Act.26『浄化の雨』

『なんだ……いったい何が起こっているというのです……ッ!?』



 2機のゼクストフレームがパズルのように組み合わさっていく過程を、“東針のデュナミール”はバリアフィールド付近の特等席から目の当たりにしていた。

 変形の妨げとなってしまう全身の装甲ドレスを一時的にすべてパージした両機は、骨格フレームを人体ではあり得ないような角度へ次々に折り畳ませる。頭部を胴体に収納し、片方の脚部は腕の位置へとスライドされ、腹部は中央から2つに分かれた後で、それぞれが別の体の部位となるべく駆動していき……みるみるうちに“ゼスサクラ”は左半身、そして“ゼスライカ”は右半身を構築していった。



IN SIDEインサイド! OUT SIDEアウトサイド!》《2つのチカラが……》


一切合切いっさいがっさい!》《今、ひとつになる!》



 激しい雨音にも負けない男女デュエットの力強いコーラスを奏でながら、合わせ鏡の巨大な半身はドッキングプロセスを開始する。

 両機は互いの機体へと接合部分を潜り込ませ、整った歯列のように噛み合わさっていく。そうして2機のゼクストフレームは合体を完了し、30メートル超のより大型な骨格フレームへと生まれ変わった。



『合体……だと!? バカな……ワタシが盗み出した資料にも、そんな機能はなかったはず……!』


ARE YOU READYアーユーレディ!?》《BREAK SHOWDOWNブレイクショーダウン!》



 驚愕に目を見開いているデュナミールの前で、すると今度は排除していたアーマーたちが、新たに完成したフレームへと再集結を始めた。

 まず“バミューダ・スクワッド”の有機的なパーツが四肢や胸部へと装着されていき、次いでそれらを挟み込むように“スティール・バイク”の無機物で構成されたパーツたちが当てはめられていく。



《さらなる高みへ──ゼクステージ!!》


『ゼクス、テージ……! これがアーマード・ドレスをも超えた、まったく新しい力だと言うのですか……ッ!?』



 最後に頭部の4つ目が閃光を放って輝き、腰の後ろへと移動したX字の推進装置から膨大な量のヴォイドエネルギーが迸った。

 赤と青。左右で違う色をしている翼を大きく広げ──ついに完成体となった“サクライカ・ゼクステージ”は、ゆっくりとデュナミールのほうへ顔を向ける。



(くっ……ダメだ、やはりヤツの思考がどうしても読めない……! 水と油のように本来ならば混じり合うことのない2人のニンゲンの魂が、あの器ゼクステージのなかで完全に溶け合っている……ッ!?)



 一歩ずつ踏みしめるように近付いてくる重い足音を聴きながら、デュナミールは自らの読心能力がまるで通用しないことによる焦燥感に駆られていた。

 まだ性能を直接見たわけではないが、それでも彼自身の研ぎ澄まされた本能がはやくも赤信号を告げている。──『間違いなくこいつはヤバい』と。


 しかしそんなデュナミールの危惧は、すぐ直後に単なる杞憂であったことが判明する。

 “サクライカ・ゼクステージ”が歩いている途中、なんと自らの足に引っかかり転倒してしまったのだ。30メートルもの巨体はそのまま地面へと倒れこみ、鈍い重低音を立てながら“デュナミール・アバタール”の目の前で這いつくばった。



『ヌ……ヌルフフ、ヌルハハハハッ!! これはケッサクだぁ! まさか1つの機体カラダ搭乗者ココロを2つも押し込めてしまったばかりに、歩くことすらままならない木偶でくぼうになっていようとは……!』



 冷静になって考えてみると、先ほどまで本気で焦っていた自分を殴りつけたくなるほどに簡単な話だった。


 そもアーマード・ドレスとは擬似神経回路を構築することによって、搭乗者があたかも自分の肉体と同じように操れることが強みの人型機動兵器である。

 そんな特性を持つ機体にアクターを2人も用意するというのは、いわば1つの肉体に対し脳みそが2つもあるようなものだ。機体に動きをうながす命令がしてしまうのも、まさしく至極当然としか言いようのない結果だった。



『そうとわかれば、このまま観察を続ける必要もありませんねぇ……』



 サクライカ・ゼクステージのあまりにも意外で、致命的な弱点。

 それを看破したデュナミールに、もはや恐れる理由など何処にもなかった。彼は巨大な蛇の尻尾を空高くに振り上げると、未だ地面へと突っ伏している敵に向かって勢いよく振り下ろす。



『スデに君たちの限界は知り尽くしましたッ! ならばあとは遠慮なくその命を刈り取り、そして人類の希望ベツレヘムツリーとやらも砕かせていただきます……ッ!!』



 最後のトドメだと言わんばかりに、“デュナミール・アバタール”は硬い黒結晶の皮膚に覆われた尾びれの鉄槌テールハンマーを力強く叩きつけた。

 その一撃をまともに喰らったアスファルトはまるで爆発が起きたかのように砕け散り、なおも余りある威力に盛大な砂煙が吹き上がる。理屈としてはあまりにも単純明快シンプルな質量の暴力は、それ故にあらゆる物体をたった一振りで破砕するほどの理不尽さを内包しているのだった。



(そう。赤子の手を捻るように……とはいえ、最後のは少々大人気おとなげなかったですかねぇ)



 オモチャが壊れたとたんに興味が失せてしまうこどものように──獲物を仕留めたことを確信したデュナミールは、つい数秒前までとは打って変わった冷めきった顔でじっと前方を見据える。

 砂煙の影響で姿はまだ見れていないが、あのフルスイングの殴打をまともに喰らったのだ。いくらパワーアップを遂げたアーマード・ドレスといえど、無事であるはずがないだろう。


 ……が、やがて視界が晴れていくにつれ、すっかり感情が消えかかっていたデュナミールの表情にも徐々に疑心の色が戻り始める。

 そして砂煙が完全に立ち退いたとき、彼は信じられない光景を目にしたように切れ長の瞳を丸く見開いた。



『!? バカな……いないッ! テールハンマーの直撃をモロに喰らい、背中から粉々に砕けているハズの……だとッ!?』



 そこに横たわっているはずの鉄屑はどこにもなく、それどころか砕けた装甲の欠片ひとつさえ地面の上には転がっていなかった。

 思いがけない事態に遭遇し、デュナミールは反射的に周囲を見回す。すると転じた視界の先──大蛇となった彼のすぐ背後に、今まさに鋼鉄の握り拳を振るおうとしている人型をした影があった。





「歯ぁ食いしばれよ、ヘビ野郎」


『いつの間にそこへ──うぼがぁっ!?』


「まずこいつは……寿子の分だぁぁぁぁぁッ!!」



 こちらに気付いたデュナミールが振り返るよりも素早く、“サクライカ・ゼクステージ”は躊躇なく鉄拳を胴体へと叩き込んだ。

 それまでどんなに攻撃を受けても微動だにすることのなかった大蛇の巨体が、ここにきて初めて大きく揺らめく。2機のパワーをひとつに束ねたゼクステージの拳は、圧倒的な壁として立ち塞がっていた無敵の侵略者へも届き得たのだ。



『まさか、攻撃される直前に発動させていたというのですか……“バミューダ・スクワッド”の固有能力ドレススキルを……ッ!』


「ああ、そうさ。……いや、正確には『いまも発動している』と言うべきかもね」


『何……?』


「このゼスライカの『深淵ゲート』を『ただ瞬間移動するだけの能力』だと思っているのなら、認識を改めたほうがいい。


 真の恐ろしさはここからだ……



 来夏が呪文スペルを唱えるように告げた瞬間──“デュナミール・アバタール”がつい先ほど殴られた箇所を中心として、黒結晶の皮膚が

 空間に生じた裂け目クラックは瞬きもする間もなく復元されるが、同時に計り知れないほどのダメージが“デュナミール・アバタール”の元へと還元される。あまりの破壊力に、大蛇はその体を何度も痙攣させて悶え苦しんだ。



『ぐぎゃあああああああああああっ!!?』


「触れたり殴った場所に、異次元へのトンネルをつくり出す……そして一度“穴”に捕らえられれば、たとえ何者だろうと逃れることはできない!」



 まず殴った相手の体に“入り口”を付与し、さらにそのドアを勢いよくことによって追い討ちのごとくダメージを与える──まさに二段構えのパンチ。

 2つの装甲ドレスを同時に身にまとうゼクステージは、“バミューダ・スクワッド”のもつ固有能力ドレススキルを一切の遺漏いろうなく引き継いでいた。


 無論、“サクライカ・ゼクステージ”の持つ能力はその1つだけではない。



『! エネルギーが、ごっそり奪われている……ッ!? こ、このチカラは……まさか……ッ!?』


「へへっ、どうやら相当効いてるみてーじゃねえか……俺の拳がよォ」



 殴った相手のヴォイドエネルギーを奪い、自分のものとする。それこそが“スティール・バイク”の持っていた固有能力ドレススキル、その名も『奪取ダッシュ』である。

 この世のあらゆる理不尽に対する朔楽の怒りがこもった拳は、まるで即効性の毒のように“デュナミール・アバタール”の体力を奪い去ることに成功していた。


 うまく立ち上がることもできない様子の大蛇に向かって、それまで空中で静止していた“サクライカ・ゼクステージ”がゆっくりと動き出す。

 そして長らく続いていた宿敵デュナミールとの因縁にも終止符を打つべく、再び握られた拳がそっと振り上げられ──



『ヌ、ヌルフハハ……。アウタードレスや固有能力ドレススキルはその者の人格や深層心理を模倣トレースしたモノであるとよく言われますが……その理屈にのっとって言えば、その『奪取ダッシュ』という能力こそ“君という人間の本質”ということになりますねぇ……』


「何……?」



 みすみす聞き逃すわけにもいかないようなデュナミールの発言に、朔楽は殴りかけていたゼクステージの拳をピタリと止めた。

 すぐにトドメを刺されることをどうにか免れたデュナミールは、やや声を上ずらせながらも……しかしどこか愉しげに言葉を紡ぎ続ける。



『ヌルフフ……キミ自身もわかっているはずです……その拳では人に何かを与えることなどできないと、誰かを幸せにすることなどできないと……!』


「……っ」


「サクラ、聞くな! ただの見え透いた挑発だ……!」



 危機を感じた来夏がとっさに2人の会話を遮った、その刹那であった。



『ヌルフハハッ!! これだから地球人というのは実にわかりやすい……ッ!!』



 朔楽たちが見せたほんの一瞬の隙を突くように、ゼクステージの横合いから尻尾のフルスイングが迫りつつあった。

 どうやらデュナミールが言葉による動揺を誘っていたのも、この不意打ちを成功させるための布石だったということらしい。


 敵の術中に嵌められていたことに遅れて気付いた2人は、すぐに中断していた攻撃を再開しようとする。……が、パンチよりもリーチで勝る尻尾のほうが相手の元へと届くのは圧倒的に速い。



『勝ったッ!』



 今度こそ自らの勝利を確信したデュナミールが、そのように叫んだ。

 次の瞬間、後方に向かって勢いよく吹き飛ばされた。



『な……何ィッ!?』


「“射出される拳弾ナックルバレット”──どうやらアンタの姑息な手なんかよりも、俺たちの真正面からのパンチのほうが速かったみてーだな」



 そのように語る朔楽たちの機体は、なんと肘から先が切り落とされたかのようになくなっていた。

 否。ゼクステージはリーチの差を埋めるべく、のである。



『ロ……ロケットパンチだとぉ!? そんな古典的な攻撃に、このワタシが敗北するなど……ッ!』


「……たしかに『奪う』ってーのはちと聞こえが悪ィかもな。でも最近は段々とよォ、こうも思うようになってきたぜ……」



 ゼクステージは船が錨を引き上げるように、触手のアンカーに繋がれた右腕部を再度接続する。

 そして目の前ですっかり動揺しきっているデュナミールへ詰め寄りながらも、朔楽は自身の能力に対する答えをはっきりと告げた。



「俺の『奪取ダッシュ』はきっと……でっけぇ力を間違ったふうに振りかざすてめーみたいな悪党に、『暴力チカラを使わせないための能力チカラ』なんだってな……!」


『なっ……!?』


「てめーにはもう渡さない……このチカラは、俺が正しいと信じたものの為に使わせてもらうぜ……」



 ここで宿敵との決着をつけるため──そして人々が流し続けている涙を止めるため、ついに“サクライカ・ゼクステージ”が一歩前へと動いた。



「いくぞライカ、全開だぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


《“ゼクステージ”!! C-C-C-CLIMAXクライマックス ACTIONアクション MODEモード!!!》



 フルスロットルのヴォイドエネルギーを、右の拳に集中させる。すると力が臨界に達したことを示すかのように、手首に青い光のリングが出現。握った拳を相手へと向け、アンカー付きの前腕部を勢いよく射出した。

 弾丸のように放たれた拳が命中し、“デュナミール・アバタール”の巨大な体が後ずさる。そこまでの動きは、先ほど攻撃を与えたときと殆ど同じだった。



「“アーテリーベイン・スタンピード”……!!」



 だが、ゼクステージの猛攻はまだ終わらない。

 射出した右腕を本体へと呼び戻しつつも、今度は空いている左手の拳を“デュナミール・アバタール”の怯んでいるボディへと叩きつける。その手首には右手と同じように赤いリングが現れており、凄まじい破壊力を秘めた二連撃がデュナミールへと襲いかかった。



「うおらァッ! うぅららららららららららららぁぁぁぁッ!!!!」


『くっ……ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?』



 またしてもゼクステージの拳は止まらない、止まれない。

 左拳で殴り、殴った腕を呼び戻しながら右拳で殴り、また腕を戻しながら再び逆の拳で殴りつけ──その一連の動作をただひたすらに繰り返す。

 一拳一叩、全てが必殺。しかも怒涛の連続パンチを浴びせ続けるゼクステージは息切れを起こすばかりか、却って攻撃を繰り出すごとにパワーもスピードも強めていった。


 やがて渾身の力をこめたアッパーカットを最後に、暴雨のごとき正拳突きのラッシュもそこで止まる。

 上空へと打ち上げられた敵の行く先を目で追うことなく、ゼクステージは静かに背をひるがえした。殴り終えた朔楽は、コントロールスフィアの中でゆっくりと目を閉じ──それまでじっと口を閉ざしていた来夏が、そっと顔を上げる。



一切、終劇オール・クローズ



 その号令ことばが合図となり──拳を受けた部分に黒い斑点はんてんのように付与されていた無数の“穴”たちが、

 一箇所に集まったシャボン玉が連鎖的に破裂していくように、空間の復元にともなう膨大なダメージが暴力的なまでに“デュナミール・アバタール”へと蓄積されていく。そしてとうとう限界を迎えた大蛇の巨体は、溢れ出んばかりの屈辱を全身の黒結晶ともども飛び散らせた。



『馬鹿な……こんな辺境の餌場ほしで、獲物にんげんなんぞにこのワタシがぁぁぁぁッ!!』



 聞いたものを呪い殺しそうな怨念がましい絶叫とともに、“東針のデュナミール”の野望は空の上で花火のごとく盛大に打ち砕かれる。

 今ここに、未来は選ばれた。戦いに勝利し、次の世代へと駒を進めたのは、朔楽たちの乗る希望の箱舟さいごのとりで──決して絶望にも屈しなかった機械仕掛けの巨神“サクライカ・ゼクステージ”のほうであった。



(やっと……終わったぜ、寿子……)



 戦闘が終わり、静まり返ったコントロールスフィアの中で、朔楽はポケットの奥底にずっと閉まっていたあるものを取り出す。

 手にぎゅっと握りしめたそれは、かつて恩師から贈られた“合格祈願”のお守りだった。ストラップの紐は千切れており、朱色の布も靴底で踏みつけられたことでボロボロに傷んでしまっているが、それでもこの護符が自分を見守ってくれていたから勝つことができたのだ──と、朔楽は信じたい。



(これできっと、ぜんぶ元通りになる。これまであんたと二人三脚で頑張ってきたことも、俺がに生きようとしていたことも……)



 ようやく目撃を遂げた朔楽の心は、しかし不思議と昂揚や喜びで満たされることはなかった。

 当然である。彼がここまで戦い続けたのは、自分が傷つけてしまった相手をあくまで『日常』の世界へと帰してやるためだったのだから。そして別れの瞬間も、もはや惜しむ間もなく刻一刻と近付きつつある──



(……すべて、元通りリセット……だぜ……)



 言いようのない空虚感を支配されながらも、朔楽は静かに天を仰ぐ。

 とめどなく降り続ける昼下がりの驟雨スコールは、まるで心の濁りを洗い流してくれるかのようで、ひどく心地がよかった。

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