Act.24『泣き出しそうな空の下で』

「デュナミール……? どういうことだ、田中!」



 自分のマネージャーだったはずの人物から正体を打ち明けられてもなお、理解が追いつかない来夏はしばらく固まってしまっていた。

 次第に深刻な表情へと変わっていく彼と反比例するかのように、“東針とうしんのデュナミール”と名乗った存在はさらに薄ら笑いを強めていく。



「そうですねェ……地球人類きみたちにもわかりやすいように言葉を選ぶとすれば、『外宇宙からの侵略者』といったところでしょうか」


「なっ……」


「ヌルフフ、まるでSF映画みたいって思ったでしょう? そう! 今まさに君たちの星は我々から狙われているのですよ……


 いいや、ここはあえて『もうすでに魂を売り渡した輩がいる』と言ったほうが愉快ですかねぇ?」



「……っ! お父さんが……」



 母星を裏切り、そして侵略者アクマと契約を交わした裏切り者──その人物こそが冬馬創一であるということは、もはや火を見るよりも明らかであった。



(それに、異星人だと……そんなものの存在まで認めろっていうのか……?)



 衝撃のあまり目眩がするのを感じた来夏は、思わずその場で立ち眩んでしまう。

 およそ頭で受け止めきれる許容量をはるかに超えた情報の嵐に、来夏自身が呑み込まれそうになっていた。



「──……イカ!」


「…………」


「しっかりしろ、ライカ!」


「!」



 すぐ隣から名前を呼ぶ声が聴こえ、そこで来夏はようやく我に帰る。

 そしてふと左側を見やると、いつの間にか手をぎゅっと握られていることに気付いた。温かく、それでいてがっしりと固い肌の感触は、動揺しきっていた来夏の心にも次第に安らぎを与えていく……。



「あいつの言うことは、とりあえずぜんぶ受け流しとけ。考えるよりも先に、やらなきゃいけねぇことがあるはずだぜ……俺たちには」


「サクラ……その、手……」


「やっぱりまだ怖いか?」


「……ううん。君なら、きっと平気」



 男に触れられることを拒絶していたはずの来夏の手も、今はピタリと震えが収まっていた。

 決して恐怖症を克服できたわけではない。それはひとえに相手が女性と見紛うほどに可憐な装いを着こなしてるおかげでもあったが──それ以上に『こんな自分を信じてくれている馬鹿やつがいる』という嬉しさが、恐怖をも帳消しにしてくれたのである。


 彼の──麻倉あさくら朔楽さくらの想いに、僕も応えたい。


 そんな来夏のひたむきで強い意志が、彼自身をたったいま向き合うべき現実へと呼び戻したのだ。



「相手が何者だろうが関係ねぇ、俺はただ俺の道を走るだけ……お前もそうだろ、ライカ!」


「そうかもしれない……いや、そうだ。いま僕たちがやるべきなのは、ヤツから街や人々を守ること。戦う理由はそれだけで十分だ……!」


「ヌルフハハ! よろしい、シンプルで大いに結構! 君達のように絶望を乗り越えた者ほど──」



 それまでおどけた笑みを浮かべていたデュナミールの表情が一変する。

 獲物を前に舌舐めずりをする蛇の顔がそこにはあった。



「──


御託ごたくはいいからさっさと出しな……てめーの“アンノウン・フレーム”をよ……」


正体不明アンノウン? ……ああ! 君たちはワタシ達の力そのように呼称んでいるのでしたねぇ」



 一瞬だけみせた冷酷な表情は、またすぐに鳴りを潜め──デュナミールは何事もなかったかのように、いかにもわざとらしくとぼけてみせた。

 そして曇天を仰ぐように両手を広げながら、ベランダの手すりに立った彼はゆっくりとを告げる。



「ならば教えてあげましょう、そして刮目かつもくせよ。現われ出でしは我が化身、その身姿を焼き付けるがいい──“デュナミール・アバタール”!!」



 まるで天からの迎えに導かれていくかの如く、デュナミールの身体がそっと浮上してゆく。

 刹那。空中に静止した彼の肉体から、なんと黒い岩石のような物質が土石流のように溢れ出した。


 ものの一瞬で体積をはるかに越えた量が放出されたは、やがて灯りに群がる羽虫のようにデュナミールを中心として集まっていき、巨大な手脚、胴体、そして頭部を形作っていく──


 徐々に“人型”となりつつある黒い物質の集合体は、ついに朔楽たちにとってもひどく見覚えのある姿へとを遂げてみせた。



「あのアーマード・ドレスもどき……どうやらただの猿真似ってわけではなかったようだね」


「けっ、ロボだろうが生モノだろうが知ったこっちゃねぇな。それよかアイツには貸しているモンがたくさんあるんだ……返してもらうぜ、今日こそは」



 住宅街から離れていく化身アバタールの後を追うように、朔楽と来夏もすぐにベランダへと飛び出していく。

 手は繋いだままで、お互いに勇気を渡し合いながら──ふたりはゼクスブレスを付けたもう片腕を天高くへと突き上げ、そして叫び上げた。



「来やがれ、ゼスサクラぁぁぁぁぁッ!!」


「来い、ゼスライカ……っ!!」



 その呼びかけに対し瞬時に応じたかのごとく、彼らの頭上に2機のゼクスト・フレームがワープアウトする。

 そして機体から発せられたオーロラを彷彿とさせる反重力のベールが彼らを包んでいき、朔楽たちは吸い上げられるようにしてそれぞれの乗機へと乗り込んでいった。



「ライカ! デュナミールの目標は“ベツヘレムツリー”だ、絶対にヤツを行かせるな!」


《了解、ここで食い止める……!》



 ライブ直前でいつもそうしていたように──ゼクストフレーム同士で拳を突き合わさせ、『SakuRaik@サクライカ』の2人は互いに気持ちを高め合う。

 それと同時に、ゼスサクラはゼスライカをことでヴォイドエネルギーをわずかにだが譲り受けていた。これで自力ではヴォイドを発生させることが苦手な朔楽も、すぐにドレスアップが可能となる。



SETセット OKオーケー! DRESS UPドレスアップ STAND BYスタンバイ!! FEフィ-FEフィ-FEフィ-FEATURINGフィーチャリングスティール・バイクバミューダ・スクワッド”!!!》



「ドレスアップ・俺!」 《……ドレスアップ・ゼスライカ……!》



LET'Sレッツ レツ! 奪取ダッシュDASHダッシュ! みちZE 強引ゴーインMY WAYマイウェイ〜!》


LOSTロスト SIGNALシグナル! スルトドウナル? ちょうじょうしっそう、スベテハス──!》


換装完了コンプリート……っしゃあ! いくぜぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」



 飛翔していく敵を追跡するべく、即座にドレスアップを果たした“スティール・ゼスサクラ”と“バミューダ・ゼスライカ”も上方へと向かって舞い上がる。

 やがて灰色がかった雲の中へと突入したところで、ピタリと上昇を止めた“デュナミール・アバタール”が急旋回してこちらを振り返った。どうやら相手もここで自分たちを迎え撃つつもりらしい。



『やれやれ、ストーキングされるのはあまり好きではありません……なので少し遊んであげましょうかねぇ!』



 電波による通信ではない。脳に直接デュナミールの声が響いた。

 言いながら上段蹴りを繰り出してきた彼のアバタールに対し、朔楽はとっさに両腕をクロスさせて攻撃を受け止める。



「へっ、よく言うぜ! 前回はあんなに追い詰められていたクセによぉ……!」


『……言っておきますが、君たちを倒そうと思えばいつでも始末することができたのですよ。やらなかったのは、単にそれがワタシの主義ポリシーに反していたから……たったそれだけの理由で、君たちは“生かされていた”というワケです』


「……っ!?」



 朔楽が動揺の色を示したのは、蹴りをガードした“スティール・ゼスサクラ”の腕がみるみるうちに凍り付いていくのを目撃したからであった。



(こいつは寿子のドレスの『水分を凍らせる』能力! ……まさか、装甲に付着した“雲の水分”を利用しやがったってのか!?)


『瞬殺、暗殺、毒殺、謀殺等々エトセトラ……そんな勝利にいったい何の価値があるというのでしょうか。こう見えてもワタシは美食家グルメでしてねぇ、味の探求には余念がないのですよ……』


「くっ……!」


『じっくりと火を通し、いためつけるッ!! 遥かなる高みから圧倒的な力量差で甚振いたぶることこそが、ワタシにとって最上級の悦楽えつらく……つまりは“趣味”ッ!!』


「この野郎ォ……!」


『おっと失敬、通しているのは火ではなく氷でしたか! ヌルフハハハハハハッ!!』



 宣言通りすぐにトドメを刺そうとはせずに、すっかり慢心したデュナミールが高笑いを上げていた──


 そのとき、彼の化身アバタールの真後ろにある空間に“出口ゲート”が音もなく出現したのを、朔楽は決して見逃さなかった。



「……へへっ。そういうセリフはよォ──」



 何かを確信したように口元を綻ばせた朔楽をみて、それを不審がったデュナミールがわずかに表情をいぶかしめる。

 次の瞬間。ワームホールから飛び出した“バミューダ・ゼスライカ”は瞬時に“デュナミール・アバタール”の死角へと迫るや否や、隙だらけの背中に指を組んだ両手をハンマーのごとく叩きつけた。



『ごはっ……!?』


《──僕たちを倒してから言うんだね……》



 墜落していく敵を冷ややかに見下ろしながら、呆れたように来夏が呟く。

 空中にて再び隣り合わせとなった2機のアーマード・ドレスは、。それぞれ深蒼あお紅蓮あかに彩られた余剰エネルギーを比翼のように広げて、決して1人では飛べない片翼の鳥たちはゆっくりと地上へ降り立っていく。



『……あ、ああ……イイ、実にすばらしいですよ君たち……よくぞここまで、甘美に熟してくれましたねぇ……』



 一方で思わぬ不意打ちを食らってしまったデュナミール・アバタールは、都市の中心部にある高速道路へと叩きつけられていた。

 幸いにも交通していた車両の退避は完了しており、落下地点の周辺に人的被害は見受けられない。高高度から突き落とされたことでかなりのダメージを負っている様子だったが、大の字に倒れながらもデュナミールは相変わらず嬉しそうな微笑みを浮かべているのだった。



『いやね。ワタシたちの持つ読心能力はたしかに“ただ敵を倒す”ためならば有用ではあるのですが、美食を重んじる身としてはいささか不便に思うことも多かったのですよ。敵の手が読めてしまう戦いゲームほど退屈なモノはありませんからねぇ』


「此の期に及んで口が減らねぇヤツだな……まだ殴られ足りねーかコラ」


『いえいえ! ワタシは本当に嬉しいのですよ……そしてもっとじっくり味わいたい。未来への希望を決して捨てない君たちの表情かおが、恐怖と絶望に塗り替わる──その瞬間をね』



 デュナミールが歪に口元をゆがめた、そのときだった。

 擬似神経回路の形成によって皮膚感覚と同期シンクロしている装甲表面に、ふと冷たい感触が当たったことに気付く。

 すぐに朔楽が空を見上げると、ぽつりぽつりと雨が降り始めていた。それもどうやら俄雨にわかあめのようであり、雨脚の勢いは数秒と経たずにどんどん激しさを増していく……



《……っ、マズいサクラ! この雨は……!》



 何かに気付いた来夏が、ハッとしたように声を上げる。

 だが、遅すぎた。



『ヌルフハハハハハッ!! 素晴らしい!! この“東針のデュナミール”が迎えようとしている至高の絶頂ひとときを、天までもが祝福してくれている……ッ!』



 その間にもデュナミール・アバタールは即座に身を起こし、そして足底のブレードをへと突き立てていた。

 すると水分を凍らせることのできる“フロスト・フラワー”の冷気を帯びた刃は、みるみるうちに進路上の道路を凍てつかせていく。


 そう。スケート靴で走るための氷の道を、なんとデュナミールは『移動しながら濡れた地面を凍らせていく』という奇策により可能にしてみせたのであった。



「くそっ、待てよてめぇ! 逃げねーで正々堂々戦いやがれ!」


『言ったはずですよサクラくん、これは趣味だと! 獲物のまだ見ぬ“味”を引き出すためなら、ワタシは定石も奇手も問わずあらゆる手を尽くすことやぶかではない!』


「何だと……!?」


『さあさあ、いったい次はどのような手を打ってくるのです!? はやくワタシに追いつかなければ、そちらのゲームオーバーとなってしまいますよ!』



 すぐにゼスサクラとゼスライカも後を追おうとするも、スピードスケーターさながらのフォームで氷上を疾走する“デュナミール・アバタール”との距離はどんどん離されていった。

 このまま高速道路ハイウェイを進ませてしまえば、敵がTOKYOトーキョーベツレヘムツリーのふもとに辿り着いてしまうのも時間の問題となってしまう。そうなってしまえば最後、メリーたちが5年以上を費やした計画も無駄に終わってしまう──!



「ライカ! お前のゼスライカの能力を使って追いつくことはできねぇか!?」


《まったく不可能ってわけじゃあない……けど、“あっち側”では地図マップもセンサーも機能しなくなるから。あいつのいる座標にピンポイントで飛ぶことは難しいかも……》


「常に動き続けている敵には不向きってコトか。……くそっ、もっとスピードが出せる乗り物があれば……」



 などと無茶の一つも言いたくなってしまう状況だったが、残念ながらアーマード・ドレスにそのようなサポートメカや拡張装備は存在していない。

 敵のスピードに追いつくためにはどうすれば──迷いあぐねた朔楽が意味もなくコントロールスフィアの中を見回していたそのとき、彼はふと視界に飛び込んできたものに目を引かれた。


 機体の簡略図が映し出されたサブモニター。

 そこに描かれているインナーフレーム“ゼスサクラ”の全身には、脚部のタイヤや肩の排気マフラー、胸部のエンジンなど、オートバイを構成するパーツを模したアウタードレスがいたる箇所に装着されている。



「……いいや、だったらいっそなればいいじゃねえか。よぉ!!」



 “バミューダ・スクワッド”の触手や“フロスト・フラワー”のスケート靴など、これまでに彼が出会ってきたアウタードレスは、いずれもドレスのパーツを武器や機能として扱っていた。

 ならばこのタイヤやエンジンだって、決してただのお飾りではないはずだ──そう強く思う搭乗者アクターの意思に呼応したかのように、突如として“スティール・バイク”のアーマーが変形を始めた。



《“スティール・バイク”!! T-T-T-TRANSFORMトランスフォーム VEHICLEビークル MODEモード!!!》



 両足のタイヤがそれぞれ前後にスライドし、胴体部のエンジンやマフラーも車体の下部へと移動していく。

 右腕が座席となり、左肩はタンデムシートに。そして頭部はそのままヘッドとなり、ゼスサクラはまたたく間に人型からバイク形態への変貌トランスフォームを遂げたのだった。



《……!!? ゼスサクラが、バ……バイクに変形した!?》


「ライカ、さっさと乗れ! これなら奴に追いつける!」


《……ほんと、君といると退屈しないよ》



 色々とツッコミたい気持ちを抑えつつも、ひとまず来夏は言われた通り“バミューダ・ゼスライカ”をシートの上にまたがらせた。

 そして遠くなっていく敵の背中をすぐに追いかけるべく、アクセルを一気に回して車体を急発進させる。かくして雨が降りしきる都会のハイウェイを舞台に、巨大人型ロボット同士による前人未到の追跡劇カーチェイスが始まろうとしていた──

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