな装飾が施された鞘。何かの紋章が彫られている。男は空を見上げたまま、その鞘からゆっくりと剣を抜いた。月明かりを反射したその剣は分厚く、とても重そうだ。それを握る男の腕に太い血管が浮かびあがっていた。


 刃物を見た小羽は思わず声を出す。


「な、何をするの……」


「ほらっ。上を見てみろ」


 小羽が上を見上げると、森の奥の山の上半分を黒い影が覆っていた。山頂を覆う影は雷鳴と共に急激に膨らんでいた。


「……あ、あれどうなってるの?」


「あれがあいつの正体だ」


「えっ? あれ全部があいつってやつなの?」


「お前な……。本当に何も知らないんだな……。よくこの森を一人でうろついていたな。あの影からこの森の守護神イナビが現れる。言い伝え通りだ……」


 男の言った通り、黒く覆われた影の中心から大きな白い何かが降りてきた。例えるなら巨大な白いキツネのようなもの。遠くからでも毛色の美しさは伝わっていた。その一本一本の毛が月の光を反射してキラキラと輝いていた。


「あ、あんなの……。モ、モンスターとかのレベルじゃない……。に、逃げないとっ!」


「逃げるなら勝手に逃げろよ。俺はあいつに用があるからな。ていうか、お前……魔術は使えんのか? 帰りのモンスターとか倒せんのか?」


「ま、魔術なんて使えない。モンスターも倒せないっ!」


「はぁ? どうやってここまで来たんだよ……」


「わ、わかんないっ! わかんないから困ってるんだもんっ!」


「はぁー……。じゃあ。とりあえずそこから動くんじゃねーぞ?」


「……う、動きたくても動けない……。あ、足が震えて……」


「訳わかんねーやつだな……。いいか? お前はここから動くんじゃねーぞ? 俺はちょっとあいつと遊んでくるからな」


 男は無造作にボロボロの札を取り出し、小羽に貼り付けた。


 周りの草花に光る文字が現れ、その文字を囲んでドーム型の光が小羽を包み始める。きょろきょろと周りを見渡す小羽をしり目に男はそれを確認するとボロボロのマントを投げ捨てた。投げられたマントは小羽の頭上に覆い被さり、小羽はその場にへたり込んだ。


 そして、男はその場から飛び上がってイナビに斬りかかった。


 小羽はマントをきれいにたたみ、しゃがみ込みんだままその全てを見ていた。跳躍力もさることながら。月明かりを背に男は大きい剣を華麗に振り回し、自分より何倍も大きいイナビに対して一歩も引くことなく立ち向かっていた。その姿は勇ましく。強く。何よりも勇敢で優雅だった。


 たたんだマントを抱きしめたまま、小羽はその姿に時間も忘れるほど釘付けになっていた。


 一時間ほど経ったであろうかという時に男はひょうひょうと小羽のもとに戻ってきた。


「いやーっ。さすがに神相手に一人はキツいな……」


「た、倒したの?」


「倒せるわけねーじゃん。神だぞ?」


「えっ? ど、どういうこと?」


「俺の目的はあいつと遊びたかっただけ。ただそれだけだ。神はこの世界にとって必要な存在だし。倒す必要もねーだろ? それにイナビの玉を頂いてきたからもう用はない」


「えっ? えっ?」


「だから……。はぁー……。それよりお前これからどうするんだ?」


「で、できれば学園に帰りたいけど……」


「事情はよくわかんねーけど。この森に一人で来るなんてなんかあったのか?」


「……何かあったって言われても……」


「言いたくないか?」


「い、言ってもどうにもならない気がするから……」


「ふーん。まぁ、ムリに聞くつもりはないけどな……。この羽で帰れるぞ?」


 男は小羽にきれいな羽を差し出した。


「これって……」


「お前。これもわからないのか?」


「ま、魔導具ってやつでしょ?」


「一応知ってるみたいだな。使い方はわかるか?」


「わ、わからない……」


「なんなんだよ……お前。何もできないくせにこの森に入ったり! 魔導具もわかんねーとか! 仮にもGMAの生徒だろ! さっきから訳わかんねーんだよっ!」


 男は何もできない小羽に対して苛立ちを隠すことなく怒鳴り散らした。

 それと同時に突然、小羽の頬を涙が流れる。そして、ずっと我慢していた想いを泣きながら話す。


「わ、私だっていきなりこんなところに来て訳わかんないんだもんっ! 化け物みたいなのばかりでっ! ……帰りたい。お家に帰りたいのに……ぐすっ……」


「な、泣くことねーだろ……」


 その慟哭に男はたじろいでいた。そして、ふと小羽の言葉に疑念を抱いた男は驚いた素ぶりを見せる。


「……ん? いきなり? お、お前……もしかして異世界者か?」


 その言葉に反応した小羽は涙を拭った。


「い、異世界者? それはわかんないけど。ここは私の住んでいた世界じゃない……」


「ふーん。なるほどな……。じゃあ。わかんねーはずだな。にしても……なんでGMAの制服着てるんだ? お前生徒なんだろ?」


「う、うん……。気がついたら学園に案内されて生徒になって……。魔石探索っていう実習中にここに迷い込んだみたいで……」


「実習でイナビの森に? 他の生徒はどうした?」


「わ、わかんない……。気がついたら一人でこの森を歩いていたから……」


「学園は一体何やってんだ……。わかったよ。ほらっ。俺に掴まれ」


「な、何するの?」


「学園に帰りたいんだろ? 俺も学園に用ができたからな。一緒に行ってやるよ」


「あ、ありがとう……」


「早く掴まれ。行くぞ」


「掴まるってどこに?」


「腕でも肩でもどこでもいい。それとも……またお姫様抱っこでもしてやろうか?」


「し、しなくてもいい! エッチ!」


「だ、誰がエッチだ! お、俺はお前みたいなガキに興味ねーんだよ!」


「お、お前なんかって何よ! わ、私だってあなたみたいなのゴメンだから! ガキってあなたも子供でしょ!」


「俺は大人だっ!」


「えっ? 本当に大人……? そんな童顔なのに?」


「やめろっ! 俺の気にしてるコンプレックスを言うな!」


「ご、ごめんなさい……」


「まぁ、別にいいけどな……」


 小羽は男の顔をまじまじと見ていた。


 ――確かにさっきまでは男らしくて大人っぽかったけど……。今はどう見ても子供にしか見えないなぁ……。


 小羽に見つめられた男は頬を赤く染め、背中を向けた。


「お、おい……。あまり見るなよ。い、いいから行くぞ」


「あっ。う、うん……」


 小羽は男のまとったボロボロのマントの端をつまんだ。


「じゃあ……行くぞ?」


「う、うん」


 男はきれいな羽に何かを唱えるとそれを空に放った。


 目の前に強い光が現れる。小羽はあまりの眩しさに目を閉じた。


「おいっ。着いたぞ?」


 小羽は男の声におそるおそる目を開けた。そこは小羽にとっては見慣れた場所。ものものしく厳重な鉄の門。高い塀に囲まれた学園の敷地内であった。


「……えっ? あっ! 学園の門……。す、凄い。こんな一瞬で……」


「とりあえず一緒に来い。学園長に説教してやる……」


「えっ? せ、説教?」


「いいから来いっ!」


 男は学園長室まで手を引いていく。慣れた様子でスタスタと学園内を早歩いていた。学園長室の前に立った男はノックもせずにドアを勢いよく開けた。


 奥には立派な机と腰かけている学園長の姿。突然のことに動揺することなく首を少し上に起こし、静かにドアの方を見つめていた。


 男は躊躇することなくずかずかと中に入り、学園長の前に立って叫んだ。


「おいっ! こっちに来たばかりの生徒がイナビの森で迷子になってたぞ! 一体どうなってやがんだっ!」


 学園長と小羽はその大きな声に呆然としていた。


「なんとか言え! ガッシュっ!」


 眼鏡を片手で直した学園長は鋭い目付きのまま、口を開いた。


「捜索隊が彼女を探していたのだが……。まさか、お前が連れて来るとはな……」


「そんなことはどうでもいい。それより……異世界者の生徒をなぜ一人でイナビの森へ行かせた? 下手すれば死んでたぞ!」


 学園長の鋭い目は小羽に向けられた。


「君の担任はアレク君だったな?」


「は、はい」


「…………。彼には私から注意しておこう。なんにせよ無事でよかった。もう夜も遅い。君は寮に戻りなさい」


「は、はい……。失礼します……」


 小羽が学園長室を出ると学園長の顔が少し緩んだ。毅然とした態度は崩さなかったものの小羽がいた時とは別人のような態度で男に口を開く。


「……それで? わざわざ私に会いに来たのはこのためか?」


「はは……。相変わらずだな。ガッシュ。……イナビの玉を手に入れたぞ」


「ほ、本当か?」


「ほらよっ!」


 男は学園長にそのきれいな玉を放り投げる。学園長はそれを手に取り、隅々調べていた


「ふむ……。素晴らしい魔力だ。どうやら本物のようだな」


「嘘ついてどうすんだよ。あと何個、玉を集めればいいんだ?」


「これで二つ……。あと三つだ。お前一人で大丈夫なのか?」


「そんなもん……やってみなくちゃわかんねーよ。今回のイナビだって相当の強さだったからな。俺一人じゃ相手にもならねーよ。それよりも古の言い伝えの方は大丈夫なんだろうな?」


「ふっ……。それこそ集めてみないとわからないとでも言っておこうか」


「ちぇっ! まぁ。やるだけやってみるしかねーな……」


「かつて伝説の勇者と呼ばれたお前なら簡単なのでは?」


「何言ってんだよ。お前だって伝説の大賢者様だろ?」


「昔の話だ。それより、ハインスから通達が来ている。そろそろ封印の更新をするそうだ」


 それを聞いた男は嬉しそうな悲しそうな複雑な表情を見せていた。


「もうそんな時期か……。……なぁ。ガッシュ。さっきの異世界者をなんで学園に入れたんだ?」


 学園長は深いため息をついた。


「頼まれたんだよ。緋翠ひすいにな……」


 男は複雑な表情を見せる。


「ふーん。なるほどな。まあ、事情は大体わかった。だが、あの様子だと……」


「何か気になるか? そら


「あぁ、まぁな……」


 天と呼ばれたその男は小羽の置かれた状況は良くないのではと感じていた。イナビの森はこことはだいぶ離れた地だ。そして、女の子一人が歩けるような場所ではない。


 だが、その日。天は学園を出てすぐ違う地を目指して旅立っていった。


「あの異世界者はこのままじゃ命を落とすぞ。守ってやれ。ガッシュ」

 

 と言い残して。





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