新しい暮らし

 コーエンは次の日から、侍従長であるランドアに街の詳しい地図を持ってくるように言うと用意していたかのように地図を持ってきた。なかなか使える奴のようだ。


 まず、城に近い元貴族達の別邸を見て回り、主がいなくなりもぬけの殻になった公爵や侯爵の別邸を伯爵らに割当てていった。伯爵らは元の住みかより断然広い新しい住みかを気に入ったようで、特に奥方が満足をしているようだった。


 男爵に栄転した五人衆には元伯爵家の別邸をあたえた。こちらも広い別邸に手放しで喜んでいる。


 そして八十人ほどの白い騎士団は、少しのあいだ城の客室に住ませ、新しい住みかをおいおい自分で探して来るように伝えた。


 城へ戻ると改めてこの八十人を近衛兵に任ずる儀式を行った。中には泣き出す兵士もいた。


 するとその時伯爵の一人が待ったをかけた。


「若、代官をそっくり取り替えたいのですが。あやつらは役人仕事をしていますが元々兵士にございまする。今回の戦いに総出で戦ったのは間違いございません。これからの年貢や税の取り立てにこの新政権憎さにわざと税を緩め、その見返りに袖の下を求めるやもしれません。何でも代官所は三十八ヶ所あるとか。各都市部に十八ヶ所。あとは郊外の年貢の取り立てに二十ヶ所あると聞きおよんだ次第でございます」


 伯爵の一人が進言する。

「そこに白い騎士団を当ててゆくのです。衛兵は八十人も要りますまい。何事も最初が肝心でございます。全ての代官は剣を取り上げ町民に格下げ。このくらいしないと示しがつきません」

「なるほど……最初にガツンとやっておけという訳だな。よし、代官になりたいもの手を上げよ!」


 最初は面食らい躊躇していたが、次第に手をあげ始め、最後には五十人ほどに膨れあがった。


「そんなにはいらん。三十八人だ。どうするかなぁ。ドームよいい知恵はないか」

「は!ここは木剣の試合により勝敗を決めればよろしいかと」

「それはいい。年貢や税を集める仕事はかなめの役目。覚悟を見極めるには打ってつけだ」


 それから勝負が始まった。腕に覚えのあるものが順当に勝ち上がった。中には木剣勝負が怖くて辞退をするものもいた。


「これで決まったようだな。負けた方が衛兵をやるのは皮肉なことだが、勝負は勝負だ。恨みっこなしだぞ」

「ははー!」

「いい余興になったわ。あっはっは」


 食事の時間になった。奥方達とその子どもらはとっくの昔に新しい暮らしを始めるため屋敷に戻っている。


「さて、残るは自分の領地に戻ったと思われる貴族どもの処遇だが……」

 ドームが言う。

「これも屋敷を取り上げた上、町民に格下げがよろしいかと。なまじ騎士ナイトに格下げなど中途半端な事をすると当人達も面食らうでしょう。古今東西の歴史を見ると、家族もろとも死罪が通例でございます。そこを命だけは助けてやるのですから最も寛容な措置かと」

「そんなに死罪が多いのか。俺も戦で敵を斬るのはなんともないが平時に人を殺めたくはない。町民に格下げか。どうせ金を溜め込んでいるだろうから、金貸しでも始めるだろうさ。その方向でいこう」


 皆意義なしという顔をしている。


「さて、これが一番大きな問題だが、最も数が多い騎士ナイトの処遇はどうする?」


 皆うーんと黙りこんでしまった。私がしずしず手を上げる。


「ん。トイレか?」

「違いますよ。牛の飼育をさせてみてはどうでしょう。未開の原野を開墾させ、種牛を借りてきてどんどん増やしていくんです。侍女の一人に聞いたのですがこの領地はあまり牛を食べる習慣がないそうです。それで町民に牛の美味しさを知ってもらうセミナーを開くんです。ステーキにハンバーグ。牛タンシチューにカルビの焼き肉。街の奥方も思わずうなって牛の肉を食べるようになりますわ。その期間に三年かかると思いますんで、その間は地下の穀物倉庫に眠る兵糧の麦を配給してやるんです。どうですかいい案だと思いませんこと」

「セミナーってなんだ」

 やばっ!

「け、研修みたいなものですわ、ほほほ」

「なるほどな、お前が牛を食いたいだけじゃないのか。あっはっは」

 ホールが笑いに包まれる。

「違いますよ。真剣に考えて言ったんです!」

 私が膨れっ面をすると、コーエンがさらに笑う。

「人の顔をみて笑うなんて許せませんわ」

「悪かった悪かった。かわいいなと思っただけだよ。許せ」

「で、私の意見は?」

「そうだなあ、カイエル、どう思う」

 伯爵の一人、優秀そうな人物が口を開く。

「とても良いんじゃないでしょうか。私も牛タンシチューを食べとうございます。なんですか、そのセミナー…ようは無料試食会を同時に開いて関心を高める。そして倉庫に入りきれなくなった年貢を古い順に消化していく。一石二鳥の妙案だと思います。継ぎ足せば麦は人が生きていくための最低限の栄養がつまっているとか。それに鶏を飼育させて卵を摂取させれば栄養面でも十分かと」

「カイエルが言うのなら間違いない。これで決まりだな」

 ホールに拍手が鳴り響く。役に立ったようで、私も嬉しい!


 食事が運ばれてきた。ポークソテーに鶏の姿焼き、野菜の炒めものと好物がテーブルに並べられる。食前酒にワインを飲み、食欲が出たところでまずはポークソテーをいただく。


「相変わらずの食べっぷりだなあ、太るなよ」

「これでも押さえてますのよ」


 コーエンは後ろに控えている侍従長のランドアに、字が上手い者はいないか尋ねる。これから階級順に城に戻ってこいと手紙を書くためだ。これからの処遇は城で直に言い渡すようだ。


 ランドアは即答した。一人だけ字が上手い者がいると。コーエンはすかさず答える。


「明日からそいつに手紙を書いてもらう。準備をしておくように伝えておいてくれ」

「は!」

「さて食事も終わったことだし解散するとするか。今日の会議は有意義であった。それでは解散!」


 コーエンは3日に一度は私を求めてきた。私も酒で酔わなくても口で出来るようになっていた。心がどんどん女になっていくのを感じる。


「今日も良かったよ」

 そう告げられると顔が紅潮する。3日に一度の夫婦の陸事。甘い香りにしばし酔う。


「戦後処理はいろいろつらい事が多いなー」

 珍しくコーエンが愚痴をこぼす。

「コーエン様、元気を出して。明日からまたお仕事ですよ」

「そうだな、もう少し走らなければならない。よろしく頼むぞ」


 二人は軽くキスをした。




 城に従者や侍女が戻り始めていた。彼らはコーエンが城に残った侍女らから、全く恐ろしい人ではないと噂を聞きつけて帰って来てくれたようだ。これで人手不足も解消された。


 一番心配だった代官の件は以外とスムーズにいっているらしいとの報告が各地から続々と届いていた。代官達は前の戦いではコーエン率いる部隊が尋常ならざる強さを持っているのを聞き、怯えていたのだった。そこへ代官交代の通知が届いた。おとなしく頭を下げざるを得ない。斬首されても仕方のないところ。それを命だけは救われたのだ。皆ほうほうの体で逃げるように代官所を去って行ったと言う。


 不気味なのは先の戦いに参加し、逃げ延びた元 騎士ナイト達の存在である。重症をおっていてもそろそろ傷も癒え、これからの事を考えている頃だろう。もし徒党を組んで城を襲ってきたら……


 コーエンはそこで考えるのをやめた。騎士ナイトたちには、手付かずの土地を提供するとお触れを出すつもりだ。それにほとんど起きないであろう事に心を砕くのもばからしい。もっと前を向かなくては……ワインを飲むと途端に晴れやかな気分になる。寝酒に二杯開け、いい夢を望みながら窓の外を見た。

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