lV.女双劇破

Act.21『夢の轍』

 麻倉朔楽の眼前に、知らない情景が広がっていた。


 ──どこだよココ……てか、いつの間に俺はこんなところに……?


 なぜ自分がその場所にポツリと立っていたのかさえもわからぬまま、とりあえず辺りを見回してみる。

 どうやらここは、閑静かんせいな住宅街にある小さな公園のようだった。

 といっても滑り台やブランコといった遊具はほとんど撤去されてしまっており、残っているのはせいぜい砂場とベンチ程度。とてもこの場所に来た子供たちが心踊こころおどるとは到底思えない、殺風景さっぷうけいを極めたような場所だった。



(族の集会とかにはちょうど良さげだけどな……ん?)



 そんなことを考えながら公園を見渡していたとき、ベンチにぽつんと3〜4歳くらいの子供がひとりで座っているのが見えた。

 ショートボブの黒髪に、白いダッフルコートとマフラーという出で立ちをしたその人物は、少年とも少女ともとれる人形のように整った顔をうつむかせている。



「ライ……カ……?」



 確証があるわけではないが、なぜか直感的にその名前を口に出している自分がいた。髪はまだ銀色に染めていないものの、今と変わらない繊細で儚げな雰囲気をまとっているような気がしたのである。


 ……とはいえ冷静になって考えてみると、目の前に小さくなった来夏がいる状況など現実的にあり得るはずがない。それにしては顔立ちに数年前までの面影が色濃く残っているような気もしてならなかったが……おそらくは他人の空似か、やはり他人の空似だろう。


 その表情がどこか悲しげに見えた朔楽は念のためもう一度まわりを見渡したが、やはり保護者らしき人物の姿はどこにもない。

 しばらくはそのまま何もせずに眺めていたが──さすがに心配になってきたため、近くまでいって声をかけてみることにした。



「どうしたんだボウズ、迷子か?」



 ベンチの空いているスペースに腰掛けながらたずねると、子供は小さく首を横に振った。



「……ううん。おとうさんに、ここでまっててってゆわれた」


「そか、親父待ちか」



 子供はコクリとうなずいてみせたものの、その表情は心なしか自信なさげのように朔楽には見えた。

 それに父親が戻るのを待っていると言うが、一体どれくらいの間このベンチに座っていたのだろう。少なくともほんの数十分程度でないことは、冬の寒さに身を震わせていることからも明らかだった。



(まさか、置き去りとかじゃあねーだろうな……)



 少年を取り巻いている状況からそこはかとない事件性を感じ取ってしまった朔楽は、親切心から子供に訊ねる。



「なあ、家の連絡先はわかるか? それか住所とか」


「おうち?」


「もしかしたらお前の親父さん、先に帰っちまってるかもしれねぇからさ。もし近くならお兄さんがウチまで送ってってやるよ」


「……でもぼく、おうちしらない」


「えっ」


「ぼくとおとうさん、ずっとしてるから」



 思いもよらぬ言葉が少年の口から出てきたため、朔楽は思いがけず困惑してしまう。

 『ずっと旅をしている』──とは言うものの、着ているコート以外はとくに何も身につけていない子供が、世界一周旅行をしている最中にはとても見えない。しかもこんな観光地でも何でもないただの住宅街に、はるばる旅行者が訪れるとも到底思いがたかった。


 それに、自分の住んでいる家を知らないとは一体どういうことだろうか……そこまで考えて朔楽は、たかが3〜4歳程度の子供の言うことを真剣に考えてしまっていた自分が馬鹿らしくなってしまう。



「あー……わかった、だな! 俺もちっちゃい頃よくやってたぜぇー。ところでボウズ、名前はなんていうんだ?」


「……ぼくのなまえ、“   ”」


「へ、へぇ…………すっげぇ偶然……そんじゃあ、“   ”。ずっとここに居んのも退屈だろうし、親父が帰ってくるまで俺が遊び相手になってやんよ」


「? ほんと?」


「おうっ、ホントにホントだ」



 朔楽がこころよくうなずいてみせると、それまで暗い面持ちだった少年にも少しだけ笑顔が舞い戻った。



「ありがと、おねえちゃん!」


「……おさんな?」



 無垢な眼差しをこちらに向けてくる少年に、いささか照れ臭さを感じてしまった朔楽は──



(なんだ、アイツと違ってぜんぜん素直じゃあねえか)



 ここにはいない人物の顔を思い浮かべながら、しばらく子供の遊び相手になってあげることにした。

 といってもこの公園に遊具の類はほとんど無かったため、出来ることといえばもっぱら砂場遊びくらいのものである。なのでしばらくは会話をしながら少年が砂の城を作っている様子を見守ったり、それにも飽きてきたら今度は朔楽も一緒になって◯×まるばつゲームをしながら過ごした。


 どれくらいそうしていただろう。

 陽も落ちて辺りが暗くなってきた頃、ふと公園の入り口から近付いてくる足音が聞こえた。少年が立ち上がってそちらを振り向いたため、朔楽も釣られて視線を向ける。



「おっ、来たか」



 公園にやってきたのは、高価そうなスーツに身を包む大人の男性だった。

 やや横に広い体系をしたその人物は、隣にいる少年の姿を見るなり真っ直ぐこちらへ向かってきている。彼こそが長らく待ち望んでいた迎えであるということは、少年を見つけてホッと安堵したような表情を浮かべていることからも明らかだった。



「ハハッ、よかったなぁボウズ! やっとこさ親父が迎えにきてくれて──」


「…………じゃ、ない……」



 今にも消え入りそうな小さな声で、少年が何かを呟いた。

 すぐに朔楽が聞き返すと、少年はこちらへ向かってくる男の顔を不思議そうに見つめながら、ただ一言だけ率直な感想を洩らす。



「あの人……おとうさんじゃ、ないよ」


「えっ……?」



 自分の待っていた父親ではない──と、確かにそう言った。

 しかし男性のほうは少年の目の前までやってくると、わざとらしいほどに敵意を感じさせない笑みとともにそっと手を差し伸べる。



「こんなところにずっと居て、お腹を空かせているだろう」


「おじさん、だあれ?」


「おっと失礼、私は君のお父様の友人でね。わけあってここへ来れなくなってしまったらしく、代わりに迎えに来るよう頼まれたのさ」



 男性が淡々と素性を明かすと、それですっかり安心した少年はなんの疑いもなく差し出された手を取った。

 しかしその様子を横で見ていた朔楽は、男性への不信感をいまひとつ払拭ふっしょくしきれずに問いかける。



「おい待てよ。あんた、本当にこいつの親父の知り合いか?」


「今日はもう遅いから、私の家に来なさい。温かいご飯とお風呂がある」


「…………っ」



 まるでこちらの声が聞こえていないかのように、男は朔楽の存在を完全に無視したまま少年の手を引いて歩き出してしまった。

 その潔いまでのスルーっぷりに、朔楽は思わず唖然としたまま固まってしまうが……見ず知らずの人物に少年が連れて行かれそうになっている状況を思い出し、慌てて男の背中を追いかける。



「待てって言ってんだろうが! ……ッ!?」



 だが男の肩を掴もうとして伸ばした手は、まぼろしかあるいは立体映像ホログラムに触れているかのごとく男の体を透き通ってしまう。


 否。透けているのは男の体ではなく、朔楽のほうだった。

 自分の身になにが起きているのかもわからないまま、それでも彼は何度か男の行く手を阻止しようと試みる。

 が──その手はいかなる物質にも触れることができず、呼びかけた声も男にはおろか少年の耳にさえ届かない。

 まるで自分だけがとつぜん世界のことわりから弾き出されてしまったかのように……言葉では言い表せない超常的なナニカが、目の前で起きている事象への介入を許してくれなかった。



「くそっ、どうなってんだよコレ……いったい何が起きてんだ……!?」



 そうしている間にも、どんどん少年の背中はこちらの手の届く範囲から遠ざかっていく。

 このまま男を行かせてはならない──朔楽の中の動物的な直感が、そのような警告音を鳴り響かせていた。ゆえに彼は、たとえ無駄だとわかっていても必死になって少年の名前を呼び叫ぶ。












「ライカぁ…………っ!!」






 覆いかぶさっていた毛布を勢いよく押しのけ、朔楽は天井に向かって叫びながら飛び起きた。

 慌てふためいた様子で周囲を見回し、そこで彼はたったいま自分のいる場所が、親友こと龍暮りゅうぐれ夕二ゆうじの私室であることに気付く。しばらく家に泊めてもらうことになったため、朔楽はこうして未来の猫型ロボットよろしく押入れの中に布団をいて寝床としていたのである。


 そう。先ほどまでの出来事は、すべて夢だったのだ。



(ったく、我ながらなんつー夢を見てんだ俺は……設定もわけわかんねーし……)


「うぅぅ朔楽さんよぉ、起きたんならさっさとそのうるせぇアラーム止めてくんねぇかぁ……? 俺ってば土日は10時までは絶対起きねぇって決めてんだからよぉ……」



 朔楽が先ほど見た夢の内容をぼんやり振り返っていると、引き戸の向こう側から夕二のあくび混じりな声が飛んできた。

 目覚まし時計をセットした覚えはなかったが、どうやら左手首につけたゼクスブレスが先程から着信音を鳴らしていたらしい。このまま出ないわけにもいかないため、朔楽はまだ眠たい頭に鞭を打ちながらも通話に応じる。



《おハロー! 朝ごはんはちゃんと食べたカナ? ちなみに私は毎日卵かけ納豆ご飯さ!》



 寝起きの耳にキンキンと響くような声は、メリーケン=サッカーサーのものだった。



「なんだメリーかよ……」


《あれれ、もしかしていま起きたところかい? せっかく今日のニチアサの神回についてアツい議論をかわそうと思っていたのに〜》


「いや観てねぇし……用がねぇなら切るぞ」


《き、切らないでぇ〜!? 用ある! 用あるあるだよぉ〜!》



 やたら必死そうに懇願してくる声を聞いて、朔楽は通話終了ボタンに伸びかけていた指をピタリと止めた。

 メリーは咳払いをして取りなおしてから話を続ける。



《コホン。本当は今週の『ペルソナライダー』や『ふたりはエニグマ』の怒涛の展開と伏線回収ラッシュについてアレコレ語りたいところだが、ささっと本題に入ることとしよう》


(どんだけ語りてぇんだよ……)


《ときに朔楽くん。“TOKYOトーキョーベツレヘムツリー”に行ったことはあるかい?》


「あン?」



 TOKYOベツレヘムツリー星にとどく塔。今から5年ほど前に建てられ、2037年現在においても世界一大きな電波塔としての地位を不動のものとする建物である。

 その大きさはなんと約1キロメートル。日本3大タワーのひとつともされており、国内のみならず海外からも人が押し寄せるほどの人気観光スポットとなっている場所だった。



「小5んときの社会科見学で一度だけあるぜ。そんときの事務所のやつらが気を利かせてくれて、その日だけスケジュールが空くように調整してくれてたんだっけなぁ」


《行ったことがあるなら話は早いね! ではさっそくだけど朔楽くん、今日の15:00にベツレヘムツリーの展望台まで来てもらえるかな?》


「は? なんだよいきなり……」


《あっちなみにこれは私からの個人的プライベートなデートの誘いではなく、残念ながら関東エリアの全アクターに向けた招集だよん。もし期待させちゃってたらゴメンね♡》


「マジかよ超安心したぜ」


《ひどい!? とにかく忌引きびきとかやむを得ない事情がある場合以外は基本強制参加だから、遅刻しないように来てくれたまえ〜》



 一方的に用件だけを伝えてすぐに通話を切ろうとしたメリーを、朔楽はとっさに呼び止める。



「いやいやまて。緊急招集だってんなら、せめてその理由くらい聞かせてくれてもいいだろ」


《むむむ、それについては集まってからのお楽しみってコトにしたかったんだけどナー。……どうしても聞きたい?》


「……まあ、まったく聞かねぇよりかは」


《うん、わかった! なら細かいことは追って説明するとして、先に結論だけネタバラシしてしまおうか!》



 勿体振るような前置きを挟んでから、メリーはXESゼス-ACTORアクターたちに招集をかけたその理由を簡潔に述べる。



《私たちこれからタワーでを起こすつもりだから、君たちにはそのお手伝いを頼みたいのさ!》


「…………………………………………はぁ!?」



 とんでもなく明るいノリで犯行予告を告げられてしまった。

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