第二話 電卓とそろばん

 困ったわ。

 ゲーム機を一日一時間に制限したにも係わらず、鍵の掛かったゲーム機が入った箱を姫様が開けてしまわれる事が一番の悩み。

 どうやって開けるのかしら。

 ゲームをやっているのを見つけては取り上げて箱に入れる。

 まるでイタチごっこだわ。

 どこか分からない所に隠そうかしら。




 昨日、目を離した隙に夜中にゲームしていた姫様は計算の授業で居眠りしてしまったようね。

 どっさり宿題を出されて大変そう。


「大体指の数が沢山無いのがいけないの。二桁の足し算は難しい……」


 姫様は愚痴を溢し、そわそわ辺りを見回し始めた。


「姫様その宿題は姫様が原因です。諦めて片付けて下さいませ」

「そんな事言っても難しいんだもん」


 私の言葉に頬を膨らませて抗議する姫様。困ったものね。

 そろそろ限界かしら、こういう時は何か言いだすに決まっている。




「アイチヤを呼んでちょうだい。計算をする道具を出して貰うの」


 碌でもない事を姫様は言い出した。

 ほら、やっぱりだわ。

 そうだ、この機会に鍵開けの秘密を聞き出だすわよ。


「姫様、アイチヤを呼ぶ代わりに鍵をどうやって開けているのか、おっしゃって下さい」

「スキルを使っているの」


 私の問いかけに姫様は素直に応じた。

 姫様のスキルは確か点検だったはず。どうなっているの。


「スキルで鍵の中の傷を把握してそこをピンで押してくるっと回すの」


 続いて言った姫様の言葉に対策を考える。

 という事は新しい鍵なら中に傷がついていないから大丈夫ね。


「分かりました。充分です。今からアイチヤを呼びます」


 私は姫様に話しかけ、約束のアイチヤを呼ぶための準備をする。


 私は神器を手に呪文を唱える。


「デマエニデンワ」


 プルルルと奇妙な音がまたしたわ。これは何なのかしら。

 きっと目覚ましね。アイチヤは普段眠っているのに違いないわ。

 ガチャという音と共に念話が繋がった。


 私は計算する機械をアイチヤに頼む。

 デンタクが安すぎて単体では配達出来ないという。

 結局デンタクとソロバンをアイチヤに頼む。


 ガチャという音と共に念話が切れた。


 二回目ともなると、流石に慣れた。

 値段が安いと配達はしないなんて。

 商人だったら幾らでも配達しなさいよ。

 商人といっても神の眷属なのね。

 やっぱり、遊びで商売をやっているのかしら。




「悪いけど計算を姫様に教えてくれる」

「良いわよ」


 私はグラデリカが手持ち無沙汰だったので申し訳なさそうに声を掛けた。

 グラデリカは笑顔で承諾した。


 グラデリカは姫様にまず一桁の計算を指を使わなくても直感で出来るように教えている。

 覚える組み合わせが多くて、姫様は苦虫を潰したよう。

 そんな事をしていると、部屋の中に光が溢れた。


 来たわね。碌でもない物を持ってきたら、只じゃおかないわよ。


「ちわー、アイチヤです。配達に来たっす」

「商品を見せて頂戴」


 アイチヤの能天気な声に毒気を抜かれるも、気を引き締め少しきつい口調で私は命令した。


 アイチヤは袋から突起が沢山ある板と棒に玉が沢山ついた枠を出した。

 突起がある方がデンタクね。木の枠の方がソロバン。よし覚えたわ。

 デンタクは数字がゲーム機と一緒ね。神の国の文字かしら。

 ソロバンの方はやり方の動画という物をゲーム機に入れて貰ったわ。

 アイチヤは説明を終えると帰って行った。

 でもまだ安心は出来ない。検証が必要ね。




 デンタクを試すと思いの他、便利なのに気づく。

 これは何かありそうね。悪い予感がするわ。

 便利な物ほど重大な欠点があるものよ。

 こちらはしまっておくわ。


 つぎはソロバンね。動画を見て真似してやってみる。

 これも便利だけど便利すぎるということはないわね。

 こちらを姫様に渡すわ。




 姫様はソロバンを使って足し算と引き算をする。

 子供は覚えるのが早いわね。あっと言う間に宿題が済んだわ。

 姫様の機嫌も良くなったし、これで何もなければ良いけど。




 さて、デンタクをどうしよう。鍵の掛かった箱は開けられる恐れがあるから、人にあげる事にするわ。

 文官でしつこく言い寄ってくる男がいたから、これをあげて黙らせるとしましょう。




 昼間、王宮の廊下に文官の男を呼び出したわ。

 人通りが多くて注目の的だけれど、男が逆上してもこれなら誰かが助けに入ってくれるわね。

 文官は私の分析では自分に才能があると思い込んでる無能者かしら。

 顔も好みではないし、どちらにしろお呼びじゃないわ。

 文官は自信満々で歩いて来た。


「あなたにこの道具をあげるわ」

「おや、プレゼントかい。僕と付き合う気になったんだ」


 私が文官に話しかけデンタクを渡すと、文官は笑みを浮かべ話す。


「逆よ。この道具を使えば計算が速く出来て出世間違いなしだから、金輪際わたしに話しかけないで」

「なんだ、そうか。出世の為には恋を諦めるよ。僕は計算が出来る男なんだ」


 私は尖った口調で男に話しかけ、文官は余裕の表情で言葉を紡いだ。


 振られた事が理解できないみたいね。

 私は説明書の紙を押し付けるように渡し立ち去った。




 一週間経ったある日、文官が話し掛けない約束を破って接触してきたわ。


「ひどいよ。確かに仕事は出来るようになったけど。みんな仕事を押し付けてくるんだ。忙しくって寝れてない」


 文官が憔悴した表情で話しかけてきた。

 よくみると目の下に隈があるわ。


「分かったわ。百個追加で手に入れてあげる。そのかわり、もう話し掛けないで」

「恩に着るよ」


 私は提案し文官は拝む仕草をして感謝した。



 アイチヤにデンタクを頼むついでに、デンタクの仕組みを聞く。

 なんでも二進数で動いているらしいわ。

 1が動力がある状態で0が動力がない状態と聞く。

 2はどう表すのかというと10。これは魔力でも実現が可能ね。

 魔道具でデンタクが作れそう。

 魔法学園で研究者をやっている友達に手紙を出さないとね。


 ソロバンの作り方もついでに聞く。

 プラスチックは溶かして固めてソロバンの玉を作るのだとか。

 木製の場合は回転させて削るのだろうと言っていたわ。

 どちらも可能ねソロバンも追加で頼んで友達に贈ろう。


 これ特許登録出来るかしら。魔道具の方は大丈夫よね。

 まあ、研究するのは友達だから、おこぼれが少し貰えれば良いわ。




 更に三ヶ月後のある日、文官が文句を言って来たわ。


「酷いじゃないか、仕事は確かに速くなって褒められたけど。昇進試験で計算の成績が皆さがった。どうしてくれるんだ」

「そんなの試験勉強をさぼったあなた達が悪いのよ。知らないわ」


 文官の酷い剣幕に私は突き放すような口調で喋った。


「そんな」


 絶句してうな垂れる文官。




 やっぱり、悪い予感は当たったわね。

 計算が出来なくなる道具なんて姫様に渡したら大変な事になる。


 ソロバンも危ないかも、急いで確認しなければ。


「お聞きしたい事があります。計算の勉強は進んでいますか?」

「聞いて、二桁どころか三桁や四桁の計算も出来るようになったの」


 私は姫様に確認し、姫様は予想外の答えを返した。


「どうしてですか?」

「計算する時ソロバンのイメージが頭に浮かぶの。そうすると指が足りなくても計算が出来るようになったの」


 理由を問う私に、姫様は得意げに自慢する。


 姫様、実は凄いのかしら。私には出来そうにないわ。


「そうですか」


 相槌を打つ私。


「二桁の掛け算も出来るようになって、先生に褒められたの」

「それは、よろしゅうございました」


 嬉しそうに報告する姫様に私は安堵して言葉を掛けた。


 安物は駄目ね。

 高かったソロバンを選んで正解だわ。



 アイチヤの売る物はやっぱり危ないわね。

 魔道具のデンタクも危険かしら、でも計算が苦手になっても楽をしたい人は居ると思う。

 注意書きを付けとけば、きっと大丈夫ね。

 今回の事は神が悪戯好きってのは有名だから、これもきっとそうだわ。

 文官が計算を苦手になって四苦八苦する姿を楽しんだに違いないわね。

 姫様に害が及ばなくて一安心だわ。



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商品名  数量 仕入れ  売値  購入元

電卓   一個 百円   二百円 百円ショップ

電池   一本 三十五円 百円  スーパー

そろばん 一個 四千円  八千円 文具店

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