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小田島はその話を一緒に住んでいる雪矢にしてみた。
雪矢は旅の薬売りだ。全国を回っている途中で小田島と知り合い、一緒に妖を退治した。雪矢の持つ妖の知識や薬が、大いに役立ち、侍と商人という身分の壁を越え、友となった。
国元を出た小田島を江戸に誘ったのも雪矢だった。その旅の途中でも、さまざまなあやしの体験をしたが、それは今は語るまい。
雪矢は小田島の話に興味を持ち、丸屋がその茶碗を買ったという焼き物屋へ行ってみようと言い出した。
すでに信吉が行ってはいたが、もしかして購入者には言えぬこともないとも限らない、と雪矢はにやりと笑った。
名前の通り雪のように白い肌と、薄い目の色をした美しい男だが、そんなときの顔はいたずらをたくらむ小僧のように見える。
女形のように優しい顔立ちで、女好きのするいい男だ。その彼がなにを気に入って自分を同じ長屋に住まわせてくれているのか、一年たってもわからない。
「あんたは頭が固いし、くそ真面目で融通がきかないし、女遊びも下手だし、料理もできない。できるのは妖を斬ることだけ」
雪矢はよくそう言う。
「そんな不器用なあんたを放っておけないんですよ。あんたは陽の気が強すぎる。その気に陰の気のものたちが引き寄せられる。まるで灯に集まる虫のように。あんたは引き寄せられた妖を斬ればいい。それをあたしが薬にする。お互い都合がいいでしょう」
しかし雪矢は一人で妖を退治することもできる。なにもお荷物な自分をしょいこむことはないと思う。
しかし、小田島は今の生活を気に入っている。長屋住まいも、雪矢も。
「謂れって言ったってね、前にも丸屋の信吉さんに聞かれましたが、これは新しいものでどんな謂れもいわくもありやしませんよ」
若旦那が茶碗を買ったと言う店の主人は、狐に似た細い目を尖らせて言った。
「それでは、あの焼き物を焼いた窯元はどうなんです?」
雪矢は店の棚に並んでいる茶碗を指で撫でながら言った。
「信吉さんが言うにはこの茶碗はけっこう安く買ったと。あたしは素人だから茶碗の良し悪しはわからりませんが、けっこうな上物なんでしょう? 窯元から安く買い叩いて恨みを買ってるなんてことは……ありませんか」
「そ、そ、そんなことあるわけないでしょう!」
店の主人は雪矢の指が触れた茶碗をさっと取り上げ、ごしごしと布で擦った。狐目がきょときょとと天井や床を見回している。
「………窯元、になにかあるのか」
小田島が低く呟くと、「ひえ」と叫んで茶碗を取り落とした。あわや床に落ちる前に、雪矢がそれをすくいあげた。
「なに、ただとは言いませんよ」
雪矢は財布から金を出した。けっこうな金額に、店の主人は渋々といった様子で話し出した。
「実はあの茶碗を焼いた窯元はもうないんですよ」
「ない? なぜだ」
小田島が眉を寄せる。
「窯元が火を出してしまいましてね、中にいた焼き物師は家族も含めてみんな焼け死んだんです。でもそんな話をすると縁起が悪いでしょう?」
主人は袖口で茶碗を擦りながらため息をついた。
「あの茶碗はその焼け跡から掘り出されたんですよ。何点か無事なものがあって、その中のひとつです」
「じゃああの茶碗は焼き物師の家族と一緒に焼かれたってことですね?」
雪矢の言葉に主人はぎょっとした顔をした。
「そ、そうはいってませんよ。窯と家族が寝起きしていた場所は別ですし。人聞きの悪いこと、言わないでくださいよ」
雪矢は別な茶碗をとりあげ爪の先で弾いた。
チーンと澄んだ音がする。
これは磁器の特徴だ。ガラスの材料で使われる長石、けい石を多く含有する石の粉を使ってあるせいでこんな金属音がする。
「もう一つ聞きたいんですがね。その焼け死んだ焼き物師の家族に娘はいましたか?」
「む、娘さんですか?」
「ええ、年のころなら十五、六の娘盛りの」
雪矢の言葉に店の主人は首をひねった。
「さあ、遠く備前鍋島様の唐津の里のお話ですから詳しいことは。ただ焼け死んだのは親子三人と聞きましたねえ」
「親子、ですか……娘とも息子ともわからないんですね」
小田島はその話を信吉に伝えた。信吉は腑に落ちた、という顔で茶碗を見つめた。
「では、あのお嬢さんはその焼き物師の方の娘さんなんですね」
「確証はない。だがその茶碗にまつわる話はそれだけだ」
「きっと娘さんなんですよ……それではこの世の方ではないんですねえ」
信吉は悲しそうに言った。
まあ茶碗の娘に恋をしても仕方がない、まして相手が死者ならいつかは信吉も諦めるだろう。小田島はそう思った。
だがそれは小田島が甘かった。
信吉はその後も茶碗の中を覗くことをやめなかった。たとえ死者とはいえ、生きて存在していたことがわかったのだ。自分の妄想ではない。
話すことも手を握ることもできなくても、会うことだけはできる。信吉の中で茶碗の娘の存在はますます大きくなっていった。
そんな折、丸屋は薬の仕入れで大きな失敗をして、借金を背負うことになってしまった。このままでは早晩店は潰れてしまう。
しかし、捨てる神あれば拾う神あり。
別な業種の大きなお店から、ぜひ信吉さんに娘をもらってほしいと言って来たのだ。その大店の娘と結婚すれば、丸屋は資金を融資され立ち直ることができる。
能天気だが孝行息子の信吉が仕事一途の父親を見捨てることはなかった。信吉は大店の娘と婚姻することとなった。
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