いつか一つのしかけを②

 今日はありすの発案によりキャンプである。彼女は野宿が初めてだと興奮していた。面々はありすの友人達。夏の旅行につきあった者は勿論、仮想現実の世界群で出会った人、そして僕の知らないありすと同年代の友人達も参加していた。そうなると人数は多い。

 彼女の交友関係も思えば広くなったものだ。

 かつて電車の中で友達を欲していた彼女の姿を思い出しながら、しみじみ思う。今では間違いなく彼女は人気者だ。僕はそろそろお役ご免なのかなと少し寂しく感じる。

 森がこれでもかと林立しているそこは空気が澄んで、そして寒い。すぐさまに焚き火を起こして暖をとる準備をしながら、各々が様々な遊びに興じていた。

 僕が薪を適当な大きさに切り分けていたならば、もとみが隣に腰を下ろす。


「お疲れさま」

「ん、ありがとう」


 彼女が手渡してくるカップを受け取りながら礼を言う。口をつけたそれは喫茶「のもと」の味がする。彼女はついに店の味を再現するに至ったようだ。


「それで昨日はどんな人と遅くまで話していたの?」

「テレビ局。あのときの裏話を面白おかしく放送したいのだと」

「ふーん、それで?」

「断ったよ、まるで涙あり笑いありのテレビショウだったから」

「まるでというか、まんまだけどね」

「そういや、そうだな」


 割った薪の出来映えに満足しつつ、もとみを見ると、彼女は拗ねたように口を尖らせている。


「なに、どうしたの?」

「自分の彼女をもっとかまいたまえ」

「仕方ないだろう、仕事だよ」

「あなたはいつもそう言うわ。きっと私のことなんて珈琲を入れてくれるサーバー程度にしか思っていないのね、そうに違いないわ」

「ああ。そう言われてみると、そういう節はなくもないなぁ」

「あっちょっとカチンときた」


 そうは言いつつも楽しそうに彼女は笑う。それはとても魅力的で、僕はみとれていたことを隠すように作業に没頭する。彼女はしばらく何も言わずにそれを眺めていた。


「ところで大倉君はどうしたのかな?」

「ああ、放っといてくれ」


 もとみは一人の友人について疑問を述べてくる。彼はあのとき以来、すっかりと女っ気が抜けてしまっていた。今では枯れ果てた老人のように悟りきっている。はっきりいって気色悪いが、初対面の異性の目にはただの好青年に見えるらしく、前よりも人気があるのが皮肉な話だ。彼が体験した出来事を語ってやれないこともなかったが、せめてもの情けとして秘密にしておく。


「いろいろとあったんだよ」

「そうだねえ、本当にみんながみんな、いろいろあったんだもんねえ」


 もとみがしみじみと呟く。彼女が言うように、ギミックの仕掛けた世界群は、人々の心に何かしらを残している。それは心の傷であったり、逆にそれを癒す絆創膏でもあった。人生の行路を歩むための栄養剤でもあり、未練を断ち切るための鋭利な刃物の場合もある。つまりは何もなかったと言い切る者が誰一人としていないということだ。


「ギミックさんはとんでもないものを盗んでいきました」

「言っておくけど、僕はそこまであいつに心奪われたわけじゃないからね」

「あーまたそんなこと言う」


 くすくすともとみが笑う。その笑い方に引っかかるものはあるものの、特に指摘せずに流すことにした。


「それじゃあ、君がありすちゃんをあんなにも可愛がるのは、ギミックさんに義理立てしているわけじゃあないのかしら。やっぱり可愛いから? わたしには幼さが足りない?」

「僕を小児性愛者のように語るのはやめれ」


 僕が不満そうに述べると、もとみは満足したように「ふふん」と息をつく。

「仕方ない、そうなれば嫉妬に狂った私はありすちゃんをいじめてこよう」


 似合わない悪い笑顔を浮かべながらもとみが立ち上がる。僕は「いってらっしゃい」と送り出す。すると彼女は「最近よく考えることがあるのだけれど」と改まってきりだした。


「なんだい、それは」

「私、あなたのことが大好きみたい」

「照れるから、やめれ」

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