ルナスティックマジックは復讐の香り
マスカレード
第1話 ルナ、お手伝いしたもん
アメリカ ロサンジェルス
たまご色の羽をまっすぐに伸ばし、オカメインコが風を切って、サンタモニカ山脈の深い森の中を飛ぶ。
チークを塗ったようにオレンジ色に染まった頬が愛らしいその鳥は、キョロキョロと辺りを見回し、レンガの壁と緑の屋根の上に設えた青銅でできた風見鶏を見つけると、まっしぐらに下降して行った。
風見鶏に停まって、眼下を見ると、庭木にはクリスマスツリーに飾るためのサテンでできた赤いボンボンが揺れている。
今は5月なので、普通ならこの飾りを目にするはずはなく、またサンタモニカ山脈のこの辺りは、ほとんど人の住まない所なので、同じ飾りがあるかどうか調べようにも近隣に家は見当たらなかった。
聞いていた目印に間違いないと分かると、オカメインコのルナは再び羽ばたいて1階の窓へと近づき、くちばしで窓ガラスを叩いて合図を送ろうとした。
(あれっ?窓が開いている。ルナの為に開けておいてくれたのかな?)
観音開きで、ㇵの字型に外に向かって開かれた窓枠に停まり、ルナが用心ぶかく中を覗き込むと、リビングらしい部屋のカーペットの上に、男がうつ伏せで眠っているのを発見した。
コンコンと一応くちばしで窓ガラスをノックしてみたが、男が起きる気配はない。どうやら5月の爽やかな空気を入れるために窓を開け放ち、あまりの気持ちよさに熟睡してしまったようだ。
不用心という言葉が一瞬頭を掠めたけれど、こんな山奥の一軒家に入る空き巣はそうそういないだろうと思い直し、ルナは窓から飛んで入り、男が寝ているすぐ横のティーテーブルに降り立った。
部屋には異臭が漂っていて、思わずルナは顔をしかめたが、この匂いを追い出すために空気を入れ替えていたのかもしれない。
部屋の床全体に敷かれたクラシカルな模様の赤い絨毯は、所々色がまだらになっていて、あまり裕福な暮らしをしているようには見えなかった。
だが、安くはない代金は先払いで振り込まれているので、単なる節約をしているだけかもしれないとルナは思った。
(さて、お部屋の観察なんてしてる場合じゃないわ。ここまで来るのにずいぶん時間がくっちゃったから、とっとと仕事を済ませて、暗くなるまえに帰らないと、カミラが心配しちゃう)
ルナはぐっすりと眠っている男の肩に飛び移り、修復する箇所を探した。本当ならここに着いてから、依頼主に修復する箇所を聞いて、施術をするはずだったのに、この依頼主はのんびりとお昼寝をしてしまっているので、自分で探さなければならない。
でも、それは案外早く見つかった。
(あっ、こめかみに穴が開いてる!これだわきっと。良かった早く治しちゃいましょ)
ルナは男の肩からぴょんと頬にジャンプして、羽を広げてこめかみの穴にかざし、額に意識を集中させる。身体が発光しているように明るくなり羽の先からきらきらした光の粉が舞い降りた。
何度も羽を動かすうちに、穴の淵の皮膚が内側へと蠢いて、どんどん穴は小さくなり、やがて塞がった。
ただ、それだけでは無理やり伸ばした皮膚が波打っているので、ルナはかざした左右の羽を交互にサッサッと入れ替えながら、呪文を唱えた。
「ルナ、ごっきげ~~~~ん」
すると、男のこめかみは最初から穴など無かったように、きれいに修復されたので、最終確認をしたルナは満足して、家路へと急いだのだった。
ルナのご主人カミラ・プティは、赤い髪に緑の目をしたはっとするほどの美人で、年齢は30歳と若く、形成外科の医者をしている。
サンタモニカ山脈の人家がまばらな場所に住んでいて、麓の街の病院へは車で通っていた。
でも、それは表の顔で、本当はリカバリーマジックを使う魔女であり、本当の年齢は誰も知らない。
出会いは、10年前のペットショップに遡る。
肌色の地肌に生え始めたばかりの羽毛は、濁ったビニールのようなものに包まれて、ちゅくちゅくの棘のように逆毛立ち、ルナはまるでヤマアラシのようだった。
暖を取るために仲間の雛と身体を寄せ合っていると、ペットショップの天井の明かりがふと遮られて影が差した。
何? 餌? ふと顔をあげたルナの上に、にゅっと知らない顔が付き出され、
ぎゃ~~~っ!!と驚いたルナは、冠羽をまっすぐに逆立たせ、思わず身体を揺らしながら、が~が~と威嚇した。
「元気ね、この子。オス?メス?どっち?」
「それが、成鳥になるまで分からないんです。オカメインコは気が優しいですし、このくらいから飼うととても人慣れするので、鳥をお望みならお勧めですよ」
「そう、じゃあ、この子をいただくわ。ケージも食べ物も必要なものを揃えてちょうだい」
「はい、畏まりました。ありがとうございます」
そうして、ルナはカミラのペットになった。
注射器のような容器から、練り餌を口に押し出され、警戒しながらもパクリとかじりつくと、温度もちょうどいいオイシイ餌がくちばし一杯に広がって、満足気なルナに、カミラは優しい顔で語りかけた。
「おいしい?ルナ。あなたの身体は月光の光のように淡い黄色だからルナよ。私はカミラ・プティよろしくね」
それから毎朝ルナを掌に載せて、ルナごきげん?と聞くカミラが大好きになり、朝一番で呟かれるお気に入りの「ルナごきげん」の呪文も言えるようになったころ、ルナの身にある事故が起きた。
カミラは形成外科医として、普通の人の治療をしているけれど、実は魔法を使って傷や痣などを消す裏家業もやっている。
そちらのお客さんは主に、人間界だけでなく、魔界に住んでいる魔法や呪術を使う者たち、そして、その使役たちだ。
カミラのリカバリーマジックは見事なもので、酷い傷跡や命に関わる模様、つまり呪詛などによって浮き出た文字や模様を消してしまうので、口コミで依頼が増えていった。
そうなると日中の仕事と両立できなくなり、悩んだカミラは使役に力を与え、簡単な治療を任せることにした。
使役にしようと連れてきた野良猫を庭に描いた円陣に座らせ、まさに魔術をかけようとした時、野良猫の番が乱入して来て、驚いたルナはカミラの肩から飛び立ち、カミラの杖から放たれた使役の契約呪文に絡めとられてしまった。
そして、今に至る・・・。
出勤前の静かなひと時を、カミラはダイニングテーブルの上に置かれた新聞に目を通しながら、コーヒーを飲んでいた。
肩にはルナが止まり、せっせと羽つくろいをしている最中で、身体をぐっと後方に捻じ曲げ一本の長い尾羽を咥えて引っ張ると、他の尾羽が広がって、まるでオッケーマークに見えるところが愛らしい。
最近は使役として、簡単な治療ならルナがやってくれるので、忙しいカミラはとても助かっていた。
魔女の使役は黒猫というイメージが強いので、まぁ、カミラもそうしようと思ったくらいだから仕方ないのだが、もし自分が危ないことに巻き込まれても、ルナはただのペットとして見られ、難を逃れるかもしれない。
ほうきに乗ったり、瞬間移動に頼らなくても、ルナは自分の羽で飛んでいけるし、何と言ってもほっぺの赤いとぼけ面が依頼者の警戒心を解く。
ただ、そのとぼけ面にあったドジな面があるのが玉に瑕ではあるけれど・・・
そんなことを思いながら、新聞を読んでいたカミラは、ある一面に目を留めた。
【サンタモニカ山脈の一軒家で変死体が発見された。男は銃で頭を撃たれていて、弾は貫通しているが、弾が入った傷が見当たらないという。この男はロサンジェルス界隈を牛耳るギャングの一味と見られ、室内に複数の足跡があることから、この事件がギャング同志の争いによるものなのかどうか目下検討中。尚、この一軒家の持ち主イーサン・トガシは行方不明であり、なんらかの事件に巻き込まれた可能性を含めて捜索中である】
思わず新聞を握りつぶしたカミラは、肩の上でかりかりと頭をかいているルナを睨みつけ、その身体を手で掴もうとしたが、ルナの方がいち早く危険を察知してカーテンレールの上に逃げた。
「こぉ~らルナ!あんた何やってるの!?あんなに相手を確かめろって言ったのに」
「だって、お昼寝してて名前聞けなかったんだもん」
使役になったルナは、人の言葉を解し、話せるようになったが、人前ではペットのフリを崩さず物まねしかしない。だが、カミラと二人っきりの時は別で、かわいい声でさえずるようにぺらぺらしゃべる。
「お昼寝じゃない!銃で撃たれて死んでたんだ!」
「死んでた?」
そういえば、赤いカーペットがまだらだったことを思い出す。あれは飛び散った血や脳髄だったのかもしれない。
「ええええ~~~~っ!?ルナ治しちゃった!こめかみに小さな穴が開いてたのごっきげ~~~~んって治しちゃった!」
「こら!騒ぐな!叫びたいのはこっちだ。怪奇事件として注目されれば、私たちの存在が世間にバレる可能性がでてくる。それにイーサン・トガシは代金を私宛に振り込んでいるから、警察やギャングに探りを入れられたときの理由を考えないといけない。あ~どうしよう。トガシを探して口裏を合わせないと・・・」
椅子から立ったかと思うと、カミラは部屋の中を落ち着か投げにグルグル歩きだす。だが、もしトガシが命を狙われていたとしたら、簡単に見つけるのは無理だろう。あちらからのコンタクトを待つより方法がないのかもしれない。
「ルナ、仕事に行ってくる。お留守番を頼むね。変な人物が訪ねて来ても、知らん顔してなよ」
そう言って、カミラは見られてまずい物がないか辺りを確認してから家を出て行った。
一羽残されたルナは、自分の仕出かしたことが、カミラにどんな影響を及ぼすかを考えて身震いする。
「探さなきゃ!イーサン・トガシを探さなきゃ。でも顔も分からないのにどうやって?」
考えても答えがでるはずもなく、ルナはダイニングの壁にかけられた写真を横に押上げると、ルナ用の秘密の通路と出口を抜けて空へと飛び立ったのだった。
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