シャルト聖戦記

水心 白夜

一、『アルツェフィア史記』正典 シャルト聖戦

 宇宙暦1630年吉日。

 アルツェフィアは偉大な神、聖人せいじんシャルティア卿によって創造された。

 アルツェフィアは移住する条件の無い珍しい世界だった。聖人シャルティア卿が誰にとっても住みよい世界にしたいと考え、住むための条件をもうけなかったからだ。

 そのせいか、アルツェフィアは創造直後から他世界より多くの種族が移住して来た。

 そして、宇宙で初めて神、精霊、人間が共存する世界となった。聖人シャルティア卿の幼馴染である神龍卿しんりゅうきょうによって与えられた雄大な自然の中で、皆幸せに暮らした。


 しばらくして、より暮らしやすい環境を求め、移住者たちはそれぞれ国を作った。

 国は全部で四つ——人間の国の璃王国りのうこく、鬼の国の氷鬼国ひょうぎこく、神官の国の霖狼国りんろうこく、魔法使いの国の木之子国きのこぐに——出来た。

 もちろん、神々のように国を持たず自然の中で暮らす者もいたが、国を持った者たちはより暮らしやすい環境や利益を求めるようになっていった。


 こうして欲望に目覚めた者たちは争いはじめ、宇宙暦1636年には氷鬼国と璃王国の間でアルツェフィア史上初めての戦が起こった。

 この戦は霖狼国の神官たちの仲立ちによって3日で治まり、大事には至らなかった。

 とはいえ、世界が創造されてたった6年で戦が起こった事は他世界の者を大いに驚かせ、多種族で一つの世界に住まうことの危うさを広く知らしめる結果となった。

 それでも聖人シャルティア卿はアルツェフィアを誰にとっても住みよい世界にすることを諦めなかった。

 聖人シャルティア卿は千人以上いる弟子たちと共に数日考え〝戦を起こした者は神の制裁を受ける〟という神約を設けた。

 こうして、アルツェフィアの民は平和を願って戦を起こさなくなった。

 とはいえ、一度いがみ合ったものは簡単には元へ戻らないものだ。戦こそ起こりはしないものの、氷鬼国と璃王国間での小さな争いは絶えなかった。

 神約も時が経つにつれ伝説として語り継がれるようになり、やがて忘れ去られていった。

 そんな宇宙暦3000年4月7日、事件は起きた。

 氷鬼国と璃王国は1364年の時を経て、ついに戦を始めたのだ。

 その頃、四大国で神約を記憶する者は神官の国である霖狼国の民以外にほぼ存在しなかった。

 霖狼国の若き女王宮雲雀扇弥みやひばりせんやは神約を信じるが故に、両国の仲立ちをしようと進軍したが、千年もの間蓄積された恨みを無にすることはできず、二ヶ月に及ぶ説得の甲斐無く戦はさらに激しさを増していった。

 そこで、神約を信じる宮雲雀扇弥は天上の神に向かって祈った。

「どうか戦を止めてください」と。

 そう祈り終えるや否や、空を覆っていた暗雲が裂け、そこから晴天と共に光の軍勢が覗き、たちまち霖狼国軍の前に降臨した。

 光の軍勢を率いていたのは創造主、聖人シャルティア卿だった。


 こうして、聖人シャルティア卿は霖狼国軍と共に、氷鬼国と璃王国の軍を鎮圧した。両国の王は殺され、氷鬼国と璃王国はアルツェフィアの地図より姿を消した。

 宮雲雀扇弥が信じた通り、神約は守られたのだ。

 しかし、聖人シャルティア卿は還らなかった。終戦の日、聖人シャルティア卿は宮雲雀扇弥を守り、西アルツェフィアにある神森山の琥珀池へその尊い命を沈めた。アルツェフィアはその平穏と引き換えに創造主を喪ったのだ。

 宇宙暦3000年7月7日の事である。


 神約のように皆が忘却しないよう、己の命と引き換えにアルツェフィアに平和をもたらした偉大な創造主の名にちなんでこの戦を〝シャルト聖戦〟と命名し、歴史書——『アルツェフィア史記』——に記す。

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