第32話:表彰と新しい寄付物件

 NPO「乳児院・助け隊」活動で海外旅行やショッピングにも行けなくなった

が吉田章子は元気にうれしそうに生活を送っていた。そんなある日、ある記念財

団から電話がありNPO「乳児院・助け隊」の活動を褒賞すると連絡があり吉田

章子と秀夫が出席した。いただいた賞状を事務所の壁に貼りレストランを中心に

活動を展開していた。メンバーが遂に80人を越えたので管理しきれないので

NPOメンバーの募集を停止した。その中には元女優、俳優、歌手、落語家、

漫才師も増えてチャリティーショーをこの事務所でしてくれる事になりレストラ

ンの食事付きのコンサート、歌謡ショー、朗読会、手品、落語、漫才、サイン会

を月に1-2回行う様になった。


 すると2006年3月10日この近くの鈴木三郎さんという方から電話が

入り章子と共に、お宅を訪問した。大きなお屋敷と周りには荒れた畑が

広がっていた。鈴木三郎さんはベッドで介護の人に面倒をみてもらっていたが

吉田秀夫の名刺をみて近くに呼び寄せて小さな声で私は、もう短い命だと

思うので、この屋敷と周りの畑を君に託したいと言った。

 細かいことは書面に書いてあると手紙を見せてくれた。


 それによると自分の子供、孫も、この地を離れて独立して生活しているので

戻ってくる者はいない。そこで君の善意の行動を知って、この土地を利用して

善意の輪を広げて欲しい。ついては亡くなった後、寄付するという内容だった。

 事務手続きは近くの斉藤弁護士に依頼してあるので訪ねて欲しいと書いてあり、

 この申し出に吉田章子は鈴木三郎さんの手を握り涙を流して喜こぶと三郎さん

が章子に向かって、あんたの頭の上に後光が差してる、きっと前世で素晴らしい

仕事をされた方に違いない。恵まれない子供達を1人でも多く助けてやってくれ

と握った手を強く握り返した。わかりました善意の輪を大きく広げていきますと

言った。その後、咳をし出したので失礼した。それから3週間後、斉藤弁護士か

ら電話が入り鈴木三郎さんの訃報を聞いた。


 一度、斉藤弁護士事務所に来て下さいと言われ訪問すると鈴木三郎さんの家と

土地の権利書、銀行の預金通帳や関係書類があり、ここに印鑑をつけば所有権が

移りますと言うのでNPO「乳児院・助け隊」代表・吉田秀夫のハンコをついた。

 預金通帳を見ると5千万円が入っていたのには驚かされた。そして近くに住む、

農家の木下肇さんに連絡して鈴木三郎さんについて聞くと、彼は代々この地区の

名主の末裔で金持ちで有名だったが人付き合いが下手で知り合いが少なく子供達

は、東京や海外に出て家に寄りつかなくなったと聞いていた。


 その後、友人が少ないので消息は知らなかったと言い、へー、あの人が家、

土地を寄付するなんて最近の異常気象みたいだと笑った。昔は、けちで有名で、

いわゆる嫌な奴の代表格みたいな人で、決して評判は良くなかったと言った。

 木下さんも2-3度、顔をあわせた程度らしい。

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