Act.05『ドレスは心の傷を装う』
17年前にはじめて人類の前に姿を現し、
かつてはアウタードレスが出現するたびに街を破壊されてしまい、人類側は甚大な被害を負っていたが……こと西暦2037年を生きる人々にとってその危険度は、せいぜいたまに起こる小規模な自然災害と同程度へと成り下がっていた。
その理由の1つは、アウタードレス出現に
軌道上に打ち上げられた
アジアエリア:
ヨーロッパエリア:
アフリカエリア:
アメリカエリア:
オーストラリアエリア:
と呼ばれる5つの
また地上では各サテライトが搭載した人工知能の判断に応じて、自動的に防御隔壁が作動するという機構も備わっている。
空・陸の両方から人々を
そして、アウタードレスが人々にさほど恐れられなくなった“もう1つの理由”こそが──
「今日のいちばん乗りは自分か。ハルカさんも急用で来れないみたいだし……」
防御隔壁に覆われている都市へと降り立った、全長20メートルもの人型兵器──その名も、“アーマード・ドレス”。
まだダークグレーの
「まっ、いつも通りに“演じる”だけさ」
爽やかな笑みが板についている好青年の彼は、100円玉くらいの大きさの何かを取り出して指で弾く。
宝石のような輝きを放つそれは、家庭用ミシンなどに用いられるボビンの形状に酷似していた。空中に放たれた緑色のボビンを片手でキャッチすると、青年はそれを左手に装着されたブレスレット型端末の中央差し込み口へとはめ込む。
《
ブレスレットから機械音声が発せられたのを皮切りに、周りにある何もない空間から突如としてライムグリーンの装甲パーツが次々と出現しはじめた。それらは空中を泳ぐ魚の群れのようにフレームを取り囲むと、あざやかな緑色の竜巻を起こして“ゼスカナタ”を包み込んでいく。
そして青年は
「ドレスアップ・ゼスカナタッ!!」
《
軽快に歌い上げる機械音声をバックコーラスにして、それまで“ゼスカナタ”の周りをぐるぐると回っていた
球体型カメラアイが左右に出っ張った爬虫類を想わせる頭部。手先は丸みを帯びてクランプ状になっており、
人体における口に該当する部分から伸びたサーモンピンクの長い舌は、首もとでマフラーのように巻かれており、風に靡かせるその立ち姿はまさしく“正義のヒーロー”そのものだった。
「
それらが人機一体となり合わさることで、ついにアーマード・ドレス“カメレオン・ゼスカナタ”は完全体となって君臨した。
かくして住民たちの避難が完了した街の中心で、機械仕掛けの巨人とアウタードレスが建物を挟んで向かい合う。
その光景はまさにヒーローと怪獣が対峙する構図そのものであり、これから始まろうとしているバトルショーに人々は期待に胸を躍らせていた。
そう。
この様子は複数台のドローンによって撮影されており、その映像はアジア衛星『
数年前まで人類の脅威でしかなかったアウタードレスは、いまや最高峰のエンターテイメントショーを演出するための舞台装置と化している。
人々の命を脅かすはずの厄災が、今では人々を笑顔に変える娯楽となっているのだった。
*
「紹介が遅れたわね。アタシは
「いや、どう聞いても偽名なんだけど……?」
“ハルカ”と名乗った女性……もとい身長190センチ以上はあろうオネエの男性に連れられるがまま、
また後部座席には寿子が乗せられており、いまだ彼女が目覚める気配はない。そうしてハルカの運転する車に揺られていると、車窓越しの景色はいつの間にか近代的な
「戦ってるのは……
ビルを挟んだ向こう側で戦っている巨人を見据えながら、朔楽がつぶやいた。
「あら、『LSB』には詳しいのかしら?」
「別に、そんなんじゃねーよ。今シーズンのランキングトップを独走してるっつー“プリンス・オブ・カナタ”の名前なんて、誰でも知ってるだろ」
「知名度でいったらアナタも負けていないと思うけれどね。
……元『
確信的な笑みを浮かべながら、ハルカは朔楽の素性を見事に言い当ててきた。
「“同姓同名の別人”です……って言っても、信じてもらえそうにねぇな」
「正体がバレると困ることでもあって?」
「……いや、言ってみただけだ」
別になにも隠していたわけではない。
ただ、当時から見た目も雰囲気もだいぶ変化してしまっているため、とくに最近はほとんど気付かれることもなくなっていたのである。それだけ久々のことだったので思わず少し驚いてしまった。
「で、あんたは元子役のさくらくんに何の用だよ。サインならお断りだぜ?」
「単刀直入に言うとね、アナタをスカウトしにきたの。元子役俳優である麻倉朔楽を、ゼスアクターとして返り咲かせるためにね」
「アクターだと……?」
浮世離れしたファッションから何となく彼を芸能関係者だと推測していた朔楽だったが、その予想を上回る答えがハルカから返ってきた。
『
より具体的に述べるならば、アーマード・ドレスを操縦することが可能な基準を満たしている者たち──すなわち“適合者”を指す総称でもあった。
「あのデカいロボに乗って、俗どもの
「そういう側面があることも否定はしないけれど、でも世界の平和を守る立派な職業よ? 事実『ライブストリームバトル』が軍事行動ではなく
(プロパガンダと言ってしまえばそれまでだが)アウタードレスとの戦いがエンターテイメントショーとして大々的に祭り上げられている理由は、なにもスポンサーたちが莫大な利益を得たいからというだけではない。
もともとは“
今まさにハルカがその理由を口にしようとした。
「ヒトの虚無感やストレス、そして絶望といった精神的ダメージ……アウタードレスの源流である『ヴォイドエネルギー』は、そんな誰もが抱えている心の傷に寄生するものよ。そして傷口が広がれば広がるほど、
「つまりドレス退治をあたかもヒーローショーみてぇに演出することで、敵を倒すついでに民間人のストレスも和らげようって魂胆なわけだ」
「簡単に言うとそうね」
「さっそく失敗してるみてぇだけどな」
ハルカの語った予防策も決して完璧ではなく、現にこうしてアウタードレスは出現してしまっている。
そのことを皮肉げに笑ってみせた朔楽だったが、ハルカはとくに気を悪く素振りも見せずしれっと言葉を返す。
「モチロンよ。どんなに『LSB』が優れた娯楽でも、さすがにプライベートの悩みや感傷まではカバーしきないわ。もっと根源的な問題を解決しない限り……アウタードレスの出現を止めることは実質不可能といっていい」
「…………」
「もう薄々気づいているんでしょう? あのアウタードレス“フロスト・フラワー”は、寿子さんの傷ついた心を媒介にして実体化してしまったということに」
まさに頭の中で考えていた通りのことを指摘され、朔楽は何も言い返せずに黙り込んでしまう。
いくら寿子を自分から遠ざけるための方便とはいえ、彼女にはあまりにも酷な言葉をぶつけてしまった。皮肉にもそれがアウタードレスを顕現させる引き金となってしまったのである。
(……ハハ。本当にどうしようもねぇよな、俺ってば……)
自らの罪をようやく素直に自覚したとたん、今度はとてつもない罪悪感に苛まれてしまう。
一度大きな失敗をし、今度こそ『やさしい』生き方をしようと、心に決めていたはずなのに……
(昔も今も、傷つけてばっかりだ)
また同じ過ちを繰り返してしまった。
そんな自分がひどく惨めで、情けなかった。
「……だいぶ話が脱線してしまったけれど、こちらからの要求についてはだいたい把握してもらえたかしら?」
己の非力さを責めるように、自分の手のひらを呆然と見つめている朔楽。
そんな彼を見るに見かねたのか、ハルカは気遣わしげに問いかけてきた。
「アクターになれ、だろ? 俺にそんな大役が務まるとは思えねぇけどな……」
「いいえ、これはアナタにしかできないコトよ。そしてアクターとして戦うことは、もう一度アナタ自身が前へと進むためでもあるの」
「俺が……前に進むため……?」
思わず朔楽は聞き返してしまったが──ハルカは『じきに
彼が一体なにを企んでいるのかは定かではないし、正直なところまだ完全に信用することが出来ているわけでもない。
けれど、朔楽はこの話に乗ってみようと思った。
……というよりも、乗らなければならない理由が出来てしまった。
「あの“フロスト・フラワー”ってドレスを倒せば、寿子の意識も戻るんだよな?」
「ええ。厳密にはアウタードレスを構成するヴォイドエネルギーを消耗、あるいは浄化させることが出来れば……だけれど」
「寿子をこんなにしちまったのは俺のツケだ。だったらせめて、自分のツケは自分で払いたい。どうせまた『非日常』に戻ることになるなら、その前に寿子だけでも『日常』に帰してやらねぇと……」
どうせマトモな生き方などできないと分かりきっているのだから、いっそ開き直ってクソッタレな
再び鳥になって飛び立つのなら、せめて跡は濁さずに行こう。そう思えば朔楽も、少しは“前向きさ”を取り戻すことができた。
「ハルカちゃん、つったか。俺は今度こそ前に……“マイナス”から“ゼロ”へと進みたい。そのためにはどうすりゃいい?」
朔楽の
シンプルだが簡単ではない、たった1つの答えを──
「女装なさい。そうすれば、アナタの望みはようやく果たされるわ」
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