3-6―秘密のデート―

 笙の案内で喫茶店の中に入ると喫茶店のマスターらしき人の声が店内に響いた。


「やあ、笙君、久しぶり。最近顔見せないと思っていたら、可愛い彼女を連れてきたのか」

「マスター、いきなりそんなこと言うと彼女に失礼ですよ。彼女は俺の彼女って訳じゃないし……。同じクラスの同級生だけどね」

「そっか、ごめん。でも可愛いっていうのは正解でしょ」

「まあね」

「こんにちは、はじめまして」

珠樹は目を伏せたままうつむき加減に会釈した。


「やあ、いらっしゃい。狭いところだけどゆっくりしていってね.。笙君、今日は彼女に免じて特別に二人分ごちそうしちゃおうかな」

「え!ほんとですか。嬉しいですよ」

「まあ、受験期だし、励ましの意味も含めて。デートばかりしてちゃだめだよ」

辺りを見回すと店内には珠樹と笙とマスター以外は誰もいなかった。

「笙君、開店前ってことないよね……」

珠樹は小声で笙に囁いた。


「きっとこの時間帯、偶然人が空いているだけだよ」

笙は珠樹に向かって小声で返すとマスターに向かってさらに話しかけた。

「マスター、祥子さんは今いないの?」


そのとき女子高生らしい集団五、六人が店に入ってきた。

「いらっしゃい」

笙の問いかけに返す前にお客さんを迎えるマスターの声が店内に響いた。

「さあ、こんなところに突っ立っているのもなんだし、席にすわろっか」

女子高生達の賑わいに紛れるように笙は珠樹を席へと促した。


「ねえ、祥子さんって誰?」

珠樹は席に座った途端、笙に言った。

「ああ、マスターの奥さん。母の友人だったんだ。今は俺の母親がわりみたいなところ、あるかもしれない。さて、ケーキ、どれにする?お好きなのをどうぞ」

笙はテーブルの隅にあった写真入りのメニューを珠樹に差し出した。


「うわ、どれも美味しそうで目移りしちゃうね。私、実はケーキには目がないんだ。ときどき家でも作るけどね」

「ケーキ、家で作るんだ?」

「最近はそんな余裕もないけど、休みの日にね、作ってたことあるよ。母や妹と一緒に」

「珠樹ちゃんが作ったケーキ、今度食べてみたいな」

「もう!今はそんな暇ないでしょ。先ずは受験、終わらせなきゃ」

「あはは、珠樹ちゃんの膨れっ面、可愛いや。そうだよね。でも受験のあとも高校行って勉強するの、めんどくさいな」

「勉強がめんどくさいなんて私、考えたことないよ。いい子ぶりっこって思われるのかもしれないけど。勉強しないと大変!とはよく思うけど」

「まあ……ね。君は俺とはちがって真面目だよね。先のことはともかく、今は目の前のメニュー、どれにするか早く決めてよ」

「あ、そうだったね。どれも美味しそうなんだもの、迷うなあ」

珠樹は男の子とのふたりきりのデートというのははじめてだったが、笙の人柄のせいか思いがけず寛いでいる自分に内心驚いた。


「俺はエスプレッソにチョコレートケーキって決めてるよ」

「えっと私は……洋梨のタルトにカフェラテ」

「了解」

「マスター、注文決まったのでお願い!」

「おお、早いね。ちょっと今人手が足りなくてごめんね。アルバイトの子がまだ来てなくてね。全く学生アルバイトは遅刻が多くて困るね」

マスターは慌てたように注文書片手に水を運んでくるとさらにぽつりと言った。


「祥子はね、今、厨房で格闘してるよ」

「そうだよね」

笙は幾分にやにやした様子で呟いた。


「さて、お嬢さん、注文は?」

「えっと……俺がエスプレッソにチョコレートケーキ。彼女は洋梨のタルトにカフェラテ」

「ああ、よかった。どっちも揃っているからすぐに持ってくるからね」

そう言ってマスターが注文書を持ってその場を立ち去ろうとしたとき、女子高生の集団のひとりが声を上げた。

「マスター、こっちも注文決まったのでお願い!」

「はいはい。承知致しました」

マスターが立ち去るとおもむろに笙が言った。


「ここ、女子高生に人気のお店なんだ」

「ホントね。私は今迄こんな素敵なお店があったことさえ知らなかったわ」

「夜も結構繁盛していてね。疲れたサラリーマンの憩いの場って感じかな」

「笙君はよく来るの?」

「俺は一応、まだ中学生だし。母が生きていた頃、世話になった昔からのよしみで、今でもときどき顔出すようにしてるけど、月に一度来ればいい方かな。お葬式のときも随分と世話になったし」

「お父さまもここにはよく来るの?」

「父?ああ、父は昔から忙しくてね。でももちろん、この店のことは知ってるし、マスターとも知り合いのはずだよ」

「笙君にはご兄弟はいたっけ?」

「あ、兄がひとりね。もう、働いているよ。それにしてもなんだか質問攻めだな」

「あ、ごめんね。なんとなく思い付くままに聞いちゃった」

「別に謝ることはないんだけどさ」

その時マスターがケーキを運んできた。


「楽しそうだね。ごゆっくり」

「あ、だけどそんなにゆっくりもしていられないわ」

珠樹は掛け時計の針が五時を示していることに気付いて慌てたように言った。


「じゃあ、どっちが早く食べ終わるか競走する?」

「そんなの競走したら、笙君の方が早く食べ終わるに決まってるじゃない」

「あはは。そうだね。今日も送ってくよ」

「うん。ありがとう。でも今日で終わりだよ」

「えっ?終わりなの?」

「というか、明日からは誘っちゃだめだよ」


「そうか。そういう意味か。わかった。受験の邪魔はしません。君はいろいろ言われると気になっちゃうタイプだからね。そうそう、ところで、君はどこの高校を志望してるの?」

「私は公立が第一志望だよ。どこかは内緒にしておこうかな。いずれ、わかることだし。夏木君も内緒でいいよ。同じ高校狙うなんてナンセンスでしょ」

「あれ、君にしてはなんだか強気だね。俺は君のことはいつでも応援してるから、頑張れよ!」


 ふと気付くと笙はすでにケーキは食べ終わって、エスプレッソに口を付けていた。その大人っぽい風貌に珠樹は一瞬見とれながら、自分がこうして今、笙と向かい合わせで座っていることに躊躇いの念が俄に生じ、うつむき加減にまだ手をつけていないケーキを口にした。


「美味しいでしょ?」

珠樹の顔を覗き込むように再び笙が話しかけてきた。


「ホント、美味しい。今日はありがとうね」

珠樹は幾分まごつきながら言った。


「俺も母との思い出の場所で君とこんな風にデート出来て嬉しいよ」

珠樹がケーキを食べる様子を笙がじっと眺めているのを意識しながらも珠樹は平静を装った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る