3-5―踏切り前の偶然―

 帰り道の途中で佐久間と別れた後、しばらく歩いた先の踏切りのところで電車が通っていくのを珠樹は待った。そして、踏切りが上がった後、渡ろうとした時、珠樹は向こう側から笙が向かってくるのに気付いた。笙の方も珠樹に気付くとにこっと笑って駆け寄ってきた。


「やあ、偶然だね」

「えっ?どしたの、笙君?」

「まあ、いいから。それより早く踏みきりを渡らないと!」

笙は珠樹の手をひくと元来た道を戻った。

珠樹たちが丁度渡り終わった頃、踏切りの警笛が鳴りはじめた。


「ここ、ちょっと騒々しいね」

「うん。あ、だけど引き戻しちゃっていいの?どこか行く予定じゃなかったの?」

「ああ。俺は本屋に行くところだったからいいよ。誰かと待ち合わせしている訳じゃないし。君は今帰り?」

「うん、そうだよ」

「すぐ帰らなきゃいけない?」

「私も特に予定はないけど、家に帰ったら勉強もあるし……」

「でもほんの少しだけデートしない?」

「デート?どこで?」

「俺の行きつけの喫茶店で」

「行きつけの喫茶店?」

「そう。俺の母が以前働いていたところ。コーヒーとケーキが美味しいお店だよ。俺が奢るからさ」

「うん。だけど私達まだ、中学生だし、私、学校の帰り道だし。先生に見つかったら叱られない?」

「そんな簡単に見つからないでしょ。万が一のときは喫茶店のマスターに弁護してもらうよ。俺、常連だし、大丈夫」

「うん。じゃあ、ついてっちゃおうっかな」

「不良のお兄さんに?」

「そうそう、前から不良だって実は思ってた」

「え、そうだったの?俺は学校では真面目にしているつもりだったんだけどな」


 いつの間にか笙のペースに乗せられて珠樹はついさっき帰り際にナーバスになってた自分が不意に可笑しくなったが、その一方で満里菜のことを思い出してはっとした。


「そういえば、満里菜とはどうしたの?」

「満里菜さんね。さっきまで一緒だったけどさ。俺が好きなのは今は君だって昨日言ったでしょ?」

「満里菜が何か言った?」

「うん。俺のこと好きだって。まあ、これでも何度かあるんでね。女の子からの告白は。丁重に断ったけど」

「丁重に断ったって……」

「だから……他に好きな人がいるって。君だとは言っていないけど」

「それで満里菜は?」

「わかりました。今日はありがとうって」

「そっか……」

「そうですよ」

珠樹は返す言葉を失い、黙り込んだ。


「あ、そんな風に真剣に悩み込んだ表情の珠樹ちゃんも俺は好き。だけど、俺は冗談抜きで真剣。ごめん。昨日は受験のこともあると思って誤魔化したようなところもあったけど真剣なんだよ。だけど俺じゃ駄目かなとも思ったりもするわけ」

「何が駄目なの?駄目なのは私の方」

「駄目っていうのは例えば俺の母親が殺されたこととか……」

「そんなこと笙君のせいじゃない。笙君も笙君のお母さんも被害者じゃない!」

珠樹は笙の突然の一言に驚きの表情を隠せず、息を荒げた。


「俺は誰も幸せにはできないんじゃないかなって思ったりもするんだ」

「なぜそんなことを私に話すの?」

「ただ、話したかったから……君は俺のことどう思ってる?」

「……」

珠樹は不意に押し黙った後、おもむろに告げた。


「笙君のことは……女子のアイドル的存在だなって」

「アイドルね」

「そう。だから私なんかとは一緒に帰らない方がいいよ」

「そうなの?」

「お互い、受験期だし」

「そうだね。受験期だね。ごめん。迷惑かけちゃってたかな」

「そんなことないよ。笙君と話すのは楽しいよ。だけど、今は楽しんでられない時期なのかなって」

「うん。わかった。でも今日はケーキ奢らせてね。君はケーキは好き?」

「もちろん、好き。今日は特別な日だね。誘ってくれてありがとうね」

「偶然会えたからね。あ。ほら、ここだよ」


 

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