第七章 料理人

第一話 マヨネーズとハンドミキサー

 駄目だ。この味では新しいメニューにふさわしくない。

 何か新しい刺激が欲しい。

 俺は、街で料理人をしている中年のバルトサンダだ。


 俺の店は従業員も雇ってない、テーブルが四つ置いてあるだけのこじんまりとした店だ。

 いまいましい事に近隣にライバル店ができた。

 ライバル店は従業員も六名ほどいて店の規模でも価格でも負けている。

 味では負けてないと思いたい。

 客がそちらに流れ始めて一ヶ月。

 新しい料理を考案して打ち出すも客の流れは一向に止まらない。




 先日、大きい料理店で修行している時の後輩が来て、何でも希望がかなう魔道具という物を置いていった。

 怪しい、実に怪しい。

 しかし、このような物に頼らなくてはいけない程、切羽詰っている。




 古そうな羊皮紙は神が出てきそうな魔道具に見えた。

 神は碌でもないが、約束は守る。

 やってみるか。




 古代語は昔、古代の料理レシピを解読するためかじった事がある。

 起動の呪文がさえ分かれば問題ない。

 この唱えよデマエニデンワと希望を叶えるという文言は簡単に解読できた。




「願いを叶えるなら、神でも悪魔でもどんと来てみやがれ。いくぞ。デマエニデンワ」


 俺は決意を胸に呪文を唱える。


 プルルルと魔道具から音がした。

 それからガチャと音がする。

 これ壊れているのか、俺の決意を返してくれ。

 念話が繋がった。壊れてはいないのか。


 応用が利く料理のレシピを要求した。

 レシピではなく調味料をすすめてきたが、それでは駄目だ。

 レシピでなくては、そこは譲れない。


 折衷案としてレシピがある調味料を出してきた。

 生卵と酢と油を使うとな、さては念話の相手は悪魔だな。

 広く知られている事だが、生卵は腹を壊す。この存在はそれを楽しむのに違いない。


 相手は神の眷属を名乗ってきた。神の眷属だとぉ。

 非常に驚いた。神の国では生卵で腹を壊さないというのか。

 神の国から生卵を仕入れたら、新しいレシピが幾らでも作れそうだ。


 とりあえず、生卵とレシピを注文した。


 念話が切れ、厨房に光が溢れます。


「ちわー、アイチヤです。配達に来たっす」


 光の中から能天気な声が掛かる。


 アイチヤは純朴そうな青年にみえ、厨房の道具を見回して確認している姿が一端の料理人のようだ。


「何も持ってないようだが」

「今から出すっす。アルティメットボックス」


 俺の指摘にアイチヤはスキルを発動させた。


 アイチヤは黒い穴に手を入れると透明な物に包まれた玉子と紙を取り出す。

 紙を覗き見ると分からない文字が書いてある。


 俺が文字が分からない事を伝えると、アイチヤは自信は無いけど一緒に作ると鼻の頭をかきながら言った。


「早速始めよう。油と酢は用意してある」


 俺の言葉に俺達は料理し始めた。


 アイチヤの指示に従ってボウルの卵黄を入れてよくかき混ぜた。

 酢と塩とコショウをいれかき混ぜる。

 コショウというのは隠し味のスパイスだと言っていた。

 油を少し入れながらかき混ぜる。


 だいぶかき混ぜた。これはドレッシングか。

 アイチヤは紙を読むと呟いた。


「失敗っす。油入れすぎたっす」


「新しいレシピに失敗はつきものだ。もう一回だ」


 俺は言葉と共に気合を入れ直した。


 今度は慎重に油を入れる。段々と色が白くなって固くなってきた。

 更に油を追加しては、かき混ぜるを繰り返す。


「これで完成?」

「やったっす。マヨネーズっす」


 俺の問いにアイチヤは味を確かめ調味料の名前を告げた。


 俺もスプーンですくいとって味を確かめた。

 卵黄の風味が豊かに香り、コクとふくらみのある美味しさだ。

 旨味が濃くてインパクトがある。

 生卵の問題がどうにか出来ればこの国の材料でも作れる。


 そうだ、神の眷属に聞けばいい。


「アイチヤ、生卵はどうしてお腹を壊すのか分かるか?」

「キンがいるらしいっす。俺の国ではサッキンしているっす」


 俺の問いに知らない単語を話すアイチヤ。

 意外と物知りなんだな、この眷属。

 原因が分かるのなら対処も出来るはずだ。


「キンってなんだ?」

「目に見えない小さな生き物っす。熱などに頼らないで殺す方法があれば多分問題ないっす」


 俺の更なる問いに答えるアイチヤ。

 小さい生き物を殺すのなら、魔法か魔道具で解決できそうだ。

 後で知り合いの魔法使いに聞いてみるか。




 アイチヤにはマヨネーズを使ったレシピを教わった。

 茹でた芋を潰してマヨネーズを混ぜた芋サラダ。

 マヨネーズと肉野菜を一緒に炒めた物。

 玉子サンド。

 余った卵白で作るメレンゲ菓子も教わる。

 マヨネーズは防腐剤が入っていないので念の為一日で使い切るよう言われた。


 アイチヤは金を受け取ると光と共に去って行った。



 三日後、新メニューに切り替え店を開ける。

 客は疎ら。しかし、新メニューの反応は良い。


 何日か経つと客足がライバル店が出来る前ぐらいに戻ってきた。

 更に何日か経つと、店の外に行列が並ぶ様になっている。


 まずい腕が限界だ。マヨネーズを作るのにかき混ぜる必要が無ければ良いのだが。

 これも魔法使いに相談するか。

 それでは間に合いそうもないな。

 弟子を取れば問題ないのは分かっている。

 けれど、マヨネーズの秘密を簡単には教えたくない。

 アイチヤを頼るか。


「デマエニデンワ」


 俺は呪文を唱え念話が繋がった。


 玉子の注文かと聞いてくるアイチヤに、俺はマヨネーズが簡単に作れる道具を頼んだ。

 道具と完成品のマヨネーズを持ってきてくれる事になった。


 パンパンになった腕を酷使してマヨネーズを作りながら、アイチヤを待つ。


「ちわー、アイチヤです。配達に来たっす」


 アイチヤの声に救世主に出会ったかのように心の中で感謝を捧げた。


「早く道具をくれ。もう限界だ」

「これっす。手動ハンドミキサーっす」


 俺の苦鳴まじりの声に、取っ手の付いた道具を差し出してくるアイチヤ。


 受け取って取っ手を回してみる。なるほど回転してかき混ぜるのか。

 これは便利だ。


「完成品のマヨネーズも一応味見させてくれ」


 俺が言うとアイチヤは透明な包装に包まれた物を渡してくる。

 このマークの羽の生えた生き物はなんだ。きっと神の国の生き物なのだろうな。

 包装を破り、蓋を外す。舐めてみると確かにマヨネーズだが、俺が作った物のほうが味が濃くて美味しい気がする。


「このかき回す道具でなんとかなりそうだ。ご苦労様」


 俺の言葉を聞いて、アイチヤは金を受け取ると帰って行った。




 アイチヤは何の神の眷属なんだろう。良い神というのは金の神しか知らんな。

 だいたい、他の神は極悪だ。

 金の神は正体を知られると逃げ出すと言われている。

 アイチヤにも何の神の眷属なのか聞かないでおくか。

 逃げられたら元も子もない。



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商品名     数量  仕入れ 売値   購入元

レシピ         無料  一万円  ネット

玉子      五十個 五百円 千円   スーパー

ハンドミキサー 一個  三千円 六千円  大型スーパー

マヨネーズ   一キロ 八百円 千六百円 業務用スーパー

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