第28話:旧友との再会と熊本地震

 2014年2月13日、午後2時頃、みなとみらいからパシフィコ橫浜

、インターコンチネンタルホテルを散歩している時に、後ろから聞き覚えの

声がするので、振り返ると、茨城で同じ中学に通っていた、親友の池上義武

くんではないか、おどろいて、どうしたというと、今日はツアーで横浜に来て

食事後に少し散歩すると言うので、散策していたと言った。彼は現在、奥さん

の実家のある、九州、熊本市内で定年後、悠々自適な生活をしていると話し

、奥さんの池上光代さんにも、ご挨拶した。


 今、みなとみらいの、あそこのマンションに住んでるというと驚いていた。

近いうちに熊本にも遊びに来いと誘われて、わかったと言い、別れた。

 そうして、暖かくなった2016年4月13日の早朝、新横浜から博多

行きの新幹線にのり、博多で九州新幹線に乗り換えて熊本に午後2時過ぎに

到着して日航ホテルにチェックインして一休みして午後4時頃から熊本城を

見学して5時過ぎにホテルに戻り夕食をとり早めに床について休んでいた

午後2016年4月14日21時26分にゴーという不気味な音とともに、

震度7の大きな揺れがホテルを襲った。その後、3日間にわたり、

7回も大きな地震が頻発した。


4月14日21時26分(1回目)マグニチュード6.5、最大震度7、

4月14日22時07分(2回目)マグニチュード5.8、最大震度6弱、

4月15日00時03分(3回目)マグニチュード6.4、最大震度6強、

4月16日01時25分(4回目)マグニチュード7.3、最大震度7、

4月16日01時45分(5回目)マグニチュード5.9、最大震度6弱、

4月16日03時55分(6回目)マグニチュード5.8、最大震度6強、

4月16日09時48分(7回目)マグニチュード5.4、最大震度6弱、


 ホテルの停電と断水でホテルのフロントに飲料水が用意されて懐中電灯で

暗い中を避難所へ向かうことになったが、とても、まともに睡眠をとれる

状態ではなく、ただ、呆然と過ごしていた。もちろん、列車も高速道路も

動いておらず、全く移動手段がなかった。4月17日の昼頃になり胸の痛み

がひどくなり近くの病院に連絡とったが、そのまま待機しておいてと言われ

、4月18日になって熊本日赤病院に診察してもらったが、持ってる薬を

飲むこととベッドで休むしかないと言われて、交通機関が動き出したら、

県外の医療機関に22時7分にも震度6強、午前1時25分に震度7の

地震がの短い間に3度の大きな地震が起きて、ホテルで突然、胸の痛みを

感じたが、医者はいないし病院は救急患者のため、安静にしていた。

 4月19日に福岡行きのバスが動くと連絡があり4月19日に福岡へ

移動してホテルで1泊して安静にして痛みも落ち着いたので翌日、

羽田行きの飛行機で4月20日に、みなとみらいのマンションに戻り、

けいゆう病院で診察を受けて、念のため、数日間、入院しましょうと

言われ心臓周辺の顕官の状態やエコー心電図など詳細に調べてもらった

結果、特に大きな障害はないと言われ、7日間入院後家に戻った。

 軽いショックだろうという診断であった。


 金井一郎はやっぱり我が家が一番だと言い熟睡し、2016年

のゴールデンウイークの頃には、すっかり、以前の様な体調に回復して

顔色も良くなった。その後、旧友の池上義武に連絡を取ると自宅が半壊

して困っているが怪我もなく、家族全員とも無事だったとの返事であり

安心した。ただ自宅を改修は難しく、新しく家を建てるにも経済的に

厳しいと言い、今後、経済的に困るだろうと心配していた。この話を

聞いて何とかしてやれないだろうかと、金井一郎が考え始めた。

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