もっと撃て!

にゅるけい

第1章 崩壊の始まり

第1話 会敵

「普通の生活」が一瞬にて崩壊する瞬間がある。それは交通事故であるかもしれないし、通り魔にあってしまうことだってあるかもしれない。人はその瞬間に走馬燈のように過去のことを思い出したり、スローモーションにように動くように感じるそうだ。俺は今までそんな経験はなかったし、今日も普段通りに過ぎていくのだと思っていた。


 「光軸がずれてる。」

隣にいた曵野少尉がつぶやいた。つぶやきはマイクで増幅され、変換、電波となり、俺の耳に届く。

「どうした」

俺は、曵野へ問いかけをした。ヘッドセットは、スイッチを入れずとも音を認識し、電波を発する。登録している曵野のヘッドセットだけに声は届く。

「ホロサイトのブースターがずれてるように感じる。」

曵野は、ホロサイトのブースターを使っていた。曵野はM4の上にブースターとホロサイトを装備している。好みなのかバーティカルグリップは、ライト付きのものだ。

ホロサイトは、拡大鏡ではないのでブースターを使って拡大させる。

二人とも木の裏にひざまずいた状態だ。俺は、目をサイトから外さず、’銃ごと’体を曵野の方に向ける。曵野に正面を向けたわけではなく、体を向けた感じだ。

「出発前に調整したろ?気のせいじゃないか?」

「いや。歪んで見える。レールのずれじゃない。陽炎?」

俺もサイトを凝視する。ブースターを使っていないから見えるのは緑の葉や木だ。装備したブースターを俺も使おうと思い、左手をそちらに伸ばすが、途中でやめる。そのまま曵野が見ている方向へ体を向けた。

 ここは、森の中。針葉樹が多く生えている、ヒトの手が入った森。国有地で俺たちは、エレメントでの実弾訓練中だった。実弾を使って訓練することは少ない。今日はその貴重な日だった。森の奥に建屋があり、そこにとらわれた人質がいるという設定。チョッパーから降下したのは2時間前。降下地点は開けた林だったが、少し歩くと急峻な森になり、GPSを使い目標地点まで来た。司令部との無線連絡は禁止。スタンドアローンでの活動。

 俺たちは、日本陸軍の特殊戦部隊のメンバーだ。普段から曵野とエレメントを組むことが多く、普段の行動も一緒にすることが多い。俺-問矢-は、曵野をよく知っており、いろんなことに慎重なことは知っている。つまり曵野が感じた異常は、おそらく本当だということ。

 装備が異常なのであれば、訓練終了後に調整すればよい。だが曵野がつぶやいた言葉は、状況に異常があることを示している。

 

 体を向けて見えたのは、まるで 燃え盛る 炎 のようにゆらめく 空間だった。距離は、20m先。


「問矢(といや)。お前にも見えるのか?」

「見える。火事?じゃないよな」

 銃口をずらさず、両目で凝視する。サングラスを兼ねたシューティングゴーグルをつけているが、実際の炎のようなまぶしさはない。今までに経験のない状況であることは間違いない。

「これも訓練の一部か?」

 俺はそう言ったが、曵野からの反応はない。サイトからずらしていなかった視線を少しだけ曵野に向ける。その瞬間、曵野は前に倒れるように伏せた。視線は陽炎の方を向いている。俺は視線を戻す。その間は1秒もたっていなかったろう。俺も伏せようとするが、視界に入ってきたものを凝視してしまった。


「女の子?」

 曵野が言う。その空間から、一人の女の子が飛び出してきた。その恰好は、異常だった。

 盾と剣?を持っている。鎧を身に着け、長いスカートを履いている。そして続いて出てきたのは、イノシシのような獣だった。のようなというのはイノシシではないからだ。3本の角を持ち、3本の尾を持つ獣だった。

 女の子は、剣を土に刺して前に走る力を殺す。その後体を逆に向け、剣を抜く。そのままイノシシ(ような)に切りかかる。イノシシは、頭を下げ角で剣を受ける。


 俺と曵野は、動くことができなかった。俺は、こんな夢みたいなことを報告したら、病院行きか?など現実的なことを考えていた。


 剣を受け止められた女の子は、全身の力で切りかかっていたので力を殺すことができずに前転する。イノシシも全力疾走していたのか、やはり前進することを止められずにそのまま進む。その後、前脚を使って停まる。その間に女の子は立ち上がり、盾を前に出し、剣を後ろに構える。黒く長い髪の毛が、後ろに流れる。

 あまりの非現実さに俺たちは動くことも言葉を発することもできなかった。

「おい。なんなんだよ。コスプレ大会かよ?」

俺はつぶやく。

「分からねぇ。んなもんここでやるかよ」

曵野も答える。当たり前だ。歩いて二時間の山の中。そんなところでコスプレをするヤツはいないだろう。それに。。。剣はたぶん本物だ。


 女の子は、左足を前に出し構えている。片手剣を使っているからだろう。剣は、日本刀のような円弧を描いておらず、直剣。

 盾は、銅を使った細かい細工のされているもの。

 黒く艶やかな髪。目標を捉えているその瞳は、青色。


 これが、俺と彼女の出会いであり、長く続く戦争の始まりだった。

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