第2話 暗黒門の先に

 

「お兄ちゃん、なんでこんな所で寝てるの。」


 身体を揺すられて目を開けると、のどかな農村に佇む巫女服を着たオカッパ頭の少女がいた。

 とても可愛らしいが神主の仲間かもと思い、慌てて距離をとる。


「ここは何処ですか。」


「やっぱり自分で来たんじゃないんだね。ここは死と生の狭間の世界。仏事で即身仏って聞いたことあるよね。それの神事版って言えば分かるかな。肉体を持ったままここに来て永遠に人々の平和を願うんだ。」


 見た目に反して大人びた口調の少女は俺の事を憐れんだ目で見ている事から、一般人にとって居心地の良い場所では無いと想像出来る。

 暗黒の世界とは別の場所に来てしまったとしても、何とかしてマリ様と合流しなければならない。


「実はここに来る前、不気味な神主に私が仕えるマリ様という女性が襲われました。マリ様はブラックホールの様な物に飲み込まれた為、それを追う様に神主を道連れにして私も飛び込んだのです。」


「カッコイイ行動だと思うけど、少し無謀過ぎたかな。お兄ちゃんは神官と思われる鬼の魂と混ざり合ってしまっているよ。お兄ちゃんじゃなくて鬼ちゃんって呼ぶ方が正解かもね。此処に来れたのはその影響だと思うよ。」


 まさかのフュージョンで鬼になってしまった。

 身体に今のところ変化は無いが、神主の様に舌がベロンとなったらどうしよう。

 自分の事が気になるが後回しだ。


「マリ様はここでは無い場所に飛ばされたという事になりますか。」


「暗黒門の術で上下左右も分からない漆黒の闇の世界に行ったんじゃないかな。お兄ちゃんの神力では諦めるしか無いよ。じゃあ、またね。」


 諦めるという選択肢は無い。

 少女に土下座して弟子入りを希望したが全く相手にされなかった。

 それからは人を見かける度に声を掛けるが、無視されるか愛想笑いをして去って行く。


 あぁ、この感じは覚えがある。

 東京で置き引きの被害に遭った時、誰もスマホを貸してくれなかった時と同じだ。


「神事を極めた人間が困ってる奴を無視すんのかよ。愛想笑いで誤魔化すのかよ。誰でもいいから助けてくれよぉ。」


 気が付いたら地面に向かって叫んでいた。

 八つ当たりだと分かってはいるものの、やり場のない焦りと悲しみが爆発してしまった。


「誰でも良いという話に二言はないモジャか。」


「えっ、誰ですか。」


 声はすれど周囲には誰も居ない。


「違う違う、こっちの草むらモジャよ。」


 ちょっとデフォルメされたクリクリお目目の芋虫が喋ってる。

 誰でもと言ったが、次回からは芋虫は除くと付け加える必要がありそうだ。


「私は暗黒の世界に行きたいのです。美味しい葉っぱの情報とかは必要ありません。」


「行く方法知ってるモジャ。ただし条件があるモジャ。三年間の修行に耐える事、モジャも一緒に連れて行く事モジャ。」


 モジャモジャうるせえな。

 行けると言うなら少しだけ試してみるか。

 しかし、修行は一向に構わないのだが、三年間も暗闇の中にいてマリ様は耐えられるのだろうか。

 いや、気合いで三年を短縮すれば良いだけだ。


「モジャ師匠、私はサカタと申します。宜しくお願いします。」


「契約成立モジャ。」


 俺は正直に時間を短縮したい理由を師匠に伝えると、スペシャルコースモジャねと返してきた。


 最初に出会った少女は俺を神力が足りないと表現していたが、師匠の考えは違う。

 神力は万物に宿る力。

 邪念がそれを覆い隠してしまっているから、神力の解放は邪念の除去が必要だという。


「一般的に邪念で一番強力な感情は嫉妬と言われているモジャが、素直に人の幸せを喜ぶ事が出来る人もいるモジャ。つまり、人によって邪念の種類は違うモジャ。」


 なるほど、俺の神力を覆っている邪念の種類を見極める必要がある訳か。

 でも、俺は恐らく邪念だらけの人間だから根本的に狭間の世界に来れた人達とは違う。


「サカタの場合は邪念だらけモジャ。だから無くすのでは無く、五分間だけ邪念を押し込める修行をするモジャ。」


 邪念を閉じ込めるとは無心になる事だそうだ。

 これが意外と難しく、意識的に出来ない。


「違うモジャ。それは何も考えないという事を考えてしまってるモジャ。」


「阿呆の顔しても駄目モジャ。」


 こんな事を言われ続けて気落ちしていると、出来てるモジャとか突然言われて混乱する。

 この芋虫、俺で遊んでいるんじゃないか。



 少しだけのつもりてあったが、いつのまにか一年の歳月が流れていた。


 金が無いから当然野宿。

 食事は師匠と同じ葉っぱだだけだから身体はガリガリで腹がポッコリ出ている。

 栄養失調の俺を見かけた浮浪者救済団体が声を掛けてきたが、修行をしていると言ったらアッサリと引き下がってくれた。


 成長した点は美味しい葉っぱの話を師匠と語り合う事が出来る様になった事だ。

 イヌビユという葉と、ドクダミ草はマリ様にも是非食べて頂きたいと思う。


 それと、こないだ師匠を狙う鳥が現れて半日逃げ回ったのだが、そのお陰で無心のコツが分かってのだ。

 俺は疲れが限界になると無心になる。


 だから俺は修行の方法を変えた。

 日中はひたすら木刀を振り、夜に無心の修行をする。



 そうしてまた一年の歳月が流れた。


「サカタ、よく頑張ったモジャ。これで狭間の世界を脱出出来るモジャ。お主の神力とモジャの神力を合わせて世界の壁を破るモジャ。コントロールはモジャに任せるモジャ。決行は明日の夜モジャ。」


 なんだか良く分からないが、いよいよ脱出出来るらしい。

 マリ様に会えるかも知れないと思うと、急に身だしなみが気になりだした。

 今の俺の状態は髪は腰まで伸び、髭がボーボーだから狂人みたいだ。


「師匠、髪と髭を噛みちぎって整えて貰えないですか。このままじゃカッコ悪いんで。」


「汚くて無理モジャ。お腹壊すモジャ。」


 翌日、仕方なく浮浪者保護団体の本部へ行き、整髪と髭剃りをお願いすると快く行ってくれた。

 お礼にドクダミ草を渡すと苦笑いしていたが、気持ちが大切なんだ。


 さっぱりした俺は夜に備えて木刀をひたすら振りながら師匠に話しかける。


「師匠、何故ここを脱出したいのですか。」


「ここの葉っぱ飽きたモジャ。葉っぱの楽園探しに行くモジャよ。」


 師匠らしい答えだった。

 それから、師匠とくだらない話を沢山しながら素振りをしていると、疲れで意識が朦朧としてきた。


「師匠、行けます。」


 師匠はニヤッと笑ってから、俺の頭にピョンと乗っかって来た。

 どこでも糞するからちょっとだけ嫌だな。


「離陸にサカタの神力をぶち込んで天井まで行くモジャ、天井の壁はモジャが破るモジャ。」


 師匠の神力が無数の糸に変化して俺の中に入ってくるのが分かる。

 俺はその力に逆らわずただ無心でいる。


「行くモジャー。いざ葉っぱの楽園モジャー。」


 凄い勢いで俺達は空へ飛び上がった。

 宇宙へ飛び出る直線に師匠の詠唱が始まった。


「我は虫の王モジャ。我が呼び掛けに答えよ暗黒門。」


 俺達の先に巨大なブラックホールの様な物が出た。


 マリ様、今行きます。



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