第47話:東北への石油輸送作戦6

 鉄道による歴史的な石油輸送を目撃すべく、猪苗代湖畔で列車到着を

待っていた日本石油輸送・JOT石油部の渡辺圭介さんも、異常を察知。

過去に何度も冬場の停車事案が発生している地点は調査済みだ。同行の友人

とともに、翁島手前のポイントに車を走らせた。現場は激しく吹雪が舞う。


 驚いたことに、そこには既に5、6人の鉄道ファンが先着していた。

 視線の先にはDD51を先頭にした石油列車が立ち往生していた。

「脱出をトライしていたけど、無理っぽい」。渡辺さんに気付いた先着者

が心配そうに話しかけてきた。「雪の磐越西線、やはり甘くないな」。


 用意してきたカメラを向けるのも忘れ、呆然と石油列車を見つめる

しかなかった。会津若松駅で待機していたディーゼル機関車DE10が、

排気音を響かせながら力強く動き始めた。


 狭い車内に運転士2人のほか、線路整備、機関車接続技師など5人が

搭乗し、郡山方面にひた走る。2時間もあれば停止場所に到着するはずだ。

「頼んだぞ」。JR東日本会津若松駅長・当時の渡辺光浩さんは、DE10

に手を合わせたい心境だった。停止場所近くの橋から見守るJOT渡辺さん。

 会津若松方面のレールを眺め「応援が来るとしたらこちら側からだろう」。

独り言をつぶやく。「あ、なんかきたぞ」。現場にいた誰かが叫んだ。

「こんなに早く、嘘だろ」。


 渡辺さんは眼鏡についた雪を払いながら、遠くを見た。停車してから

まだ2時間ほどしかたっていない。DE10は石油列車の最後尾に近付き

停車。警笛が2回鳴った。乗車していた職員らが線路に降り、状況を確認、

再び警笛が2回鳴り、DE10がさらに接近し、石油列車の後尾に接続

された。DD51の運転席と通信しながら、DE10が動き出しの

タイミングを合わせていく。立ち往生していたDD51運転士の遠藤文重

さんが無線で叫ぶ。「お願いします」DE10が押す力がタンク貨車から

機関車側へ伝わっていく。


 遠藤さんは再びノッチを入れ、ゆっくりブレーキを解除していく。

一瞬甲高い金属音が響いたあと静かに、しかし力強く石油列車が動き始めた。

 「よし、動いたぞ」。遠藤さんが声を上げた。「おお、すごい」。

現場にいたJOTの渡辺さんらも思わず叫んだ。予想より早く到着した

救援機関車。近くで待機していたんだと思うと、胸が熱くなった。

 再始動した石油列車は何ごともなかったようにカーブの向こうへ消えて

いった。午前10時前、石油列車が郡山貨物ターミナル駅に入線した。


 遠藤さんは時計に目をやった。約3時間の遅れだった。やり遂げたという

思いとともに、停車の悔しさも込み上げてきた。駅にはテレビや新聞など

報道陣が集結している。カメラのレンズが運転席を狙い、盛んにフラッシュ

がたかれた。JR貨物郡山総合鉄道部の幹部が運転席に声をかける。

「ご苦労さんだったね。無事に運べて良かった、良かった。ところで

マスコミが運転士のインタビューしたいっていうんだけど、どうする」。

 遠藤さんは「ごめん、なんか遅れちゃったし、そんな気分じゃ

ないんだよね。すんません」。運転席にこもったまま、遠藤さんは目を

閉じた。停車までの手順に誤りはなかったか、ノッチやブレーキの操作、

速度を思い返した。石油輸送は明日以降も続く。


 次こそは時間通りに石油を運ぶ。そう誓った。3月27日早朝、

会津若松駅長の渡辺さんは、磐越西線の翁島駅付近を歩いた。昨日朝、

石油列車の初便が走行不能となった場所はすぐに分かった。苦闘を物語る

ように、レールには車輪の空転による幾筋もの傷がついていた。

 渡辺さんは氷のように冷えたレールを指でなぞりながら、

郡山方面に視線を向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る