金の神編
第六章 駆け出し冒険者
第一話 塩
やばい、剣が溶かされた。
今日の昼飯を奴に投げつける。
奴は昼飯に夢中だ。
幸い奴は足が遅い。今の内に撤退だ。
何の変哲も無い農村の畑での一幕。
俺はオッスント、三日前から冒険者をやっている駆け出しだ。
薬草採取の依頼を何日かこなし、いい気になって討伐依頼を受けた。
それがスライム退治の討伐依頼だ。
碌に調べもせず討伐に来た俺はまんまとスライムに武器を溶かされ逃げている最中。
依頼失敗で汚点が付くのは非常にまずい。
特にスライム相手に逃げたなんて知られたら良い笑いものだ。
どうしたものか。
木の棒でも拾ってきて再挑戦するか。
多分、木の棒も溶かされて、ついでに腕も溶かされる。それは勘弁して欲しい。
何か無いか、背負い鞄をあさり中に羊皮紙を見つけた。
たしか、商人が希望の品を売ってくれる魔道具だったか。
これは先輩の更に先輩の知り合いがダンジョンでみつけたらしい。
先輩に胡散臭いから、使わないのでやると言われた。
今の状況にぴったりの魔道具だ。
起動の呪文は判明している。
「確か。デマエニデンワ」
俺は魔道具を起動させる呪文を言った。
プルルル、奇妙な音が魔道具からする。
ガチャという音と共に念話が繋がった。
念話が通じた。最近の商人は進んでいるな。
スライムを退治できる物をという俺の注文に、何を使えば退治できるか分からないから見に行くと答えた。
ガチャという音と共に念話が切れる。
しかし、念話で注文を取って転移で配達するとは上手い商売だな。
転移は空間魔法かな。俺は種火を作るぐらいしか魔法が使えないから凄く羨ましい。
魔法使いの弟子を一週間前まではやっていたんだが、才能がなくて追い出された。
突然目の前に光が溢れ、能天気な声が聞こえてきた。
「ちわー、アイチヤです。様子を見に来たっす」
これが商人か、人の良さそうな外見だ。
商人がいかつい風体だったら商売にならないだろうから当たり前だな。
「あれを何とかしてくれ」
俺は畑の至る所にいるスライムを指差して言った。
「あれがスライムっすか? はじめて見たっす」
アイチヤが驚きながら興味を持ってスライムを観察している。
「まずはこれっす」
アイチヤは持って来た鞄から団子みたいな物を取り出しスライムに投げ込んだ。
ホウサンダンゴとアイチヤは言っていた。
次は良く分からない円柱の金属の道具を出して来て霧を吹きつけた。
霧は虫を殺す薬らしい。
スライムにこれといった変化は無い。
「駄目っすね。お手上げっす。そうだ、まだあったっす」
アイチヤは残念そうに言った後に、鞄からなにやら袋を取り出した。
アイチヤは袋を破き白い粉をスライムに掛ける。
スライムは苦しがりのたうつ。おお、凄いな何だあの粉は。
「アイチヤさん、その粉は?」
「塩っす。どんどんいくっす」
俺の問いにアイチヤは調子良く答え、スライムにどんどん塩を掛ける。
スライムはみるみる縮んでいく。
コアを残してスライムは消滅した。
凄いけど、お金が幾らあっても足りない。
「安いっすよ。五キロで銀貨一枚っす」
俺はいつの間にか思った事を言葉に出していたらしい。
アイチヤはそれに答えた。
ここは内陸だから塩はもの凄く高い。アイチヤの塩は海沿いの物だから安いのだろう。
「えっ。もしかして、海沿いの国から転移魔法で跳んできているのかい」
「そうっす。島国っす。でも、ここへはスキルで来たっす」
俺の疑問にアイチヤは頷いて答えた。
そうかスキルで来ているのか。魔法だと海から来るにはとんでもない魔力が必要だから、おかしいと思ったよ。
しかし、そんなスキルの存在は聞いた事がないな。伝説にあるユニークスキルって奴だろう。
「塩、注文するっすか?」
「五キロで銀貨一枚か、とりあえず五十キロ頼むよ」
アイチヤが問いかけ、俺は頭の中で計算して答えた。
「分かったっす。急いで持ってくるっす。まいどありー。デマエキカン」
デマエキカンと謎の言葉を言ってアイチヤは去って行った。
一時間ぐらいしてアイチヤが帰って来た。
あれ手ぶらだぞ。塩は仕入れられなかったのか。
「塩はどこだ?」
「今出すっす。アルティメットボックス」
俺の問いにアイチヤは返答しスキルを発動した。
アイチヤは黒い穴から紙に包まれた塩を取り出す。
アイテムボックスの同系統のスキルなのか、これも聞いた事がないな。
アイチヤはいくつユニークスキルを持っているのだろう。
金を渡すとはアイチヤは帰っていった。
よし、頑張ってスライム退治だ。
俺は、スライムに纏わり付かれない様に注意しながら塩を掛けた。
粗方片付いたな。スライムコアの無傷なのは高く売れるから、塩の代金ぐらいは出る。
剣の方は採取依頼を頑張って又買うしかないだろう。
ギルドで報告を済ませ。
それから何十日も薬草採取に励んだ。
「ばかもーーん! お前スライム討伐で何やった!?」
ギルドに薬草を収めに行ったら、突然ギルド職員に怒られた。
「何って。スライムに塩掛けて、殺しただけです」
俺はきょとんとしながら言葉を発した。
人に被害なんて出てないはずだ。ギルド職員は何をムキになっているのだろう。
「お前海沿いの町では畑が作れない場所があるのを知らんのか?」
「海までは行った事ないですから」
ギルド職員あきれながらの問い掛けに、俺はそんな事知らないよという気持ちで発言した。
「塩が畑に染み込むと畑が駄目になるんだ。お前の不始末だ何とかしろ」
言い放つギルド職員。
知らなかったのだから仕方ないじゃないか。
俺の責任になるのか、何か納得がいかないぞ。
でも退治したのは俺だし、俺のせいになるのだろうな。
事態がだんだんと俺にも飲み込めてきた。これは非常にやばいんじゃ。
「そんな。出来ないとどうなるんですか?」
「罰金だな。罰金の額は凄いぞ。なんせ畑数枚分の弁償だからな」
うろたえながらの俺の問いにギルド職員は突き放すように答えた。
「なんとか考えます」
俺は沈み込む気持ちを抑えなんとか話を締めくくるとギルドを後にした。
とほほ、どうしよう。
宿の食堂でエールをちびりちびりとやりながら考える。
金をどこからか工面するのは無理だ。
この街の冒険者の先輩は知り合って間もないから、助けてはくれないだろう。
商売するのも先立つものがない。
それにそんな事をしていると奴隷落ちだ。
俺の持っている抽出スキルが役に立てば良いんだが、今まで役に立った事が無い。
そのスキルを発動するには物質の詳しい知識がいる。
塩の知識と言ったって、舐めるとしょっぱいと白いぐらいしか知らない。
これから勉強するなんて流暢な事はやってられない。
そうだアイチヤに責任取らせよう。
呪文を唱えてアイチヤと念話を繋いだ。
アイチヤのお気楽な念話に俺はムカっとし、文句を言って噛み付いた。
畑の弁償は出来ないというアイチヤ。
使えない奴だな。
まあ塩は安かったし、儲かってないのかもな。
調べる事しかできないアイチヤに、俺の抽出のスキルを役立てるための知識を要求した。
知識なら任せて欲しいといってアイチヤは塩について説明を始める。
塩は塩素とナトリウムで出来てると聞いた。
更に詳しい知識を教えてもらい念話は終わる。
問題の畑の前でスキルを発動した。
「抽出」
やったぞ目の前に三十センチぐらいの白い山が出来る。
後は繰り返すだけだ。
これを土嚢かなんかにつめて売るか。
いやいやスライムを溶かした塩だから食用に売るのはちょっとな。
塩は結局またスライム退治に使う事になった。
畑に塩を蒔いても回収できるし、スライム退治が天職に思えてきた。
あれからアイチヤには何度も塩を頼んだ。
それらは食用に転売した。
スライム退治で儲かるし、塩の転売でも儲かる。
一時はどうなるかヒヤヒヤしたが、今ではアイチヤが金の神に思えてきた。
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商品名 数量 仕入れ 売値 購入元
塩 五十キロ 五千円 一万円 スーパー
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