屋上ですが彼女は下を見ました。③

 室町むろまち怒気どきを荒げた後、その瞳に様々な感情をはらませたような、そんな目をした。

 

 「この屋上は誰もこない」

 「え?」

 「だから、まあ、そういうときは屋上に来た方がいいかもな」

 「うん。ありがと」


 本当は、この唯一の環境に人が一人加わるのに抵抗がある。しかし、真横でこんな表情をされたら、せっかくのデカハート弁当も味がしないってもんだ。


 「ごめん。松澤まつざわにこんな話ししちゃって」

 「気にすんな」

 「松澤になら色々と話せるわ」

 「どうしてだ」

 「松澤っ友達いないでしょ?だから私の悩みとかも誰かに漏らすことなさそうだし」

 「失礼だぞ…確かに話す相手はいないが——いや、話す相手はいるな」


 最近拾った、華宮はなみや緋夏ひなというよくわからんやつだけだが。


 「え」


 華宮は口をぽかんと開けて俺の顔をまじまじと見つめた。

 何これ失礼ね。


 「今の松澤まつざわに話し相手とか考えられない」

 「話し相手っつっても、この学校にはいない」

 

 いないというか、本来はいるのだが、引きこもりなためノーカン。


 「他校とか?」

 「いや、そういう訳じゃない。——大丈夫だ、安心しろ。お前の悩みは誰かに言わん」

 「そ、そう——はぁ…本当にどうしようかな」


 少しの沈黙が続き、室町はため息を一つ吐いて、そう漏らした。

 細くて綺麗な人差し指が、室町の目元を拭う。それでもまだ涙はゆっくりと出てくるものだから、俺はポケットをまさぐりハンカチをさがした。


 「あ、忘れたわ」

 「う…期待したんだけど」

 「こういうシチュエーションは普段予想していなかったからな」

 「いや、衛生的に…」


 ハンカチは見当たらず、俺は室町の横でお手上げポーズを取る。

 

 「バカ…」

 「うるせぇよ」


 室町むろまちは小さく頬を膨らませて、ぼそりと呟いた。

 長い静寂せいじゃくが、俺と室町の間隙かんげきに降り注ぐ。

 ここまで気にしていなかったが、俺と室町が話したのはこれでたったの2回目だ。

 小学校、中学校、そして高校と同じ学校に通っているわけなのだが、常に違うクラスだったわけだし関わることがなかったのだ。


 「ねぇ」

 「あの」


 その気まずい空気を何とか打開しようとしたのは俺だけではなく、室町も同じことを考えていたようで、発せられた言葉が被り、変な間が生まれた。

 室町は手を差し出し「どうぞ」と言ったので、俺は頷き口を開く。


 「今更なんだけどさ、何で室町は俺に話しかけてくれるんだ。そんなやつこの学校で1人だけだぞ」


 一応華宮がいるが、不登校なので除外。

 室町は隣の席で、たまに俺に話しかけてくれる。だから単純にそれが気になってしまった。


 「んー、何でって言われてもなー、隣の席だから?」

 「それだけか」

 「それだけよ」

 「あんま俺に話しかけるやつなんていないから良いことだとは思わんぞ」

 「何それ、私は周りの評価とか、そんなの知らない」


 まだ潤んでいる瞳で、さっきとはまるで別人のような視線を俺に向ける。その眼差しは、非常に鋭かった。


 「それとも…」

 「ん?」


 彼女は距離を少しだけ近づけ、そして


 「もっと特別な理由が欲しかったの?」

 「——っ!」


 耳元でボソリと蠱惑的こわくてきに微笑んでささやかれたその言葉に、思わず胸が跳ね、顔が熱くなる感覚に襲われる。

 何を言われたのか分からない。たった一言なのにも関わらず反芻はんすうすることができない。

 ただ、こんな自分にそんなことを言う人がいたことに、多分驚いていた。

 

 「……そういうの、好きでもねー男に言うなっつの。勘違いするやつもいるだろう」

 「勘違いしてもいいのに……」


 こういうとき、屋上の風が強く吹いて、室町の呟きをさらって俺が聞き逃すのが正解だ。なのに、しっかりと俺の耳は室町の声を拾い上げてしまう。

 普通に考えてみれば分かることだが、室町明音という女の子は誰とでも気さくに分けへだてなく交流を持てるコミュニケーションお化けだ。だから俺と喋ることに関して特に意味など無いのだろう。

 どうにか自分を説得し、平常心を保った。

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