1-9―目眩く回想シーン―

 寂しいようなどこか落ち着かないような複雑な心境を抱えながら夏休み前の終業式の日を珠樹は迎えた。夏休み中に引っ越しを控えている中根美都子との別れはグループの間ではじめはちょっとした騒動だったが、引っ越し先が隣接の和光市で近距離だったので、転校しても会える距離ということで騒動は落ち着きつつあった。美都子自身も、滝田貴文への未練を残したままの転校―ということでの心残りはあったが、同じ志望校を受験することを目標に頑張ると決意も新たにしているようだった。


 珠樹は笙とは以来まともに会話することもなく終業式の日を迎えたが、周囲の目が気になって、心の中だけで思っている方が気楽という意識もあったし、もしかすると夏休みになっても学校でちらっとでも見かけられたらそれだけで嬉しいな―なんて淡い思いを巡らせることで自分の気持ちをなだめていた。それに、一学期中は日頃学校で生徒会などにも関わっていた珠樹は夏休みに入ってからの方が落ち着いた時間が持てるような気がしていたし、グループの仲間たちが皆、志望校が決まり受験体制に入る中で、自分だけおいてきぼりにならないようにしないと―なんてことを心の中でぼんやりと考えていた。


 一方、美咲からの手紙にも志望校を決めたらしいことは綴られていたが、美咲は友人の影響などあまり受けずに勉学に励んでいる様子だった。その頃の手紙の内容は感動した本のことや家族との事柄などで終始していた。手紙にあまり友人のことが書かれていない―ということは、自分が美咲の心の近くにいることをそれとなく暗示しているようで珠樹は複雑な気持ちになったりもした。転校先で新しい友人たちと仲良くして欲しい反面、そうすると自分との心の距離が生じてしまうようで、どこか欲張りな寂しさがよぎったりもしたのだ。


 ―そして美咲からの手紙について思い巡らせながら、珠樹はふっと去年の夏休み直前の頃のことを思い出していた。あの頃は美咲と珠樹はいつも一緒にいたのにどこかまだよそよそしかった。でも、珠樹にとってはそのよそよそしさもあまり気にならないほど、美咲は珠樹の側にいつもいてくれた。心の中で珠樹へのわだかまりを抱えていたなんておくびにも感じさせない笑顔で接してくれていた。父がいなくなってしまった後のどこか物寂しいような心の隙間に入り込んできた美咲の笑顔にどれほど心和まされたことか。そしてある日ついにぶつけられた本心さえも珠樹のことを考えてくれている思いが伝わってきて嬉しかった。


 あの頃から友人に対して心を開きはじめた自分が今の自分に繋がっている―。


 そして新たな友人たちとの繋がりの中で笙との出会いがあり、美都子との別れがあり……、そして、こうして今、夏休みを迎えようとしている―。そんなとりとめもないことをあてどなく考えながら、珠樹は今ことのときを精一杯生きることの大切さを噛み締め、友人たちと過ごしたかけがえのない時間の瞬間瞬間を心の中で振り返っては、目眩めくるめく回想シーンを巡らせていた。

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