第三話 小型カメラ

 二階にいる俺の所に一階から良い匂いと喧騒が聞こえてくる。

 ふぁーあ、眠くなるぜ張り込みって奴は。

 一階が定食屋で飯が美味いのだけが救いだ。

 俺は向かいの宿を見張る。

 向かいの宿には引っ切り無しに人が出入りする。

 その出入りを昼夜中関係なく交代で記録するのが任務だ。


 俺は夜の巡回で目覚しい手柄を何回も立て、犯罪の捜査に抜擢されたが、まだ大きい手柄は立てていない。

 今までが挫折と成功の繰り返しだから、そのうち上手くいくと思っている。


 今回のターゲットは宿にいる違法薬物売買の元締めだ。

 元締めが違法薬物を販売している事は早い段階で分かった。

 しかし、逮捕したが証拠がなく。貴族の伝手もあって釈放された。


 元締めは裏の稼業とは別に真っ当な商売もやっている。

 客は頻繁に訪れるから、どの客が売人のボスか見極めるのが難しい。

 訪れた客を一人でも逮捕した瞬間に違法薬物の関係者が全て居なくなるだろう。




 定食屋の階段を誰か上がってくる。

 小隊長は部屋に入ると俺が作った客のリストに視線を落とした。


「小隊長どうしたんですか?」

「様子を見に来た」


 俺の問い掛けに返答する小隊長。幾分困ったような色がみえる。


 進展を尋ねる小隊長に、ここ数日間の状況を話す。

 小隊長は進展無しの報告に肩を落とし、本部の状況を話してくれた。


 状況はかなり悪そうだ。

 客の身元の洗い出しは順調に進んでる。だが、元締めは近々この街から逃げる気らしい。

 表の商売を畳む兆候があるとは秒読み段階だな。


「これまでの積み上げた物がチャラですか?」

「このまま、行けばな」


 俺の疑問に渋い顔で肯定する小隊長。

 頑張ってくれと言い残して小隊長は去って行った。

 このまま、手をこまねいて良いのか。




 元締めが留守の時に宿の部屋は調べた。

 証拠は何も出ない。

 宿の従業員は捜査に協力してくれているから、部屋へは忍び込める。

 しかし、そこからが難しい。何とかならないものか。

 遠くのものを見たり出来る物があれば、いいのにな。

 信用はできないが、アイチヤを利用しよう。



 神器を手に呪文を口に出す。


「デマエニデンワ」


 プルルルと奇妙な音が何度もする。どうしたアイチヤの野郎、早く念話を繋げ。

 ガチャという音と共に念話が繋がった。おお、やっとだぜ。全くヒヤヒヤさせやがる。


 離れた部屋の様子が見たいと言う要求にアイチヤは小型カメラを提示してきた。

 ネットツウハンで仕入れるらしい。


 ガチャという音がして、念話が切れる。


 また謎の言葉が増えた。ネットツウハンってなんだ。

 明日、届くというし、まあいいか。




 何も進展がないまま一日が過ぎてしまった。焦りがつのる。

 定食屋の二階に突然、光が溢れる。


「ちわー、アイチヤです。配達に来たっす」


 アイチヤの声がこれほど有り難かった事は無い。


 やっと来たか、今回は間に合わないかと思ったぜ。

 カメラの使い方を念入りに聞く失敗は許されない。

 テストを何度か行う。

 映像はパソコンという道具で見る。

 パソコンは高いからアイチヤが無料で貸すと言う。

 値段を聞いたら金貨二枚。

 有り金はたけば払えないことも無いが、一回の為に用意するのは勿体無い。

 カメラ代の銀貨三十七枚を払う。


「リョウガエ。ありあとーしったー! デマエキカン」


 スキルを発動し、光に包まれアイチヤが帰って行った。


 宿の従業員に花を問題の部屋に飾るよう頼む。

 花には勿論カメラが仕組んである。




 一日経ち花を従業員に回収して貰った。

 さて何が映っているか、最初の方の客は普通の商談相手だった。

 五人目の客が帰ったら元締めは服を脱ぎ始めた。

 おいおい、勘弁してくれよ。太った中年の男の体なんて見たくないぜ。

 でも事件の解決の手がかりとか映っていたら困るから手は抜けない。

 元締めが体を拭うのを隅から隅まで見てしまった。

 精神が汚染された気がする。

 事件が片付いたら、ファニーシアの裸で上書きしなければ。

 次の客が当たりだった。取引場所と時間を告げ立ち去る。




 この道具、悪用したら女の裸も見放題なんじゃ。

 いかんな、この事件が終わったらアイチヤに返そう。

 お金は無駄になるが手掛かりは掴めたから良しとするぜ。




 準備は整った。取引現場の廃屋を警備兵で囲む。

 見張りは声を出させないようにして始末した。


「お前ら踏み込むぞ! 行け! 行け!」


 小隊長の合図と共に警備兵の一人が朽ちかけたドアを破る。

 取引現場に総動員された警備兵が剣を持ってなだれ込む。

 俺も負けじと、現場に飛び込んだ。




 中は魔封じの結界が魔法で張ってある。

 こっちの魔法使いの力量がまさったのだろう。

 こうなれば、剣士の独壇場だ。


 剣で切り掛かってきた元締めの用心棒を鮮やかに切り伏せる。

 次の片目の男は手強そうだ。慎重に歩を進める。

 先に動いた方がやられる、そんな予感がした。

 そうだ、いい手を思いついた。素早く腰の灯りを抜いて男の顔を照らす。

 やったぜ、男は目をやられたみたいだ。俺も夜警の時うっかり覗き込んで酷い目にあった。

 男の剣を叩き落とす。

 ロープで拘束すると、他も粗方、片付いたみたいだ。

 警備兵の以外、武器を持っている人間はいない。




 証拠品を確保して撤収に掛かる。

 小隊長が寄ってきて、親指を上げて他の四本を曲げて突き出す。グッドのサインだ。

 良くやったお前は支部の誇りだと言われた。

 後で金一封を出すと言う。初めての大手柄、やったぜ。

 キャルナードの悔しそうな顔ったら、今日は飯が美味く食えそうだ。




 ご機嫌な足取りで街を歩く。ファニーシア魔道具店に足を向けた。

 ドアを開けるとベルのシャランシャランという音がする。


「大手柄を立てたぜ。一緒に食事に行こう。今日は豪勢にいくぜ」


 俺の言葉にファニーシアは非常に嬉しそう。


「私も今日は嬉しい日だわ。光を蓄える魔道具が完成したわ」


 ファニーシアにも成果があったみたいだ。


 俺の成果を聞く言葉に、得意げに説明してくれるファニーシア。

 日中、光に当てると吸収し徐々に放出できて、灯りの魔道具の半分の魔力で作動するらしい。

 ファニーシアは凄いな。


 これからファニーシアは、商業ギルドに行って契約の神器で特許登録するみたいだ。

 特許登録すると真似する事ができなくなる。

 故意に真似すると契約の神が呪いを掛けてくるそうだ。

 特許の権利を奪う為に特許申請者を殺したり騙したりも出来ないらしい。

 偶然同じ物が出来た場合は大丈夫だが、違反すると契約の神が喜々として呪いを掛けてくる。

 やっぱり、神だな。悪魔と大差ないと俺が言うと、うなづいて肯定するファニーシア。




「なあ、光を閉じ込められるのなら、見た風景を閉じ込めたりできないか?」

「見るって事を単純に言うと私達は光を感じてる訳なの?」


 俺の問いを問いで返すファニーシア。

 ファニーシアは俺の言った事を信じきれないらしい。


「神の眷属の知識によるとそうらしいぜ。ちなみに音は空気の振動らしい」

「どちらも結界で封じ込められるけど、保持と劣化を防ぐのが大変だわ」


 俺が眷属から聞いた知識を披露すると、ファニーシアはどうしたら魔道具に出来るか考えながら話す。


「灯りの魔道具が売れたら、ゆっくりと研究したらいいんじゃないか」


 俺の提案にファニーシアは頷く。


 魔道具はアイチヤの道具と違って魔力の波動が外に漏れるから近づくと丸分かりだ。

 悪用される危険は無いだろう。


「ねえ、私達、本格的に付き合わない」

「おう、俺もそう思っていたところだ」


 ファニーシアは微笑みながら、付き合いを申し込んできた。

 俺は若干どもりながら了承する。


「決まりね」


 嬉しそうにファニーシアが話しを締めくくった。



 アイチヤの知識で恋人が出来た。

 しかし、俺は酷い目にも遭った。なんせ男の体を見せられたからな。

 アイチヤの事だから今回の顛末は前もって知っているはずだ。

 まあ、実害のある悪戯じゃあないからいいんだが。

 安易にアイチヤに頼るのは危険だな。



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商品名       数量 仕入れ   売値    購入元

小型カメラ     一個 一万四千円 二万八千円 ネット通販

モバイルバッテリー 一個 三千円   六千円   ネット通販

メモリーカード   一枚 千五百円  三千円   ネット通販

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