泡のお説教

@goshi_kaku

第1話

夜、美大生の康太は、ぐったりしながら一人暮らしのアパートに帰る。

風呂にお湯をため、ゆっくり浸かる。

入学後、一年間先生に言われ続けている言葉を思い返す。


「お前の絵は、カタにハマっている! 今想像できないことを新しく想像するんだ!」


あのクソ教師、意味が分からないことばっかり言いやがる、と愚痴を吐きながらシャンプーを頭につける。

泡立った髪のまま、おれには無理だとため息をつきながら俯いていると、頭から風呂に落ちていたのであろう泡と泡が繋がっていき、なんとも形容し難い生き物のような形になる。

その泡が喋りだした。


「おいおい、ため息ばっかで辛気くせぇなぁ」


康太は幻覚をみるほどに疲れているのかと無視をしていたが、その泡がひたすらに喋りかけてくるので、ため息のわけを話した。

「じゃあ、想像できないとこへ来てみるか? ひと泡ふかせてやるぜ」泡がにやりと笑った。


その言葉のすぐあと、康太は自分が浸かっていた風呂に浮かぶ、ひと泡になっていた。

お湯の上をぷかぷか浮かびながら、水面から360度見渡す。

その、見たことのない視点に感動する。


「まだまだこんなもんじゃないぜ」

康太の横にいた泡がそう言うと、一瞬視界が暗転し、シュワーっと音とともに、ビールの泡になっていた。

シュワシュワ~。

大のビール好きでもある康太は、全身が味覚になったような、とてつもなく美味しい? 快感を味わう。


次に人間の口の中、唾液からできた泡になった。口の中から見ると、世界はこんなになっているのか。うおっ、こいつ喋りだしやがった。泡である康太は体をぐらぐら揺らされ、前に押し出されたり、後ろへ追いやられたり。


その次は、かわいい女の子の全身を洗う泡になった。女の子の肌にぴったりくっついたかと思うと、その子の手が、泡である康太を優しくいろんな部分へ、くまなく行き渡らせる。ただただ、天国だった。


最後にふわふわ飛ぶシャボン玉になった。ふぅっっと、無垢な子どもの一息でゆらゆら公園を飛ぶ。鉄棒をくぐって、すべり台を通り過ぎて空高く上がっていく。風が気持ちいなぁ。



気づいたら、元いた風呂の泡になっていた。隣には最初の泡。

「生まれてすぐに消えるひと泡にだって、これだけの世界が広がっているんだ」

「何千、何万倍も長生きなお前さんなら、もっといろんな世界を見れると思うぜ」

康太は一瞬感動しそうになったが──

「いいこと言っているみたいになってるけど、さっきの、ひと泡のスケールじゃなかっただろー!」そう言おうと口を開いたが、なぜだか息苦しい。思いっきりツッコミたいのに。


息苦しさは、ぶくぶくという音に変わり、ガバぁっと顔をあげたら、アパートの風呂場で溺れかけていた自分を認識する。

髪にシャンプーついたままだ……。

でも、なんだか明日は先生を見返せる気がする、と康太は思う。

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