6-10—待ち遠しさを抱えて—

 一方、時子は父にもうすぐ会えると思うと学校でもそわそわして勉強も身に付かず、放課後の英語部にも寄らずにまっすぐに家に帰ってアルバムを開くとまだ時子が幼かった頃、父母と一緒に撮った写真を眺め、もうすぐ会う父へと思いを巡らせていた。


—もうすぐ、本当にお父さんに会えるんだ!

そう、思うと時子は胸が高鳴るような思いでいっぱいになって胸苦しいほどだった。

—やっぱり私、心の中でずっとずっとお父さんに会いたいと思っていたんだ。こんな日が訪れるなんてなんだか不思議—。

そう、思いながら、時子は古いアルバムのページを何度も捲った。しばらくアルバムに見入っていた時子だったが、その後、突然、思い立ったように学校のスケジュール表と一緒にカレンダーを見入った。

—やっぱり、お父さんに会うんだったら、落ち着いて会いたいから、学校が休みの土日がいいよね。お母さんが帰ってきたら伝えようっと—。

そう決めたら、母が帰って来るのがなんだか待ち遠しくなり、時子はそわそわした。

—お父さんに会ったら、どんな話をしようかな?

あれこれと思いを巡らしていると、玄関のチャイムが鳴って時子ははっとした。

—ジョンのお散歩のことすっかり忘れてた!

そう思いながら、慌てて玄関に出ると、塾から帰ってきた悠紀人が立っていた。

「お帰りなさい!今日は早かったのね。私、今からジョンの散歩に出かけてくるから、帰ったら、私との勉強の時間も作ってね」

「わかったから、後でね。もうすぐ暗くなるから、早くジョンの散歩に行ってきた方がいいよ」

少し疲れた様子で悠紀人は答えた。


 時子がジョンの散歩から帰ってくると、悠紀人が出てきて言った。

「珠樹さん、今日は緊急の仕事が入って、遅くなるって。それで夕飯の支度を頼まれたんだけど、時子も手伝ってくれる?」

「もちろん!母の帰りが遅くなる時はいつでも私が用意していたから大丈夫よ。悠紀人さんは勉強の続きでもしていて」

そう言いながら、あり合わせの材料で夕飯が作れるかどうかと冷蔵庫の中を時子は覗いた。

「ベーコンとキノコとネギがあるから、スパゲッティならすぐ作れるよ」

「あ、じゃあ、それでいいよ。あまり手間取らない料理でいいよ」

「お母さんは食べてくるって?」

「ごめん。聞きそびれた」

「遅くなるときは多分、済ませてくると思う」

「こんな時は携帯メールが便利なんだよね」

「そうだね。でも、私はまだダメって言われてるからね」

「時子はまだ中学生だし、変なことに巻き込まれないようにきっと心配してるんだね。僕から今度、珠樹さんと連絡取り合えるようにしておくよ。その方が何かと便利だからね」

「叔父さんもまだだけど、いつ帰ってくるとか言ってた?」

「父さんからも今日は仕事の打ち合わせがあって遅くなるから外で済ませてくるってさっき連絡があった」

「じゃあ、二人分ね」

時子は二人分のスパゲッティを手早く作った。


時子と悠紀人のふたりは食事をしながら、会話が弾んだ。こんな風にお互いなんでも話せる存在と一緒に過ごせることがそれまで一人っ子だったふたりにとってはとても有意義なことのように思えたし、お互いまるで昔からの友人のように気が合って、何気ない会話が弾むのが不思議だった。


「そういえば、昨日話したお父さんとのことはどうなった?」

「うん。今日、会うって母に伝えたところ。土日にでも会いに行けたらいいなって思ってるんだ」

「お父さんのこと、時子は覚えてる?」

「私がまだ三歳の頃いなくなっちゃったから、忘れてるよ。それについ最近までは亡くなってるって聞かされてたんだよ。私、騙されやすいのかも」

「そんなことないよ。まだ小さかったんだし、珠樹さんもきっと時子がお父さんがいないことで悩まないようにって思ったんじゃないかな」

「そうかな。でも、生きてるかもって聞かされた時は本当にびっくりしたよ。だけど、それで会えるようになる日が来るなんてことはその時は考えもしなかった。それより、なんでお父さんは私たちを置いて何処かに行ってしまったんだろう?って思ったの。今度、会った時、聞いてみようかな?」

「そうだね。せっかく会えるんだから、なんでも話したいこと話すといいよ」

「悠紀人さんともこんな風になんでも話せるようになって嬉しいよ」


ふたりは食事を終えると一緒に後片付けをした後、居間で一緒に勉強しながら、笙と珠樹の帰りを待った。

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