第三話 お好み焼き材料と味噌汁とオレンジ
菓子パンは飽きた、弁当の揚げ物には飽きた、米も食べなれていないから慣れるまで苦労した。
それ以上に苦労したのが苦草だ。
野菜や果物が無い時に重宝するのが苦草。
砦でも栽培出来て栄養豊富なのだが味が悪い。
アイチヤに野菜や果物を何度頼もうかと思った事か。
パンや弁当で一食分、金貨一枚以上払うと、さすがに節約したくなる。
食料調達の部隊にアクシデントが起きないとも限らないからな。
砦の下の方が騒がしい。何かあったか。
窓から外を見ると運搬用の大トカゲの列が砂山の上に見える。
伝令が執務室に駆け込んできて報告した。
「隊長、調達部隊が到着しました」
「やっとか、待ちわびたぞ」
わらわは歓喜の声を上げた。
わらわが指示をするまでもなく、サモドルトが皆に食料が到着した事を告げるよう伝令に指令を出す。
アイチヤとの付き合いも終わりだな。
短い付き合いだったが、少し寂しい気もする。
神器は大切に保管して困った時には呼び出すか。
そうだ、アイチヤに最後の料理を注文しよう。
わらわは神器を起動する。
「デマエニデンワ」
プルルルという音はなんだろう。神の笑い声か。
ガチャという音と共に念話が繋がった。
能天気なアイチヤの声に、最後になる事を告げた。
ほっとした声のアイチヤ。
お祭りで食べるような料理を百人分注文し、無理だと言うアイチヤに材料と見本を作るよう要求。
お好み焼きという料理を作ってくれる事になった。
慣れてきたとはいえ、アイチヤとの取引はいつも緊張する。
ところで、お好み焼きとはなんだろうか、焼いた料理には間違いないと思う。
しかし、想像がつかない詳しく聞いておくべきだったか。
「今日は特別な料理を振舞う」
「隊長、よろしいのですか?」
わらわの命令にサモドルトは顎に手をやりしばらく考えてから問い掛けた。
「食料も調達出来た。お祝いだ」
わらわの喜び溢れた返答にサモドルトは気を使って黙って頷いた。
訓練室で蔦を束ねた人形に木剣を打ち込む。
鍛錬の時間は無心になれるから、わらわは好きだ。
おっと、こんな時間か、魔道具の時計が十一時を指し示す。
そろそろ、アイチヤが来る時間だ。
汗を拭いお湯で体を綺麗にして着替える。
香水もつけておくか。
執務室で書類と格闘しながら待つ。
光と共にアイチヤが現れた。
「ちわー、アイチヤです。配達に来たっす」
アイチヤの能天気な声に今での苦難が思いだされる。
今回の事も時が経てば良い思い出になるのだろう。
しかし、砂賊襲撃の犠牲になった兵士の事は忘れない。
今のわらわがあるのも彼らのおかげだ。
そうだ、わらわだけでも彼らに祈りを捧げよう。
兵士がアイチヤの荷を運び終えて報告した声で我にかえる。
アイチヤに呼びかける。
「さっそく厨房に行くぞ」
厨房にいた料理長は興味深い様子で運ばれた食材を見ていた。
「始めようか」
わらわは料理長とアイチヤに料理を始めるように声を掛けると二人は頷いた。
アイチヤが小麦粉と良く分からない粉をボールに入れ水で溶き始めた。
パンの一種なのだろう。
「アイチヤ、さっきの粉はなんだ?」
「小麦粉と粉末出汁っす。粉末出汁は魚や海草が入っているっす」
わらわの問いかけに気軽に答えるアイチヤ。
次に野菜を微塵切りにして卵と揚げ物のカスと混ぜるようだ。
火の魔道具に料理長が触り火を点ける。
シュボという音がして火の魔道具が作動した。
アイチヤは魔力がない、神の国ではどうやって暮らしているのだろう。
アイチヤは料理長に断りフライパンを借りた。
フライパンに野菜炒め用の油を引いて小麦粉と混ぜた食材を焼く。
しばらくすると辺りには香ばしい匂いが漂ってきた。
肉をのせてひっくり返すと、肉の焼ける匂いも合わさってさらに美味そうだ。
ソースを塗るとソースの焼ける音と匂いが更に食欲をそそる。
白いソースを掛けて、草の粉末と木の削りカスをかけたぞ。
木の削りカスが蠢いて、とっても不気味だ。
「お、おい、アイチヤその動く木の削りカスはなんだ!?」
わらわは不気味に動く食材に目が釘付けになり思わず驚きの声を上げた。
やはり神の眷属だな。
とんでも無い物を持ち出す。
食えるのかそれ、生きているのではないだろうか。
「これは、魚を乾燥させて削ったっす。鰹節って言うっす。熱と湿気で動いているだけっす」
「魚か安心したぞ。味見しろ」
アイチヤの返答にホッとして、わらわは料理長に指示を出した。
流石、料理長だ。
ゲテモノに慣れているだけあって躊躇無く料理を口に運ぶ。
「はふはふ。美味しいですな。このソースが絶品です。白いソースも味にコクを与えている」
「よし、わらわも頂くぞ」
料理長のコメントを聞いて、わらわも勇気を出して料理を口にする。
はふ、はふ。確かにソースが美味いな。
単純に焼いただけだが粉末出汁やら入れたものが複雑な味にしている。
アイチヤも料理を口にしたが、なにやら考え込んでいた。
能天気なこの男が考え込むとは天変地異の前触れでなければ良いが。
「アイチヤいかがした。なにかあるのか」
「専門店に比べると駄目駄目っす。あまり流行ってない店と比べても負けてるっす。やっぱり料理人は無理っす」
考え込んでいるアイチヤに問い掛ける。アイチヤはため息をついてから返答した。
商会の小間使いが天職のような感じだが、料理人なのか意外だ。
神の国も競争が大変なのだな。
そこら辺はこの国と変わらない。
神の国の事情に興味をひかれるが、触らぬ神に祟りなしというからな。
「アイチヤは料理人なのか、充分美味いと思うがな」
「美味しそうに食べてもらえるのが何より嬉しいっす。また料理の勉強を頑張ってやってみるっす」
わらわの感想に勇気づけられアイチヤはやる気を言葉にした。
単純な性格が、極悪な神の関係者だとは思えない。
「最後なのでサービスにこれ持ってきたっす」
アイチヤは箱を開けると言葉を口にした。
箱のなかには包装に包まれた固形物があり、アイチヤはお湯で固形物を溶かす。
磯の匂いと何やら漬物のような嗅いだ事のない匂いがする。
なるほどスープを作っていたのか。色が良くないなまるで泥水だ。
意を決して口に含む。
スープは程よい塩気とやさしい味がした。
このスープは便利だなお湯に溶かすだけとは軍にぴったりだ。
魔法か魔道具のどちらかでスープを乾燥させて、似たような物が作れないか試すのも一興だな。
「果物も頂くか。これはどうやって食べるのだ?」
わらわはアイチヤに尋ねる。
「六つ切りぐらいに切って、真ん中を食べるっす」
アイチヤは返答して調理場にあったナイフで果物を六つに割った。
「どうぞ、召し上がれっす」
アイチヤの言葉に従い、果物を口にする。
橙色の果物は見た目も香りも悪く無い。
食べると汁が口の中に溢れる。
甘い、砂糖を食っているみたいだ。
これで菓子を作ったら流行りそうだ。
おや、種がある、秘かに植えてみるとしよう。
「そろそろ、お支払いお願いするっす」
アイチヤに話し掛けられ、お金を支払う。
「リョウガエ。ありあとーしったー! デマエキカン」
アイチヤはスキルを発動してから光に包まれ、帰って行った。
皆、出来たばかりのお好み焼きを前に我慢ができず、配膳されてすぐ食べ始める。
中には鰹節が動くのを見て悲鳴を上げる兵士もいた。
しかし、匂いに抗えず、すぐに恐る恐る食べ始める。
あの匂いは確かにある種の暴力だ。
あのフライパンで焦げたソースのなんと食欲を誘う事。
お代わりを叫ぶ声が食堂に溢れる。
いかんな、追加でもう一回アイチヤを呼ばなくては。
砦の兵士は楽しみが食う事と寝る事ぐらいしかない。
砂賊の襲撃と飢餓の危機を乗り越えたのだから、今日ぐらい良いだろう。
わらわも、兵士に負けじとお代わりを叫ぶ。
スープの色には皆これを飲むのという顔になった。
しかし、飲んでみると美味しいという顔になる。
果物も好評だったが、二つに比べるとインパクトにかけるのか、普通だという声があちらこちらから聞こえた。
一食を賄うのに、結局三回もアイチヤを呼ぶ羽目になった。
それと、果物の種のことだが、どれ一つとして芽を出さなかった。
多分、アイチヤの悪戯だろう。
そういえば臭い水、泡の出る飲み物、魚の削った物、泥水色のスープ、絶対に悪戯だな。
神が悪戯好きというのは本当のようだ。
兵士達が驚く姿をどこかで見ていて楽しんだと思う。
やっぱり、眷属とはいえ安易に関係を持つべきではないな。
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三話の一回分の収支。
商品名 数量 仕入れ 売値 購入元
キャベツ 十五個 千五百円 三千円 スーパー
卵 十パック 千円 二千円 スーパー
薄力粉 十袋 千円 二千円 スーパー
粉末出汁 一箱 千円 二千円 スーパー
豚バラ肉 五キロ 五千円 一万円 スーパー
お好み焼きソース 二十本 二万四千円 四万八千円 スーパー
マヨネーズ 二十本 六千円 一万二千円 スーパー
鰹節 十袋 四千円 八千円 スーパー
青のり 十袋 千円 二千円 スーパー
天かす 十袋 千五百円 三千円 スーパー
オレンジ 百個 一万円 二万円 スーパー
即席味噌汁 百個 二千円 サービス スーパー
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