第46話:東北への石油輸送作戦5

 磐越西線を郡山へ向かう石油列車。磐梯町駅を通過すると上り坂の傾斜

が増し、カーブもきつくなる。レール上で車輪が空回りしていることを

知らせる空転ランプが何度も点灯した。速度を上げれば一気に登り切れると

考えるのは素人の発想。正解は逆だ。運転士の遠藤文重さんは列車の速度

を時速40キロから30キロ、25キロと落とし、車重を使って車輪と

レールの摩擦を稼いでいく。同時に砂まきも開始した。


 車輪の横に装着された小箱には10kg程度の砂が詰められており

、ホースから車輪に向けて少しずつ砂をまき、レールとのかみ合わせを

よくする。今回のDD51は九州など雪のない地域から集められている。


 砂まき装置には急ごしらえで凍結防止のヒーターが装着されていた。

 遠藤さんは、運転席の窓を開け耳を澄ます。空転ランプだけでは分からない

車輪とレールの摩擦、砂のかみ具合を耳で判断するためだ。いつの間にか

外は吹雪だ。吹きすさぶ風の音、ディーゼルエンジンの排気音に交じって

甲高い金属音が聞こえる。「もっと速度を落とせ。砂をまけ」間もなく

翁島の駅だ。


 急カーブが眼前に迫る。速度は既に10キロ程度まで落ち、それでも

空転ランプは消えない。パワーを微調整しなんとか切り抜けようとしたとき

ひときわ甲高い音を立てて車輪は空転し、石油列車は前進をやめた。


 傾斜が落ちるカーブの出口まであとわずかだった。遠藤さんは坂道を

ずり落ちないよう、ブレーキをかけた。まだ終わりじゃない。列車が完全

に停止したのを確認してから、再度ノッチ・アクセルを入れ、機関車、

貨車のブレーキを少しずつ解除しながら脱出を試みる。自動車の坂道発進の

要領だ。車輪はレールと激しくこすれあい、甲高い金属音がこだました。

動かない。後退する前に再びブレーキをかけた。「これ以上は車体が傷む」。

 同乗していた指導員が首を横に振った。ノッチを戻し、顔を上げた

遠藤さん。辺りを見回すと、谷のような地形に雪が積もり、急カーブが迫る

景色が見えた。昔、停車したあの場所だった。悪夢が再来した格好だ。


 同乗していたJR東日本の会津若松運輸区長が線路に降りて、現場を

確認する。車輪周辺の雪がさびを含み茶色い。「レールの上に5センチも雪が

積もってるわ。ほかの列車が走っていないからさびまで浮いて…。

こりゃ石油積んで走れる状況じゃないよ。しようがないって」。


 雪まみれで運転席に戻ってきた運輸区長の明るい口調に、遠藤さんは

少しだけ救われた気がした。石油列車の運行の前に、レールは磨き上げ

られているが、震災以降ほかの列車が走っていないだけに予想以上に

さびが発生し、ただでさえ乏しい摩擦係数を引き下げたのかもしれない。


 遠藤さんは無線を取り、会津若松駅司令室を呼び出した。

「空転しつつ運転を継続するも、ついに止まってしまい、救援要請します」。

できるだけ冷静に告げたが、悔しさが込み上げてきていた。会津若松駅の

指令室には、駅長(当時)の渡辺光浩さんらJR東の職員数人が集まり、

運行情報表示装置で石油列車の運行を見守っていた。同装置は列車が

信号機などを通過するたびに画面に表示されるもの。なにごともなければ

一定のテンポで画面が動いていく。磐梯町付近で画面の動きが遅くなると、

職員から声が上がった。「頑張れ。登れ、止まるな」。


 しかし、翁島近くの更科信号所を列車が通過したデータは受信されず、

画面は動かなくなった。「止まったか? 雪だな、たぶん」間もなく無線

で救援要請が寄せられた。

「了解しました。救援車両を派遣しますので、待っていてください」。

 駅長の渡辺さんが指示を出す。「DE10、準備いいな」。

「いつでもいけますよ」。部下の声が心なしか弾んでいた。

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