殺人鬼と吸血鬼

板本悟

第1話

 外界への意識が生まれ、音が聞こえる。電子音。アラームの音。目を開き、枕元にあるスマートフォンに手を伸ばす。手帳型のケースを開いて画面を傾けるとロック画面が表示された。スヌーズと停止の二択を迫られる。停止を押してケースを閉じる。体を起こすと漫画と小物で埋められた本棚が目についた。伸びをして首を回す。ボキボキと音がするが、これは周りに聞こえているのだろうか。そもそも何の音なのだろうか。足を横にずらして、ベッドの外に足を下ろし、立ち上がる。スマートフォンから充電コードを引き抜く。スマートフォンをポケットに入れて自室の扉を開けて廊下に出る。リビングに行くまでの間にある洗面所で顔を洗って洗面台の隣に掛けてあるタオルで顔を拭いた。三面鏡の収納から歯ブラシを取り出して歯磨き粉を塗り、口にくわえる。洗面所から出て、リビングに向かう。ダイニングテーブルをスルーしてソファに腰掛けた。サイドテーブル(代わりにしている何らかの台)の上に置いてあるテレビのリモコンを手に取り「4」を押した。テレビがつき、朝の情報番組が流れる。季節もののスイーツを紹介しているらしい。しばらくテレビを眺める。スイーツはどうやら甘いらしい。番組を見ていた結果なのか歯ブラシを咥えていた結果なのかわからないが口の中が唾液であふれつつあったので洗面所に向かう。その間に炊飯器の保温を切った。口にたまった泡と唾液をはき出し、冷たい水で口をすすぐ。歯ブラシをすすいで、三面鏡の収納にしまった。リビングを経由して台所に向かう。情報番組はCMに入っていた。

 冷蔵庫の野菜室からレタスとベビーレタス、ミニトマトを取り出す。レタスとベビーレタスをちぎり、軽く水洗いをして皿にのせる。ミニトマトもへたをとって水洗いをし、レタスの上にのせた。ダイニングテーブルに持っていく。情報番組は昨日一日のニュースを総ざらいしているようである。

 冷蔵庫からソーセージと卵と牛乳を取り出し、流しとコンロの間にあるスペースにおいた。コンロ下から小さいフライパンを取り出し、コンロにのせる。フライパンにソーセージを乗せ、火をつける。手を上に伸ばし、換気扇のスイッチを押した。ケトルに水を入れ、その水を少しフライパンに注いだ。ケトルをフライパンの隣に置く。使わなかったソーセージを冷蔵庫に戻し、流し台の収納から小さいボールを取り出す。フライパンに注いだ水が蒸発しきったタイミングでフライパンの上のソーセージを転がし、焼き目をつける。野菜とは別の皿の上にソーセージを乗せ、ダイニングテーブルに置いた。ソーセージを焼いたフライパンを水で冷やして、湿っている台ふきの上にのせる。卵をひとつ小さいボールに開け、牛乳を少し注ぐ。コンロ脇の調味料台から塩とこしょうをとりだす。塩をひとつまみとこしょう少々をボールに加える。牛乳を冷蔵庫に戻す。菜箸で卵をかき混ぜる。フライパンをコンロの上にのせ、キッチンペーパーで水気を拭き取る。フライパンに油を引いて火をつける。火加減をついているかついていないかのぎりぎりくらいに調整し、フライパンに卵を流し込んだ。卵をゴムべらでゆっくりと混ぜる。卵が徐々に固まり始める。ある程度火が通ったら火を止める。コンロの余熱で軽く暖めている間に、ソーセージの乗っている皿をコンロと流しの間におく。半熟の卵をソーセージののっている平皿に流し込む。ソーセージと半熟の卵がのった皿をダイニングキッチンにのせる。ケトルを火に掛ける。食器棚から箸を、冷蔵庫から麦茶を、乾燥棚からコップを取り出し、これもまたダイニングテーブルにのせた。流し台の収納からしゃもじを、食器棚から茶碗とお椀を取り出す。お椀をダイニングテーブルの上に置き、茶碗としゃもじをもって炊飯器を開ける。水蒸気が顔に当たる。熱いと感じてしゃもじと茶碗を炊飯器の隣に置き、顔をぬぐった。ご飯をしゃもじで軽く混ぜ、茶碗によそった。しゃもじを炊飯器の隣に立て、茶碗をもったままダイニングテーブルに向かう。茶碗をダイニングテーブルの上に置く。ダイニングテーブル用の椅子に腰掛け、テレビを眺める。情報番組は芸能の話題に入っていた。

 ケトルに入れた水がお湯に変わり、沸騰した。ぐつぐつと音が聞こえる。椅子から立ち上がり、火を止める。味噌ペーストと乾燥野菜をお椀に入れ、お湯を注ぐ。お湯がケトルの注ぎ口ではね、ダイニングテーブルをぬらした。ケトルをコンロに戻し、ティッシュでこぼれたお湯を拭く。濡れたティッシュをゴミ箱に放り投げる。放物線を描いた紙ゴミはゴミ箱の縁に当たり、そのままゴミ箱に吸い込まれた。情報番組は最新のハリウッド映画の情報を発信している。

 箸でお椀に入っている味噌とお湯を攪拌し、味噌汁に仕上げる。そのまま一口すすった。お椀と箸をテーブルに戻す。目を閉じ、首を回し、伸びをする。麦茶をコップに注ぐ。肉、米、汁、卵、米、汁、茶の順番で食べ進める。肉を咀嚼し、飲み込む。米を咀嚼し、飲み込む。汁を流し込み、卵に箸をつける。卵を飲み込み、米に箸をつける。米を咀嚼し、汁で流し込む。汁と米の熱さを茶で冷ます。順番に食べていった結果、米が余った。テーブルの上に置いてある味のりの筒に手を伸ばす。ふたを開け、のりを三枚取り出し、肉があった場所に置く。のりで米を包み、口に運ぶ。咀嚼し、飲み込む。もう一度、のりを米で包み、口に運ぶ。咀嚼し、飲み込んだ。三枚の内一枚はそのまま食べた。情報番組は相変わらずハリウッド映画の情報を発信している。

 食器を流し台に持って行く。茶碗と箸と皿を同時に運び、お椀とコップを同時に運んだ。茶碗と皿を軽く水ですすぐ。流し台のすぐ近くにおいてあるスポンジを手に取る。スポンジに水を少しつけ、洗剤をかけた。スポンジを軽くもみ、洗剤を泡立たせる。コップを手に取り、スポンジでコップの縁をぬぐう。スポンジでコップの内側を磨いた後、外側も同様に磨いた。箸を手に取り、スポンジで磨く。茶碗を手に取り、お椀を手に取り、皿を手に取り、ボウルを手に取り、菜箸を手に取り、ゴムべらを手に取りスポンジで磨いた。スポンジを流し台の近くのかごに戻す。水で食器についた泡を流し、乾燥棚に置く。食器から水が落ちる。情報番組はCMに入っていた。

 ソーセージと卵を焼いたフライパンをコンロから流し台に移す。フライパンに水を注ぎ、フライパンについた卵を手で刮ぎとる。卵のかけらは排水口に吸い込まれていく。ある程度卵を落としきってからスポンジを手に取った。再度スポンジを軽くもみ、泡立たせる。スポンジでフライパンを磨き、水ですすいだ。タオルで手を拭き、リビングに戻る。情報番組はアナウンサーが時刻を告げていた。

 ソファに腰を下ろしてからまた立ち上がり、洗面台に向かう。三面鏡の収納から歯ブラシを取り出す。歯ブラシを軽く水ですすぎ、歯磨き粉をつけた。歯ブラシを口に含み、リビングに戻る。情報番組は景品がもらえるポイントゲームを流していた。

 ソファに腰を下ろす。本日二回目の歯磨きを行う。今回は念入りに。磨き終えてから立ち上がった。情報番組はCMがちょうど開けたところだった。

洗面所に向かう。口をゆすぎ、歯ブラシをすすぎ、歯ブラシを三面鏡の収納にしまった。洗顔料を顔につけ、ひげを剃る。残った泡を水で落とし、タオルで顔を拭いた。情報番組は見えなかった。

 自室に戻る。スウェットを脱ぎ、椅子に掛けてあったジーンズに足を通す。空気によって冷やされたジーンズは濡れているようにも感じた。昨日は晴れだったはずだ。寝間着として着ていたシャツの上にパーカーを羽織り、くるぶし丈の靴下をはいた。情報番組は見えなかった。

 リビングに戻る。ダイニングテーブル用の椅子にもたれかかる。情報番組は終わっていた。

 ベランダに出る。気温はどうやら低いらしい。空は晴れていた。

 リビングに戻り、テレビを消した。

 自室に戻り、クローゼットを開ける。ダッフルコートをハンガーから取り外す。黒い袖に腕を通す。ボタンを留める。Mp3プレーヤーにイヤホンを差し込みプレーヤーの電源を入れる。Musicのライブラリを開いてシャッフルで曲を流す。イヤホンを耳に差し込んだ。Mp3プレーヤーとスマートフォンをポケットに入れてリュックサックを背負う。耳元でベートーベンが流れている。

 台所に行って、冷蔵庫を開けた。ペットボトルの麦茶を取り出し、冷蔵庫を閉める。ペットボトルをリュックサックの右側のポケットに差す。相変わらずベートーベンが耳元で流れている。

 玄関にてスニーカーを履く。玄関に置いてある鍵を持ち、戸を開ける。戸を閉め、鍵を閉める。鍵をポケットにしまうついでに、そのままポケットに手を埋めた。マンションの廊下をエレベーターに向けて歩く。エレベーターの下降ボタンを押す。二十三階から順に昇ってきて五十八階に止まった。六十階には吸血鬼が住んでいる。耳元ではグールドの鼻歌が流れている。

 エレベーターのドアが開く。中に入る。Gと閉のボタンを押す。エレベーターのドアが閉まる。モニターに表示される数字が徐々に小さくなっていく。一階を通り過ぎグランドフロアーで止まった。ドアが開く。エレベーターを降りる。相変わらず、グールドはなにやら歌っている。

 マンションの自動ドアから一度外に出る。左に曲がる。サラリーマンの列に合流する。サラリーマンの後について、駅に向かう。赤信号で止まる。横断歩道を渡る。階段を上る。駅構内に向かう。改札前にたどり着く。ポケットからスマートフォンを取り出す。改札機にスマートフォンをかざす。耳元では二人乗りの曲が流れている。

 階段を上り駅のホームを目指す。階段を上りきり、一番近いドアの待機列に並ぶ。耳元ではロックンロールバンドが叶わなかった恋を歌っている。

 電車がホームに入ってくる。電車が止まる。ドアが開く。人が降りてくる。人が乗り込んでいく。電車に乗り込む。耳元では相変わらずにロックンロールバンドが歌っている。

 電車のドアが閉まる。電車が進み始める。徐々にスピードが上がっていく。電車が揺れる。週刊誌の公告が揺れる。電車が減速する。電車が止まる。ドアが開く。人が降りる。人が乗ってくる。ドアが閉まる。電車が揺れる。電車が進む。電車が加速する。電車のスピードが安定する。電車が減速する。電車が止まる。ドアが開く。人が乗ってくる。ドアが閉まる。電車が揺れる。つり革が揺れる。電車が進む。電車が加速する。電車のスピードが安定する。電車が減速する。電車が止まる。ドアが開く。人が降りていく。人が乗り込んでくる。奥に押し込まれる。ドアが閉まる。電車が揺れる。電車が動き出す。電車が進む。電車が加速する。電車の速度が安定する。電車が揺れる。電車が減速する。電車が止まる。ドアが開く。人が降り、人が乗る。ドアが閉まる。電車が揺れる。電車が動く。電車が進む。電車が加速する。電車のスピードが安定する。電車が減速する。電車が止まる。ドアが開く。人が乗り込んでくる。ドアが閉まる。電車が揺れる。電車が動き出す。電車が進む。電車が加速する。電車が減速する。電車が止まる。ドアが開く。人が降りる。電車が揺れる。人が乗り込んでくる。電車が揺れる。ドアが閉まる。電車が動く。電車が進む。電車が加速する。電車が減速する。電車が止まる。ドアが開く。人が乗ってくる。ドアが閉まる。電車が動く。電車が加速する。電車が減速する。電車が止まる。ドアが開く。人が降り、乗る。ドアが閉まる。電車が動く。加速する。減速する。止まる。ドアの上のモニターには赤い服の国民的スターが映っている。電車は動かない。耳元ではシークレットトラックの無音が続いている。

 車内放送が聞こえる。電車が揺れる。電車が動き出す。電車が進む。電車が減速する。電車が止まる。ドアが開く。人が電車を降りる。電車を降りる。近くの階段を下る。右に曲がる。再度右に曲がる。服屋の横を通り、改札に向かう。改札機にスマートフォンをかざす。改札を抜けて右に曲がる。耳元では野菜の王国のテーマソングが流れている。

 百貨店の横を抜け、短い階段を降りる。ひたすら長く続く地下道を緩やかに曲がりながら歩く。突き当たり少し手前で左に曲がり、階段を上る。左に曲がる。右に曲がる。階段を上る。階段を上りきり、そのまま数歩前に進む。右に曲がる。歩道の左側を歩く。信号機で左に曲がる。進行方向を右に切り替え直進する。左に曲がり正門をくぐる。そのまま直進する。校舎をひとつくぐったところで右斜めに進む。芝生を踏む。コンクリートを踏む。教室棟に入る。Mp3プレーヤーをポケットから取り出す。Mp3プレーヤーから流れてくる音楽を止める。イヤホンを外す。イヤホンをMp3プレーヤーから取り外す。Mp3プレーヤーをポケットにしまう。イヤホンケースを鞄の中から取り出す。イヤホンをイヤホンケースにしまいながら教室に向かう。頭の中では砂城と黄金の鎚の曲が流れている。

 教室に入り、一番後ろの席に座る。イヤホンケースを鞄の中にしまう。授業開始のチャイムが鳴る。授業が始まる。授業終了のチャイムが鳴る。授業が終わる。席を立つ。教室を出る。次の教室に向かう。教室棟に入る。教室に入る。自分の席に座る。授業開始のチャイムが鳴る。授業が始まる。授業が終わる。席を立つ。教室を出る。授業終了のチャイムが鳴る。イヤホンケースを鞄から取り出す。イヤホンをイヤホンケースから取り出す。Mp3プレーヤーをポケットから取り出す。Mp3プレーヤーにイヤホンを差し込む。Mp3プレーヤーの電源を入れる。Musicのライブラリを開いてシャッフルで曲を流す。イヤホンを耳に差し込む。Mp3プレーヤーをポケットにしまう。耳元では英語の例文が流れている。

 図書館に向かう。図書館の自動ドアを通る。BDSを通る。左に曲がる。階段を降りる。リュックサックを下ろす。空いている席に座る。コートを脱ぐ。リュックサックから本を取り出す。本を開く。

 本を閉じる。首を回す。伸びをする。リュックサックに本をしまう。立ち上がる。コートを着る。リュックサックを背負う。階段を上る。自動ドアを通る。右に曲がる。BDSを通る。自動ドアを通る。校舎の下をくぐる。左に曲がる。左に曲がる。右に曲がる。チャペルの前を通る。左に曲がる。右に曲がり、左に曲がる。正門を抜ける。耳元ではアルゼンチン出身のピアニストがポーランドの英雄を演奏している。

 信号を渡り右に曲がる。緩やかに曲がる道沿いに進む。左に曲がり、階段を降りる。左に曲がり右に曲がる。階段を降りる。右に曲がる。道なりに進む。短い階段を上る。百貨店の横を抜ける。左に曲がり、改札にスマートフォンをかざす。改札を抜け、右に曲がる。右に曲がり、階段を上る。4号車の列に並ぶ。耳元では赤い電車が走っている。

 電車が減速し、止まった。ドアが開く。人が降りてくる。人を避けるように列が動く。ドアの右側から電車に乗り込む。ドアが閉まる。電車が揺れる。電車が進む。電車が加速する。耳元では夕日を眺めている。

 電車が自宅の最寄り駅に停車した。ドアが開く。降車する。階段を降りる。改札にスマートフォンをかざす。改札を抜け、右に曲がる。階段を降りる。マンションに向かって歩く。耳元では支配から卒業している。

 マンションのオートロックを開ける。エレベーターの前まで歩く。上のボタンを押す。上のボタンが光る。エレベーターが降りてくる。ドアが開く。乗る。ドアを閉める。60階のボタンを押す。エレベーターが上昇を始める。Mp3プレーヤーをポケットから取り出す。流れている音楽を止める。イヤホンを耳から外す。イヤホンをMp3プレーヤーから外す。Mp3プレーヤーをポケットにしまう。リュックサックからイヤホンケースを取り出す。イヤホンケースにイヤホンをしまう。エレベーターが止まる。ドアが開く。イヤホンケースをリュックサックにしまう。廊下を歩く。目的の部屋の前で止まる。ドアを開ける。頭の中ではいつも砂城と黄金の鎚の曲が流れている。

 「ただいま」

 「お帰り」

 僕は部屋に入る。僕の後ろのドアが閉まった。

 気の利いた化け物がそろそろ出てくる時分だった。

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