王の復活
ちらちらと木漏れ日か窓から入ってくる。久しぶりに自分のベッドで寝ていた私は、思いきり伸びをした。
階下に降りていった私は、昨日あれからどうなったのかを朝食をとっているギルに尋ねた。
「どうもこうも、兵士が家に帰った後に私達が泊まっている宿屋を襲撃しましたところ、すでにもぬけの殻になっておりました。逃げ足だけは早いようです。ははは」
私はテーブルに置かれている瓦版を見た。そこには昨晩のリューホの残虐な振る舞いが書かれてあった。
「これは本当のことなの?」
「そのようですね。私も、気に食わぬ男とは思っておりましたが、まさかこれほどとは……怒り心頭に達しておりまする」
「許せないわね。何の罪もない子どもに手をかけるなんて」
「一晩経って今武器屋は大忙しとか。皆黒い甲冑を捨て、白い甲冑を求めているようでございまする。白い騎士団が大所帯になるでしょう」
私も朝食を食べ、コーエンを探して回る。思った通りゲーテの所にいた。
「様子はどうなの?」
「おはよう、オリビア。食事は食べないが、牛の乳と卵と砂糖を混ぜた飲み物が、大層気に入ったみたいでな。ずっと飲み続けている。それで体力が回復すればいいのだが」
「まだ快方に向かっている訳ではありません。しかし栄養満点の飲み物を体が欲しがるのはよき兆候かと」
スーリアがもぐさを練りながら答える。
「あ、ありがとう、兄さん……」
「お陰で小便が止まらず執事達がしびんを持って往生してるわ。わははは」
コーエンがゲーテの頭を撫でながら豪快に笑う。
――それから一週間
白い甲冑を手に入れた兵士達が、続々と城に集まってきた。コーエンはもう良かろうとデミアン王を牢屋から出すため、自ら地下牢に降りていく。
「お待たせしました父上。元黒い騎士団だった兵士達が白い甲冑を身に付けて王城に続々と集結いたしております。皆リューホに愛想がついたらしく、口々に懺悔の言葉を申し述べております。ここは全てを許し、寛容を持って接するのが肝心かと」
「分かった。それが大事じゃな。でないと城の牢が溢れかえる事じゃろうて、わっはっは」
王は退屈から解放されるのが大層嬉しいようで私にも話しかける。
「オリビアちゃんも来ていたのか。十日あまり風呂にも入ってないでの、匂ったらすまんの」
「私はそんな事気にいたしませんわ。それより、晴れての御出所おめでとうございます」
牢番が鍵をあける。するとダライ王が
「行ってしまうのか、寂しくなるのう」
「わしの所にある本を全てダライ王に与えるが良い。それではダライ王よ、失礼つかまつる」
デミアン王は階段を登り始めた。
城の前庭には、紅葉がひろがり、秋本番を迎えている。落ち行く真っ赤な葉が情緒を醸し出して美しい。もう冬も間近である。
そこへおよそ二千人もの兵士達が各々好きな場所に陣取り、リラックスして他の兵士達と談笑している。
風呂に入り、さっぱりしたところで王の装束を身に付ける。王の象徴であるマントを翻すと途端に王の顔になる。デミアン王が広場に出てくると、皆信じがたいという顔をしながら腕を胸の前におき、敬礼する。王はもはやリューホによって殺されたものだと思っていたのだ。
「皆よく戻ってくれた。礼を言うぞ。戦争では上官の言う命令が絶対。それを分からぬほど、わしも愚かではないつもりじゃ。これまでのことは全て水に流してまたクワイラのために働いて欲しい」
寛容な言葉に皆感激していた。
そこへ一人の兵士がやってきて、王の前に片膝をつき懺悔の言葉を述べる。
「王様、私達が間違っておりました。大将のリューホに絶対服従を強いられていたため、リューホを最高指令官だと勘違いさせられておりました。王様こそ最高指令官であり忠誠を誓う人物だと、改めてこの身に刻み付けているところでございます」
「そうか、励んでくれ」
「はっ!」
「ワシも軍事をリューホに任せっきりにしていたのがまずかった。気を引き締めていかなくてはならんのう」
どこからともなく拍手が沸き起こる。王と兵士が一つになった瞬間であった。
そこへコーエンが指示を出す。
「まずは二人一組になれ!」
皆相手を探して二人一組になる。
それから一人につき二十万ルピアを渡していく。
「これは支度金だ。今からリューホ探索に向かう。見事リューホを見つけたものは少尉に格上げとする。頑張ってこの国の隅々まで探し出して欲しい。励め!」
「おお!」
兵士達は散り散りに去って行った。がらんとした前庭に今度は噂を聞き付けた諸侯が馬で入城し始めた。コーエンが王の復活を予め諸侯に文で伝えていたのだ。
その一人、ブランドン侯爵が祝辞を述べる。
「おお我が主よ!牢獄に閉じ込められていたとはいえ、よくぞご無事で。感涙の極みにございまする。これからこのクワイラの地も、ますます繁栄していくに違いありません。まずはお祝いを申し上げとう
ございます。私めは、王が失踪したと聞いてからは大層嘆き、哀しみ、もしや身の危険が我が身にも及ぶのではないかと、不安との戦いの日々でした。さかのぼること三百年。まだ国境が混沌としていた頃のこと……」
「ああ、このおっさんが話始めると長いんだよね」
コーエンが肩をすくめたのを見て私もおもわずクスリと笑ってしまう。
他の諸侯も祝辞を述べていく。うんうんうんと笑顔で手を取り、
「また善き国を皆で作っていこうぞ」
と前向きな返事を返す。
ひととおり挨拶が終わるとデミアン王が叫ぶ。
「今宵は宴じゃー!舞踏会を催す」
そういうと機嫌よく城の中に入っていった。
ここは地下牢の一室。コーエンと私とウィルソンが小さなテーブルを挟んで今日の治療を終えたスーリアを尋問している。横にギロチン台を置いて。
「さて、ゲーテの病も一段落し、快方に向かったようだ。普通の食事も少しずつ食べるようになった。まずは礼を言う」
コーエンが頭を下げる。
ウィルソンが横からスーリアの脈を取る。彼は脈取りの技術を持っており、いざというとき嘘を見破る術としてコーエンに珍重されている。
「これからそなたを尋問させてもらう。心しておくがいい」
スーリアは細かく震えている。それはもういかんともしようがない。
「俺の質問すべてに『いいえ』で答えていくんだ。では参る」
「私は祖国、ゴライアス帝国を愛しています」
「いいえ」
「クワイラは美しい国です」
「いいえ」
「私は師であるワンエンを尊敬しています」
「いいえ」
問いが核心に迫る。
「私がゲーテに気病をかけました」
「いいえ」
手の震えが一層激しくなる。ウィルソンも脈が取れないほどに。
「王子に気病をかけておいてそれを直し、莫大な報酬を得ています」
「いいえ」
「コーエン様、どうやらゲーテ様を気病にかけたのは、この男に間違いないようですな」
「待ってください!洗いざらい白状いたします」
テーブルの上にある茶を飲み干すと観念したのか、手の震えが止まった。
「実は私にはシャンネイという姉弟子がいまして、鍼の腕も確かはもちろんのこと、侵入の名人なのでございます。もともと師ワンエンもシャンネイも私も遠き東方の国の出身であり、流れ流れてゴライアスに住み着いた次第。あるとき師ワンエンがこう申されました。『シャンネイ、王城に侵入できるか』と、後は皆様の想像通りでございます」
バキッ!
コーエンがスーリアをぶん殴る。スーリアは後ろにぶっ飛んだ。
「汚い、汚い、汚い! 仮にも医者であろう! そのような下郎のような振る舞い断じて容認せんぞ。ワンエンがシャンネイに計略を持ち掛けた時、お前は阿保のように聞いているだけだったのか。例え実行犯じゃなくても同じ穴のむじなよ。おって沙汰を下す。それまでここに入っていろ!」
そう捨てぜりふを吐くとコーエンは牢から出た。
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