Act.19『逆襲のスティール・バイク(下)』

 来夏の目の前に現れた“アンノウン・フレーム”は、つい先ほど倒したはずのメディカル・ドクターの構成パーツをその身にまとっていた。


 もっとも装甲表面はこちらの必殺技ローレライ・バニッシュを喰らったこともあり既に相当ダメージを負っている様子だったが、そんな楽観も直後にはかき消されてしまった。“アンノウン・フレーム”の嵌めたグローブの指先から光の繊維が伸び、損傷箇所をみるみるうちに治癒させ始めたのである。



(! まさかこいつ、奪ったドレスの能力スキルまで使うことができるのか……?)



 だとすれば相当に厄介な相手である。

 仮にゲームで例えるとすれば、それこそ(ただでさえ強い上に)体力の全回復呪文まで使えてしまうボスキャラのようなものだ。エネルギーゲインの量も定かではない以上、持久戦に持ち込むのはあまり得策ではないと言えるだろう。


 ──だったら、回復する間も与えず一撃で……!



「イカスミ・ディスチャージャー!」



 来夏が叫ぶと、“バミューダ・ゼスライカ”は装甲の隙間から墨汁のように黒いすみを放ち出した。

 海水に混じった墨は煙幕えんまくのごとく広がっていき、またたく間に周囲を機体ごと覆い隠す。そして再び視界がクリアになってきたとき、すでに“アンノウン・フレーム”の目の前にゼスライカの影はなかった。



「距離は関係ないと言ったろ……!」



 標的を見失い、呆然ぼうぜんとそこに立ち尽くす“アンノウン・フレーム”。

 そのすぐ背後で“出口”は唐突に現れ、そこから這い出てきたゼスライカが一気に奇襲を仕掛ける──



「!?」



 が、出現と同時に差し向けた10本の触手は、信じられないことにすべてかろやかにかわされてしまった。

 まるでサーカスのように至近距離からの攻撃をくぐり抜けた“アンノウン・フレーム”は、ゆっくりとこちらに頭を回す。このまま接近を許してしまえば、いまのヴォイドエネルギーを消耗しきったゼスライカでは確実にパワー負けしてしまうだろう。



「くっ……! なんて強さだ……」



 なにもかもが未知数な敵を前にして、来夏が次の一手を迷いあぐねていた──そのときだった。

 これまで誰も予想だにしていなかった“芸当”を敵が目の前で演じてみせたことで、来夏はつい驚愕きょうがくに目を見開いたまま表情を凍りつかせる。


 信じがたいことに“アンノウン・フレーム”は、元から装着していたメディカル・ドクターに加え、寿子から奪ったドレス──フロスト・フラワーのパーツまでもを纏ってみせたのだ。



装甲ドレス換装チェンジ……? いや、違う…………!」



 フィギュアスケーターが白衣を羽織っているような奇妙なれをしているが、ともあれ敵がさらなるパワーアップを遂げたことに変わりはない。これまでに対峙したことのないような合成獣キメラのごとき歪な『アーマード・ドレスもどき』を前にし、来夏は悪寒にも似た戦慄を抱く。


 



(……っ! いけない、やつを水上に上がらせるわけには──!)



 来夏はとっさに“入り口”を出現させ、瞬間移動テレポートによる敵への強襲をこころみようとした。

 だがこのときの『一刻も早く敵に近づいて仕留める』という彼の判断は、結果的にとはいえ悪手となってしまう。“出口”から飛び出したゼスライカを待ち伏せていたのは、冷気をまとったスケート靴が繰り出す回し蹴りだった。



「くぁっ……!」



 読心能力を持っている“アンノウン・フレーム”は、やはりこちらの奇襲も完璧に読み切ってしまっていた。

 蹴りによる重い一撃がゼスライカへと突き刺さる。だが、必殺級の威力を秘めたそれさえも敵の次なる攻撃の布石でしかなかった。



(! 機体が、凍らされている……!? いつの間に……!)



 “バミューダ・ゼスライカ”の足先から胴体にかけてを、山のような氷塊が覆い被さっていたのだ。

 おそらくはフロスト・フラワーの固有能力ドレススキルによるものだろう……と、来夏は機体の凍結状況をサブモニターで確認しながら、その能力の恐ろしさを瞬時に理解する。



(フレームが外側から侵食するようにして凍り始めている……やはりこれは、『触れた水分を超低温下に置く』ドレススキル! しかも奴はよりにもよって、“こんなにも多くの水で満たされた場所”で発動させたのか……っ!?)



 擬似神経回路サーキットの形成によって皮膚感覚までも同調させているアーマード・ドレスとアクターにとって、凍傷を誘発させる攻撃ほど恐ろしいものはなかった。刺すような鋭い痛みが、来夏の全身へと暴力的かつ持続的に襲いかかる。



「は、はやく、“入り口”を……いったん距離を取って、態勢を立て直すんだ……」



 水中で必死に手足を動かそうとする来夏だったが、やはり凍らされてしまった機体は思うように動いてはくれなかった。



 ──ここで終わるのか、僕は……?



 四肢の自由を奪われ、もはやゆっくりと海底に沈んでいくだけの鉄塊がらくたと化した“バミューダ・ゼスライカ”に、刻一刻と“アンノウン・フレーム”の魔の手が迫ってくる。その間にもトドメを刺されるのを待つことしかできない来夏は、ただ静かに自らの死というものを悟っていた。



(……まあ、それでもいっか。ちょうど生きるのにも疲れていたしね……)



 自分でも驚いてしまうくらい、不思議と死に対する恐怖心はなかった。

 むしろ薄らいでいく意識に、奇妙な心地よささえ見出してしまう。自分の存在が消えて“無”になっていくことを、来夏は心の奥底で密かに期待していた。



「……さくらも、ゴメン。けっきょく最期まで君に謝ることができなかった……」
















《おう、だったらさっさと手を伸ばせバカ! 本当に死んじまうぞ!?》



 自分以外は誰もいないはずの孤独な海で呟いたひとごとに、どういうわけか鼓膜を沸騰させかねないほどのやかましい声が返ってきた。

 目覚まし時計の音で飛び起きた朝のごとく……いっきに目が覚めた来夏は、慌てたように視界を回す。


 装甲ドレスの一片すらも纏っていない丸裸バカ──

 もとい、インナーフレーム状態の“ゼスサクラ”が全速力でこちらへ近付いてきていた。



「なっ……」


《間に合いやがれええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!》



 予期せぬ人物の予想だにせぬ登場に、思わず言葉を失ってしまう来夏。

 そんな彼の機体をゼスサクラは手を伸ばして引っ掴むと、やや乱雑に自分の背中の後ろへと押しのけた。


 かくして来夏を庇う体勢となったゼスサクラに、頭上を取った“アンノウン・フレーム”が水流を裂くように急降下してくる。

 敵は途中で縦に一回転すると、それすらも威力に変えて靴底のブレードを振り下ろしてきた。が、次の瞬間──来夏はある意味“アンノウン・フレーム”のスペック以上に信じがたい光景を目にする。


 振り下ろされた刃付きのスケート靴を、丸腰のゼスサクラはあろうことかのだ。

 あまりにも無謀かつ大胆すぎるその行動は、たとえ読心能力を持った相手もまさか成功するとは微塵も思っていなかったのだろう。ほんの僅かにだが隙を見せた“アンノウン・フレーム”の懐へと、ゼスサクラはすばやく渾身のボディブローを叩き込む。


 すると──相手を殴ったその拳には、水の中でも燃焼し続けている真っ赤な炎が灯っていた。



《へっ、ぜぇ……ドレスアップ・俺ッ!!》


FEフィ-FEフィ-FEフィ-FEATURINGフィーチャリング “スティール・バイク”!!!

 LET'Sレッツ レツ! 奪取ダッシュDASHダッシュ! みちZE 強引ゴーインMY WAYマイウェイ〜!》



 拳から広がり始めた炎がまたたく間に全身を覆い尽くし、ゼスサクラのインナーフレームに紅蓮の装甲を纏わせていく。

 さらに盛大さを増していく炎の余波は、なんとゼスライカの氷さえも瞬時に溶かしていった。やがてアウタードレス“スティール・バイク”へと換装を終えたゼスサクラが、拘束が解かれて再び自由の身となったゼスライカの一歩前に出る。



「……君、ドレスアップするのやけに遅くない?」


《し、仕方ねーだろ。なんか相手を殴んないとパワーが出ねぇ体質らしいんだよ……》



 来夏のもっともな疑問に対して、モニター越しの麻倉朔楽は己の拳を不思議そうに見つめながら応えた。





「つか、ピンチを救ってくれた相手にまず言うセリフがそれかよ」


《……べつに、助けを頼んだ覚えはないんだけど》


「けっ、やっぱり可愛くねーヤツ」



 相変わらず愛想のない来夏に呆れた笑みをこぼしつつも、朔楽は目の前に立ちはだかる“アンノウン・フレーム”の姿をじっと見据みすえた。


 彼にとっても因縁浅からぬその黒結晶の骨格には、白衣とともにフィギュアスケート衣装を模したドレスが着せられている。

 どうやら敵は2つ以上のアウタードレスを同時に装着することができ、しかもそれぞれの装甲が持つ固有能力ドレススキルまで自在に操ることが可能らしいとのことだった。



「お前、本当はあいつに倒されるつもりだったろ」


《………………聞いてたの》


「生憎だけどな、俺はなにがなんでもアイツを倒すつもりだ。だから絶対お前も死なせねぇ、死なれたら困る」


《…………》


「だから、ライカ。もう一度だけ、俺の相棒になってくれくれねぇか」


《!》



 有視界通信の向こう側にいる来夏が一瞬、驚いたように目を丸くしたのを朔楽は見逃さなかった。


 だが次の瞬間──ゼスサクラに殴り飛ばされた“アンノウン・フレーム”が再度攻撃を仕掛けてきたため、ゼクストフレーム2機はとっさに左右へ分かれるように散開する。

 そしてすぐに応戦しようとした朔楽だったが、唐突に回線へと割り込んできたアクターズ・ネスト作戦司令部からの通信がそれを遮った。



《貴様、そこでいったい何をしている!? コンビの再結成は断じて認めないと言ったはずだぞッ!》



 声は冬馬創一のものだった。

 アクターズ・ネスト関東支部の視察に訪れていた彼は現在、どうやら緊急時につき司令部に避難しているらしい。


 そして彼は解散を言い渡したはずの相手がアーマード・ドレスで出撃していたことに腹を立てている様子だったが、しかしいまの朔楽は決して物怖じすることなく創一に言葉を返す。



《おい貴様、聞いているのか!?》


「聞こえねぇなあ」


《何っ……!?》


「俺は俺がやりたいようにやらせてもらう。ああ、ついでに地球の平和とやらも守ってやるよ。それならあんたも文句はねぇだろ?」


《大アリだ馬鹿者っ! 一度は芸能界を去った貴様に、来夏と並べるほどのブランド力が残っているとでも思っているのか……!?》


(けっ、やっぱり本音はソレか……)



 さまざまな脅威から人類を守ることを目的として掲げるアクターズ・ネストとは違い、創一にとっての最優先事項はあくまでも『タレント:冬馬来夏をより広く世に売り出していくこと』らしい。


 彼は利益を上げるためであれば、地球の平和などは二の次なのだろう。大手芸能プロダクションの代表としてはある意味それも正しい在り方なのかもしれないが、この場においては邪魔者以外の何者でもなかった。



「どう言われようが関係ねぇ。俺は自分で決めた道を突き進むだけだ……!」


《くっ、そんな勝手な真似が許されるとでも……》


「勝手なのはてめーら大人たちのほうだろ! それにコンビを組むか決めるのはあんたじゃねぇ……俺と来夏、2人の問題だろうが!」



 創一に向かって言ってのけた直後、朔楽はそのまっすぐな視線を隣に佇んでいる“バミューダ・ゼスライカ”へと移す。



「俺はお前と一緒に戦いたい、お前はどうだ!?」


《…………》


「昔みたいに戻りたいなんて弱音を吐く気はねぇ……でもな! “今”ここにあるものを守るために、お前の力が必要だ! お前じゃなきゃダメなんだ!」


《…………僕、は……》



 来夏はどこか躊躇ためらいがちに視線を外すと、すぐサブモニターに映る父親の顔をうかがおうとする。

 彼がその判断を創一にゆだねようとしていることは、はたからそのやりとりを見ただけでも明らかだった。


 病室ではあれほど怯えていたはずなのに──あくまでも父の意見に従おうとしている来夏に、朔楽は先んじて呼びかける。



「お前が決めるんだ、ライカ……!」


《……っ》


「今さら勝手だってことも、ままだってのもわかってる……それでも、もしお前とまた一緒になれるなら──」



 しかし必死になっている朔楽の説得は、不意を衝いた“アンノウン・フレーム”からの攻撃によって遮られてしまった。

 横合いからの蹴りをもろに食らってしまったゼスサクラが、吹き飛ばされて大きく体勢を崩す。



「……ッ、しまった……!」



 そうしている間にも、敵は次なる攻撃をしかけるべく動き出していた。

 すぐに防御するか、あるいはかわすか──どちらにしても対応を急がなければ、こちらがやられてしまう。だが水中では地上と違って動きが重くなってしまい、機体が思うように反応してくれなかった。



 ──やられる……!?



 思わずまぶたを強く閉じてしまった朔楽だったが、しかしいつまでたっても終わりの瞬間は一向に訪れる気配がなかった。

 ダメージがなにもないことを察した彼は、おそるおそる目を開く。つい先ほどまで正面モニターに大映しとなっていた“アンノウン・フレーム”の姿は、いつの間にか数百メートルほどの距離まで遠のいていた。



《遅刻してきたくせに到着早々このザマなんて……まったく、見てられないよ》



 “スティール・ゼスサクラ”のかたわらには、いつの間にか“バミューダ・ゼスライカ”が横並びになっていた。

 どうやら敵の攻撃が当たる寸前で固有能力ドレススキル深淵ゲート』を発動させ、こちらの機体ごと異次元トンネルへと退避させてくれていたようである。来夏による懸命な判断と助力のおかげで、朔楽は九死に一生を得ることができたのだった。



《やっぱりキミには、僕が付いていないとダメみたいだ》


「……へへっ、相変わらず素直じゃねえヤツ」



 互いに悪態を吐き合いながらも、両者は正面にいる共通の敵アンノウン・フレームを見やった。


 一緒に肩を並べて、同じ舞台ステージに立ち、同じ景色をる。

 3年半前ぶりに体感することとなったボルテージの高まりは、朔楽に何とも形容しがたい不思議な全能感を抱かせてくれるのだった。

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