小説のたまご
ノーバディ
第1話 蝉
12年と3ヶ月、オレが暗い部屋に閉じ籠っていた期間だ。
オレは家族が寝静まった深夜2時に少し離れたコンビニに買物にいく。
いくつか雑誌を立ち読みし、明日食べるスナック菓子と飲料、そして野菜ジュースを1本かごに入れる。
ここの店員は「いらっしゃいませ」を言わない。それがこのコンビニを選ぶ理由だ。
声をかけられる事はとって恐怖でしかない。
月は限り無く蒼い。
月明かりさえ焼け付くように痛かった。
「明日で30か・・・」
オレは285時間ぶりに言葉を吐いた。
ノックの音で目が覚めた。
誰かがこの部屋に来るなんていつ以来だ?
「なんだよ、っせえな!」
「アキラ、開けて頂戴。少し話がしたいの」
おふくろの声だ。
「こっちには話なんてねえよ!」
「お願い、開けて」
「るせえ!」
「アキラ、開けろ」
「いいから開けるんだ」
親父の声だ、アニキもいる。何のつもりだ?
「開けないならここを蹴破る。脅しじゃない」
口調から冗談や脅しじゃない事は分かった。仕方なくカギを開けた。
三人が部屋に入ってきた。
めんどくせえ。
「アキラ、話がある」
「なんだよ」
アニキが睨みつけるような目でこっちを見てる。この真っ直ぐな目が大っきらいだ。
「オレ結婚する」
「そうか、おめでとう。
話はそんだけ?じゃあ出てってくれ」
「出て行くのはお前の方だ」
親父が静かに言った。
「え?」
親父は分厚い封筒を目の前に放り投げた。
「そこに100万ある。隣町にアパートを借りた。家賃も3ヶ月分払ってある。
今日からお前はそこに住め」
「え?」
何を言ってるのかさっぱり分からない。
「この部屋にある物は送ってやる。
それが家族としてお前にしてやれる、最後の事だ」
え?え?え?
オレは居心地の良い地面の下からむりやり引き摺り出された憐れな蝉だ。
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