第2話

 翌日、僕は彼女が三限から授業だということを知っていたので家を出る時間を見計らって彼女のアパートの近くで待っていた。そこへ彼女が通りかかる。


「やあおはよう優衣さん。今日はいい天気だね」


「え……なんで」


「振り向いてもらうための努力をするって昨日言ったじゃないか。まずはできるだけ接触回数を増やすことが好感度アップに必要だと思ってね」


「やめてよ……」


 そう言うと彼女は駅に向かって走って行ってしまった。僕も大学に行こうと思うので彼女と一緒にランニングをしても良かったのだが彼女があまりにも全力で走るので一緒に走るとしたらランニングというほどほのぼのしたものではなくなってしまう。どうせ電車の間隔である十分以内に駅に着けば同じ電車に乗ることになるのだ。そう急ぐこともないだろう。


「おや?」


 時間的には彼女と同じ電車に乗ったはずなのだが彼女がいない。一両目から順に最後の車両まで見回ったからこの電車には乗っていないことになる。となるとあえて一本後ろの電車に乗った可能性が高い。次の駅で降りて一本後の時間の電車に乗り換えてから車両を見回っていると彼女を見つけた。


どうやら今は彼女から僕への好感度が低いようなので声をかけるか躊躇ったがとりあえず関わりを持たないことには好かれることもないので声をかけることにする。


「やあ優衣さんさっきぶり」


 彼女は答えない。対話の拒否である。昨日から彼女は何も変わっていなかった。いやごめんなさいと言わないだけむしろ悪くなっている気もするが。


ただ恋人関係において沈黙の時間というのも大切である。人間の知識は有限であるから常に喋り続けるのであれば必然話題をループさせなければならない時が来る。新鮮味のない会話は退屈を招く。それ故沈黙はいずれにせよ生まれるものであるしその沈黙が居心地の良いものでなければ関係の継続は難しいだろう。


 彼女を尊重し僕も沈黙を楽しむことにする。結局大学の最寄り駅に着くまで沈黙のままであった。そして最寄駅から大学に行く道でも彼女は無言であった。


「じゃあ、教室が違うからここでいったんお別れだね」


 彼女は何も言わず去ってしまった。授業を受けたのち、彼女と一緒に帰るため彼女を迎えに行くことにする。彼女が今日の最後の時間に何の授業を受けているのか知っているので教室の場所を調べその前で彼女のことを待つことにした。




「やあ、また会ったね」


 そういって数時間ぶりに彼女と会う。彼女は友人らと一緒にいたが友人らは気を遣ってか彼女と僕を二人きりにしてくれた。彼女の友人らは僕を見てぎょっとしていたから彼女が僕に別れようと提案したことは少なくとも知っているようだ。


それでも何も言わないのだから面倒ごとに関わりたくないのだろうか、友達甲斐のなさそうな友人らである。


彼女は人を見る目がないのかもしれない。そう考えると彼女に選ばれなおかつ捨てられそうにもなっている僕は何なのだろうと考えこむ必要が出てくる。とはいえ僕たちの関係は運命で宿命で永遠なのだから僕の人間性や彼女の人を見る目のなさなどは些細な問題と思い直した。


「優衣さん一緒に帰ろう」


 彼女はいまだに沈黙を尊んでいる。よく雄弁は銀沈黙は金などと言うが議論や討論でなく人と対するときには雄弁と言わずとももう少し口を開いたほうがいいのではないだろうか。


結局彼女は自分の一人暮らしのアパートに帰りつくまで口を開かなかった。アパートの部屋に入る直前に「少し離れて」と言うから僕がその通りにしたら急いでアパートの部屋に入り即座に鍵とチェーンをかける音が聞こえた。彼女が言葉を発したのはこの時だけである。

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