第二話 懐中電灯

 夜の街は静まり返っている。不気味を通り越して神聖な物さえ感じるぜ。

 暗がりに物音がして、その方向に忍び足で近づく。

 そのとき俺の脇をもの凄い勢いで何者かが通り抜けて行った。

 足音を頼りに追跡するが逃げられてしまう。


 ちくしょう、折角、昼の巡回で手柄を沢山立てて、夜の巡回になったというのに情けない。

 夜の巡回は昼とは違って難しいから、ベテランのやる仕事だ。

 その分、手当ても良い。


 夜が明け、空が白くなり、今日は終わりだなと思った。

 結局、今日も空振りだ。

 なんで俺のスキル欄には夜目がないんだろう。

 疲れた体に気合を入れ支部に引き上げる。




 業務日報を出しに行くと小隊長に睨まれた。

 この後、説教が始まるんだぜ、嫌になっちまう。

 それが最近の俺の何時ものパターンだ。


 小隊長は机をバンと一回叩いくと、開口した。


「馬鹿もーん! シャキッとせんかシャキッと。そんなだから犯人に逃げられる」


「灯りが無いのがいけないんですよ」

「灯りなんか持って巡回してみろ。接近を知らせているようなもんだぞ。簡単に逃げられる」


 俺の反論に小隊長はむっとした顔で更に反論する。


「うちでも魔道具の灯り導入しましょうよ。帝都では警備兵が装備していると聞きましたよ」

「辺境の支部にはそんな予算は無い」


 俺の提案を小隊長は検討しないで却下した。


「下らん事を言ってないで目を鍛える訓練でも」

「はいはい、失礼します」


 小隊長は俺を叱りつけ、その言葉を俺は遮った。そして小隊長の前から逃げる様に退散する。


「おい、まだ話は……」


 まだ何かを小隊長は言いかけたが、無視して逃げる事にした。


 あーあ、魔道具の灯りがその辺に落ちてないかな。

 待機室に行くと、キャルナードが椅子に腰掛け踏ん反り返っている。


「おい、ソリンフォードまた失敗したんだってな。僕なんか昨日、泥棒を捕まえたもんね」


 案の定キャルナードが絡んできた。


 自慢げな口調がむかつく。

 本当にめんどくさい奴だ。

 俺から少し遅れて夜の巡回組になったキャルナードは順調に手柄を立てている。

 自慢話は続くみたいだ。


「十日で三人捕まえたから、そのうち僕が小隊長さ。そしたら、ソリンフォードをこき使ってやる」


「そうか、偉くなれるといいな。じゃ俺は帰るぜ」


 俺は肩を竦めて言った。


 キャルナードが小隊長だってそんな事になったら、きっと毎日が針のむしろだぜ。

 そんな未来は阻止しなければ。

 自転車が使えれば問題ないと言いたいが、自転車の灯りは暗くなると自動的に点いちまう。

 接近が丸分かりになる。

 しかも、オンオフが出来ない。

 そして、光が弱い。

 多分、アイチヤは知っていて、この状況を見て楽しんでいるのだろう。




 仕方ないアイチヤを呼び出すか。

 家に帰り、神器片手に俺は呪文を言った。


「デマエニデンワ」


 プルルルと奇妙な音が癇にさわるぜ。なんとなく馬鹿にされている気がする。

 ガチャという音と共に念話が繋がった。


 灯りの道具を注文する。


 ガチャという音がして、念話が切れる。

 アイチヤの人の良さそうな念話には騙されそうになる。

 でも、自転車の練習の例があるし、やっぱり悪魔だと思わないと。




 今日はアイチヤとの約束の日だ。

 夜勤明けで眠いのをこらえて、アパートの部屋で警棒を磨いて待つ。


「ちわー、アイチヤです。配達に来たっす」


 光と共にアイチヤの人の良さそうな声がした。


 やっと来たか。しかし、この現れ方は心臓に悪いぜ。

 早速、商品を確かめる。

 明るい、昼間なのに道具から出る光が分かる。

 へぇー、光の強弱が調整できるのか、便利だぜ。

 今夜が楽しみだ。


「リョウガエ。ありあとーしったー! デマエキカン」


 謎の言葉を残して、光に包まれアイチヤが帰って行った。




 夜の街をなるべく足音を立てないように巡回する。

 倉庫が並ぶ一角で怪しい物音がした。

 灯りの出番だぜ。




 スイッチを入れて物音の方に照らす。

 光がドラゴンのブレスのようだ。

 ビンゴ、怪しい人物が倉庫を開けようとしていた。


「待て、痛い目に遭いたくなかったらじっとしていろ」

「降参する」


 俺の制止に怪しい人物は両手を上げて返答した。

 警棒を片手に慎重に近づく、次の瞬間、野郎、隙を突いて逃げやがった。




 灯り片手に夜の街で泥棒を追い、駆け抜ける。

 灯りは数百メートル程届く、逃がすものか。

 なんだ、三十センチぐらいの蛾が灯りの光を横切る。

 うげっ、蛾魔獣のパラライズモスじゃないか。

 俺は近寄ってきたパラライズモスを必死になって警棒で叩き落とす。

 泥棒に目をやるとパラライズモスにびっちり集られて麻痺して横たわっていた。

 逃げようとするから、酷い目に遭うんだ。




 やばい、どんどんパラライズモスが集まってくる。

 そうか光に集まってくるのか。

 灯りを消すとパラライズモスは去って行った。

 この道具とんでもない欠陥品じゃないか。

 仕入れたネットという店に文句が言いたいが、アイチヤが怖い。




 泥棒の体の表面に産み付けられた卵を払い落としてやる。

 泥棒よ、ここが森でなくて良かったな。

 森だったら麻痺している間に卵が孵って幼虫にかじられているところだ。

 犯罪者を担いで支部まで連行する。




 泥棒を見たキャルナードの様子がおかしい。

 あたふたとしてペンを逆さに持つ始末だ。


「お前、あそこで何やっていた?」


 毒消しを投与して、俺は泥棒を尋問する。


 突然、取調室のドアが開くとキャルナードが入ってきて犯罪者に目配せする。

 こいつキャルナードの犬か。それで最近キャルナードの成績が良かったのか。

 しかし、現役の泥棒を使うのはルール違反だ。

 きっちり、取調べしてやるぜ。




 キャルナードを追い出し、厳しく尋問した。

 泥棒は全て吐いた。

 報告書を書くのが楽しみだ。

 報告書を出すと、キャルナードは厳重注意を受けた。

 良い気味だ。




 アイチヤにも一言いっときたい。

 充電の為に訪れたアイチヤにチクリと蛾の事を言うと、当たり前っすとなんでも無いかのように返された。


 虫を殺す毒ならあるっすと言ったが、毒なんて素人には危なくて使えない。

 結局、我慢して運用する事になった。

 虫除けの魔道具は高い金貨数枚はする。

 とてもじゃないが買えないぜ。

 お詫びに何かないのかとアイチヤに言ったら、光る塗料が入ったボールがあるっすと言う。

 一つ銀貨二枚もする使い捨ての物をおいそれとは使えないぜ。

 光る塗料に興味があったので聞いてみる。

 なんでも光を蓄える物質が混ぜてあるそうだ。

 魔道具屋に似たような物が無いか聞いてみるか。




 魔道具屋のドアを開けるとベルの音がしたが、店番の色っぽいおねーさんは考え事をしているのか気づかない。


「じゃまするぜ」

「あら、いらっしゃい」


 俺はおねーさんに話しかけると、おねーさんはカウンター越しに挨拶を返した。


「光を蓄える道具や物質がないか聞きたい」

「うーん、なんだったかしら。なにか引っかかるのよね。喉まで出掛かっているのだけど」


 俺の質問に、おねーさんは指を額に当てて返答する。

 悩む仕草と声が艶っぽい。非常に好みだ。


「新しくそういうのを作るのは出来るか?」

「そう新しい魔道具よ。昨日、出来上がった結界の魔道具が何でも封じ込められるわ」


 俺の更なる問いかけに、おねーさんは思いついたようだ。


「それは、凄いぜ。無敵だな」

「それが上手く行かないのよ。結界の強度が脆くて、魔力を閉じ込めたら数秒で壊れたわ」


 俺がおだてると、おねーさんは少ししょげた口調で返事をした。


「光はどうなんだ?」

「試してみるわ」


 俺の疑問におねーさんは新たな研究の意欲が湧いたようだ。


「ファニーシアよ。あなた名前は?」

「警備兵のソリンフォードだ。よろしく」


 ファニーシアは名乗り俺に名前を聞いた。

 俺は名前を告げ、この後デートに誘えないか考える。

 思い切って誘うか、何事も行動あるのみだ。



「仕事が終わったら食事でもどう?」

「良いわよ」


 俺の誘いにファニーシアは素早く返事をした。

 これはかなり目があるのではないかと思う。




 やったファニーシアとお近づきになれたぜ。

 神のお導きって奴かな。

 いやいや、今回の蛾が集まってきた事は許せない。

 その事はアイチヤの悪戯だろう。

 その証拠にアイチヤは蛾の事を当たり前だなんて抜かしやがった。

 知ってたに違いない、アイチヤは悪辣だ。



―――――――――――――――――――――――――

商品名    数量 仕入れ 売値    購入元

強力懐中電灯 一本 六千円 一万二千円 ネット通販

USB充電器 一個 三千円 六千円   ネット通販

充電代    一回 十円  百円    電力会社

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る